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SSの幼生


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不眠症
「どうなさいました?」
 その顔からして症状は恐らく寝不足だと医者のエフ氏は考えたが、一応青年に聞いてみた。
「最近・・・いえ、物心着いた頃から全然眠れないんですよ。それで、どうしたものかと思いまして・・・。」
 声からして元気がないが、エフ氏はふと奇妙な感じがした。医者の立場からかなり注意をして青年の顔を見ない限り不健康には見えないし、人混みに紛れてしまうと健康な人間にしか見えないのだ。これでは、周囲も疲れているということに気づかないので、悩みを内に秘めてしまうのも無理はないと彼は納得した。
「なるほど・・・。しかし、物心着いた頃からとは大変ですな。」
「えぇ・・・。自分が他の人よりも睡眠時間が少ないのに気づいたのは高校くらいですね。周りからはうらやましがられるのですが、自分としてはなんだか疲れる一方です。」
 エフ氏はカルテに数行何かを書き込んでから、青年の顔を見た。
「睡眠薬を飲んだことはありますか?」
「ええ。何度か。それでも、全然眠れないのですよ・・・。」
 青年はうつむいた。これは何かありそうだとエフ氏は思い、身を乗り出した。
「あなた、眠れないとおっしゃいますが、一日どのくらい眠るのですか?」
「全体としては一日一時間は眠っていると思います。しかし、たいてい五分か十分ごとに目が覚めてしまい、その後三十分ほど寝付けないんですよ。それで、また眠っても五分くらい経つと目が覚めてしまうんです。」
「では、一般的に人が眠っている時間には布団に入っていると言うことですか?」
「えぇ、そうです。布団には入っているのですが、全然眠れないのです。それに、寝るのが短いためか、日中でも五分ぐらい居眠りをしてしまうことがしょっちゅうなんです。」
「何か心配事がおありですか? たいていの人は、心配事が気になって眠れないと言いますよ。」
 青年は少し考えたが、特に思い当たらないようだ。
「強いて言えば、眠れないことくらいですね。」
「・・・、妙な話ですなぁ。眠ろう、眠ろうと焦って眠れず睡眠不足に陥った人でも、疲れが溜まれば死んだように眠るのが一般的ですしねぇ・・・。」
 原因がどうも分からない。
「ところで、五分か十分ごとに目が覚めると言いますが、なぜ目が覚めるのですか?」
「うーん、信じてもらえるとうれしいのですが、夢の中で何かしらの方法で起こされるのですよ。」
「夢の中・・・といいますと?」
「例えば私が夢の中で横になっていると、会社の上司や家族が起こしに来るのですよ。それで、目を覚ますと現実で目を覚ましてしまっている・・・こんな感じです。」
 これはかなり奇妙な患者に出会ってしまったとエフ氏は思った。
「あなたの話は科学的には信じられませんねぇ・・・。取りあえず、この睡眠薬を一週間分渡しますので、一週間経ったら結果を報告に来てください。」
「はぁ・・・。」
 青年は睡眠薬が効かないことを分かっているらしく、悲しそうな顔で返事をした。
「大丈夫ですよ。治りますよ。」
 エフ氏はニコニコしながら、あの青年が来週来ないことを願った。

「こんにちは・・・。」
 来週、エフ氏が振り向くと、あの青年が立っていた。先週と顔色が同じなので、症状は回復しなかったのだろう。
「どうぞ、お座り下さい。それで、その後どうでした?」
「それが・・・。やはり、睡眠薬も効果がありませんでした。」
「やはり、夢の中で起こされるのですか?」
「はい。」
「・・・。」
 エフ氏はちょっと頭をかいた。どこかの小さな病院ならば、他の大病院へと患者を送ってしまえばいいのだが、ここは総合病院で設備も国内トップクラスなのだ。ここで青年の病気を治さないと、病院のメンツにも関わる。
「困りましたねぇ・・・。今日・・・、いえ都合のつく日に一晩入院していただけませんか? 眠っている間の脳波を調べれば何か分かるかもしれません。」
「はぁ、そうですか。幸い、明日も仕事が休みなので今日入院させていただきます。」
「そうですか。それならば、泊まる準備をしてから、いらしてください。」
 青年はうつむきながら帰っていった。忌々しい患者であるではあるのだが、あの元気のなさを見ていると、気の毒にも思えてくる。
 エフ氏は昼休みを少し長く取り、同じ科のアール氏に青年のことを話し、今後の対応を検討することにした。

「それでは、ゆっくりと眠ってください。体に色々と付いていますが、気にしないように。」
 脳波だけではなく、脈や心拍数といった様々な機器を体に付けた青年は、ベッドの中でじっとしていた。
「さて、眠るまでは何をしていようか・・・。」
 眠気を飛ばすために、ものすごく濃いコーヒーをすすりながらエフ氏はつぶやいた。青年は時々体を動かすが、見た目は眠っているように見える。しかし、脳波を見ると眠っていない。恐らく、生まれてからずっと夜のほとんどを今のように寝たふりをして過ごしていたのだろう。
「狸寝入りに優るとも劣らない・・・いや、それ以上か。」
 隣でアール氏がつぶやいた。
「おっと、眠ったようだ。さて、例の装置を動かしてみるか・・・。」
 脳波の変化に気づいたアール氏は、テレビのような装置の電源を付けた。始めはぼんやりとしか映っていなかった画面が次第にハッキリとしてきた。画面の中で青年は立派な部屋にいた。パリッとのりの付いたスーツを脱ぎ、シャワールームに入っていく。シャワーを浴びた後には、高そうなブランデーを数杯飲んでから、ベッドに潜り込みじっとしている。
 これが青年の普段の仕事なのかと思い、二人はうらやましくなった。画面に映る部屋や、飲んでいる酒は自分たちの収入ではどうにもならないものなのだ。
「いい生活だな。ところで、この夢の中の患者は眠っているのかな?」
「どうだろうな・・・。脳波はどうなっているんだ?」
「うーん、装置の映っている患者が寝たのかは分からないが、目の前の患者は眠っているのと眠っていないとの中間のようだ。・・・、そろそろ起きるのか?」
 二人の見ているテレビのような装置は、端末を取り付けた人間の夢を表示ものである。国が極秘に開発したもので、一般には公表していない。二人は、目の前で眠っている青年と、夢の中でベッドに潜り込んでいる青年を見比べて、次に何が起こるか見守った。
「おや、脳波が安定した睡眠へと移った。」
「見ろよ。夢も変化しているぞ。」
 次の夢で、青年は床屋にいた。バリカンで頭を刈ってもらっており、店員と親しげに話している。しかし、大きなあくびをしてからこくりこくりと船をこぎだした。
「あの床屋、うまいな・・・。どこの床屋だろう?」
 不規則に頭を上下させる青年に構うことなく、店員はバリカンやはさみを入れて髪型を整えている。
 二人は気づかないが、また睡眠が不安定な状態に入っていた。しかし、すぐに睡眠状態へと写り、画面も変化した。
 次に表示されたのは、おぞましい光景だった。夏の河原で友人らしい人物と青年は花火を見ていた。すると、遠くから悲鳴が聞こた。そこには、黒っぽい迷彩服を身にまとい、顔も目以外は全て隠した謎の人物が銃を乱射している人物がいた。しかも、無表情のまま近くにいた人間を次々と射殺しながら、青年の方へ近づいてくる。
 そして、青年と目があった瞬間、銃の引き金が引かれ、青年は心臓を貫かれその場に崩れ落ちた。青年の友人も銃弾を受け、近くに倒れている。
「・・・、夢の中の音まで再現するこの装置は確かに素晴らしいが、こういう夢は見たくないな・・・。」
 あまりに夢がリアルなので、アール氏が身震いした。
「おい、患者の心拍数を見てろよ! 徐々に低下しているぞ!!」
「本当だ!? おいおい、脳波も不安定になっている。まさか、このまま死ぬんじゃないだろうな?」
 二人は心配したが、脳波が安定するにつれ心拍数も元に戻った。それと共に、ノイズしか映っていなかった画面にまた夢が現れた。
「・・・。」
「・・・、おいあの窓の風景・・・。」
 画面には、病院で眠っている青年に医者が近づく光景が映し出されている。
「起きてください、朝ですよ。よく眠れましたか?」
 二人はお互いに顔を見合わせた。画面に映っている医者の顔や、聞こえてくる声が自分たちにそっくりなのだ。画面の中の医者は、青年の体に取り付けられている機器を外しながら、何度も何度も青年の体を揺さぶった。
 そして、少し脳波が乱れ、青年は目覚めたようだ。しかし、じっとしている。
「リアルすぎる・・・。一体、患者の頭の中はどうなっているのだ?」
 二人の医者は、一晩中青年の夢を調べ続けた。青年の見る夢は実にさまざまであった。宇宙船に乗り、未知の星に降り立ったり、石器時代にマンモスを倒したり、ゲリラとなり軍隊に攻撃をしかけたり、医者に不眠症のことを相談したりしていた。そして、夢の中で眠ったり、殺されたり、夢の中で眠っている自分が起こされた時に夢は変化していった。
「まるで眠っている間は、異世界にいるようだ・・・。」
「うむ・・・。」
 驚きの連続で、朝になっても二人は眠気を感じなかった。
「おや、もう患者を起こさないと・・・。」
 アール氏が立ち上がり、青年が眠るベッドに近づいた。それをぼんやり見つめていたエフ氏は、朝日を浴びている装置を見てあることに気づいた。
「おや、夢の解析レベルが最低になっている・・・。よく最低でもあれだけリアルな夢が映っていたなぁ・・・。」
 そう言いながら、ダイヤルを回し、解析レベルを最大に上げた。今となっては意味がないが、次に使う人のためである。
「起きてください。朝ですよ。よく眠れましたか?」
 体に取り付けた機器を取り外しながら、アール氏が青年の体を揺さぶっている。すると、青年が目覚め、大きく伸びをした。それから、窓から差し込む日の光をぼんやりと見つめた。
「よく眠れましたか?」
 アール氏がにこやかに尋ねると、青年はすまなさそうに首を横に振った。
「いいえ、あまり眠れませんでした。」
 二人のやりとりを見ていたエフ氏は、夢を映している画面と、目の前の現実とを交互に見比べた。画面には、アール氏のアップが映っているし、現に青年と彼は向かい合っている。しかも、青年の脳波は完全に起きた状態なのである。装置は、対象の人間が眠っている状態でしか反応しないのに。
「装置を取り外しますね。」
 青年から装置を取り外すと、自分たちの世界が消えるような予感がエフ氏の頭をかすめたが、それはなかった。二人の医者は、もう少し脳波の解析に時間が必要だということにして、青年を帰らせた。
「なぁ・・・あの患者、起きているときにも・・・。」
「ん? 何だ?」
「いや、何でもない。」
 寝たり起きたりする周期が異常に早いだけで、基本的には正常な脳波を解析しながら、エフ氏は自分の見たことを伝えようとした。しかし、現実からあまりにもかけ離れている気がして、とてもうち明ける気にはなれなかった。
 数日後、あの青年は運転中に突然眠ってしまい、崖から転落して病院に運ばれた。しかし、救急車が駆けつけたときには瀕死の状態であり、病院に着いたときは死んでしまっていたらしい。
 このことを知ったエフ氏には、どこか別の世界で未だに青年が不眠症に悩まされているように思えてならなかった。


 最後の部分は何度となく書き直しました。この程度のものを作るのに何度も書き直すなと言いたければ言っても構いません。管理人の実力は未だこの程度ですから。
 あ、ちなみに最後の部分は、大分すると青年から機材を外すと世界が消滅するというものと、今のもののどちらかしか案はなかったのですがね・・・。



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