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SSの幼生


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擦り傷
 夜中、博士の研究所には明かりが灯っていた。研究室には、博士と彼の助手がいた。正確に言えば、助手は横になっており、博士が立っているという状態だ。
「さて、麻酔が効いているか確かめるぞ。」
 そう言って、博士は助手の腕をつねった。つねった箇所は真っ赤になったが、助手は痛みを全く感じていない。
「大丈夫です。先生、それではやってみましょうか・・・。」
「うむ。」
 博士は緊張した顔で、助手の腕にメスを入れた。手首から肘まで一直線に切れ目を入れたあと、その切り口を博士はじっと見つめた。するとどうだろう、そこにはうっすらとひっかいたような痕しか残っていない。
「どうですか?」
 助手が少し心配した顔で言う。助手の質問に答えず、博士は再び別の箇所にメスを入れた。
「成功したようだ。ほれ、見てみろひっかいたようにしか見えない。では念のため、X線で調べてみるぞ。」
 手術台の足にはローラーが着いており、それを押しながら助手と博士は別の部屋に移動していった。しばらくして、二人はうれしそうに戻ってきた。まだ麻酔が切れていないので、助手は片手をブラブラさせているが、博士は笑いながら手を叩いている。
「動くなっ!」
 にこやかな二人の顔が一瞬にして凍り付いた。目の前には、黒い服を着て銃を持った男が立っている。姿からでは男とは分からないが、声が低い。
「・・・動くなと言うのならば、動きませんよ。ところで、あなたは誰ですか?」
 男はくすりと笑ってから答える。
「こんな夜遅くに、怪しい格好をしてくる一般人がいると思うか? 殺し屋だよ、俺は。」
「す、すると私を殺しに来たのですか? それならば、何かの間違いでしょう。」
「それは何かの間違えだ。用があるのはお前達の命ではなく、今そいつが飲んだ薬だよ。」
 そう言って、殺し屋は銃で助手を指した。
「お前達が秘密裏にどんな傷でもかすり傷に変えてしまう薬を開発していると聞いて様子を見ていたが、いよいよ完成したようだな。その薬を俺たちみたいな仕事の人間がどれだけ欲しがっているかは想像が付くだろう? さて、麻酔の効いている兄ちゃん、薬をありったけ持ってこい。博士はそこで両手を上げていろ、変なまねをしたら両方とも殺す。」
 博士は助手に薬を持っていくように指示し、両手を上げた。
「毒薬を持ってきても無駄だぞ。上から三段目の棚の隅にある黄色い瓶のやつだろう? 兄ちゃんがそいつを飲むところもちゃんと見ていたぜ。」
 助手は自分の考えを読まれているのを知り、あきらめて黄色い瓶を持ってきた。そして、殺し屋に手渡す。
「よーし、それじゃ俺は失礼するぜ。電話線はあらかじめ切ってあるから、警察呼ぶなら近所に行くことだな。」
 殺し屋はそう言って、懐からスーパーボールのようなものを取り出し、地面にたたきつけた。一瞬にして室内に煙が充満し、博士と助手はバイクのエンジン音が遠ざかっていくのしか分からなかった。

 次の夜、人里離れた所に立っている豪華な別荘の側の林に殺し屋はいた。今日は、そこで大物政治家がパーティーを行うのだ。そして、殺し屋の標的はその政治家であり、パーティー終了後、皆が寝静まったところを狙う予定である。
 パーティーが順調に進み、お開きになった。木の上に昇り、双眼鏡で会場の様子を見ていた殺し屋は、建物の屋根へ移動した。ところが、政治家が眠っている寝室の上へ移動したとき、運悪く庭を巡回していたボディーガードに見つかってしまった。
「俺はあの薬を飲んだから大丈夫なはずだ!!」
 屋根の上に時限爆弾を設置して、殺し屋は屋根を走った。それから、近くに生えていた木に飛び移った。しかし、枝が細くすぐに折れてしまい、殺し屋は地面にたたきつけられた。
 本来は打ち身やかき傷だらけのはずなのに、殺し屋はほとんど痛みを感じることなく走り出した。そして、移動に使っていたバイクに飛び乗った。別荘の屋根が爆発しているのを横目に見ながら、殺し屋はアクセルを全快にして走り出した。後ろからは、ボディーガード達の車が追いかけてきていて、窓から体を乗り出し銃を撃ってくる。
(振り切れるか!?)
 殺し屋の脳裏に嫌な予感がした瞬間、背中に何かが食い込む感覚と、タイヤが破裂する音が聞こえた。その瞬間、バイクのバランスが崩れ、殺し屋は宙に放り出された。そして、運の悪いことに岩がむき出しになった崖に衝突した。薬を多めに飲んだため、効果が切れていないらしく殺し屋は全く痛みを感じなかった。しかし、体は全く動かず、声すら出せなかった。
「さぁ、見つけたぞ!」
 ボディーガードがライトを持って近づいてきた。殺し屋は抵抗すらできず、ボディーガードに捕らえられ、車に乗せられた。
「お前には死なれては困る! どこのどんな組織に所属していて、誰の依頼かを聞くまでは死にたくても死なせないからそのつもりでいろ!! だから、病院に運んでやる。」
(くそっ、あそこで死ぬことができれば殺し屋として満足だったのだが・・・)
 殺し屋は悔しがったが、未だに体は動かず声も出ない。しかし、出血がないので死ぬことはないようだ。殺し屋を乗せた車はすぐに病院に到着し、男は緊急治療室に運ばれた。

「だめだ! いくらメスを入れても開くことができない!!」
「どういうわけだ!? とにかく背中の銃弾を取り除かなくては!!」
 全身麻酔が効いているため、殺し屋には聞こえないが手術室は大混乱である。何しろ、どんな方法を使っても殺し屋の体を切ることができずかすり傷ばかりができるためである。先ほど全身麻酔を行ったところ、針がなかなか抜けないという奇妙な現象が起こったばかりなのだ。
「そもそも、運んできた人の言うとおりバイクから吹っ飛んで岩にぶつかったのだろうか? 複雑骨折になっていないほうが不思議だ。」
「そんなことを言ってないで、とにかく銃弾を取り出すぞ。」
「だめだ、手遅れだ!!」
 銃弾に使われていた鉛の毒が体の中に染み渡り、殺し屋の心拍数が徐々に下がっていく。やがて、呼吸が止まり、心臓の活動も停止した。
「残念だ。とにかく運んできた人に報告しなければ・・・。」
 医者達は皆うつむいた。

「すると、動けなかったのは首の神経に”擦り傷”ができたのが原因ですか?」
「ええ、奇妙なことですが、そこに擦り傷・・・というか何かで引っかいたような痕がありました。そのために、神経が傷つき全身不随になったのでしょうな。」
 政治家の別荘の警備に当たっていたボディーガード達が努めている事務所で、殺し屋の手術を担当した医者と数名のボディーガードが話している。
「ところで、あの人物は殺し屋という話ですが、引き取った死体はどうなさいました?」
「まぁ、死んでしまっては仕方がありませんよ。仕事で殺した悪人達を埋葬する共同墓地に埋める予定でしたよ。」
「”でした”とはどういうことですか?」
 医者の質問に、ボディーガードは頭をかきながら答えた。
「それが、先生も信じられないでしょうが、いくら高温で焼いても擦り傷だらけになるだけで一向に骨になってくれないのですよ。そこで、仕方なく海に流しました。つまり、海葬ってやつです。」
「なるほど・・・。」
 医者とボディーガードは、波にもまれたり、魚にかじられたり、鳥につつかれたりして擦り傷だらけになった死体が海上を漂っている光景を想像して苦笑いした。不可解なことは多いが、自分の存在を消すことができないように細工した殺し屋がおかしかった。しかも、彼の正体を知る手がかりは何一つ得られていないのだ。


 コメントは・・・特にありません。まぁ、こんな話です。
 短い割に視点がころころ変わるのはよくありませんね。



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