目次 > SSの幼生 の目次 > 愛しているよ
SSの幼生


| << 前の作品へ | SSの幼生 の目次へ | 次の作品へ >> |



愛しているよ
 ある日、二人の男女は出会った。それは、完全な偶然だったかもしれないし、神の導きによる必然だったのかもしれない。出会った瞬間から、二人は惹かれあ い、二人の距離は徐々に縮まっていった。はじめはほとんど口を利かなかったが、一緒にいることが多かった。しかし、徐々に二人の間には会話が生まれ、いつ しか二人は愛し合っていた。
「あなた、愛しているわ。」
「僕の方もおまえを愛しているよ。」
 二人はことあるごとにこの言葉を口にした。二人は互いの愛を確かめ合うかのように、そしてこの言葉以上に二人の愛の深さを表す言葉を探るように何度も何 度も口にした。
 しばらくして二人には子供ができた。6人の子供たちである。はじめの一人が生まれたときは名前を付けなくてもよかったが、子供の数が増えるとさすがに困 る。二人は子供達に名前を付けていった。
「ああ、おまえは美しい。愛しているよ。」
「私もあなたを愛してるわ。」
 二人は子供達の前でも恥ずかしがらずに愛の言葉をささやいていた。その光景を幼い頃から見ていた子供達は、愛というものが他のものには代えることのでき ないすばらしいものなのだとおぼろげながら感じるようになった。
 そして、子供達も大人になり、それぞれ愛すべき人を見つけ愛の言葉をささやきあった。しかし、このころ父親が突然死んでしまった。彼は自分の孫の顔を見 ることなく死んでしまったのだ。父親が死ぬと、母親が体調を崩した。愛すべき存在を失ったためであろうか、それも自分を愛してくれる人物を失ったためであ ろうか? 母親も孫の顔を見る前に死んでしまった。
 子供達は両親の死を嘆き悲しんだ。子供達は両親のことが永遠に後生に残るように、そして両親が教えてくれた愛し合うことのすばらしさが”孫”達にも伝わ るように必死で努力した。しかし、彼らにも”愛しているよ”をこえる愛の言葉は導き出せなかった。
 しばらくして”孫”が生まれ、子供達はあることに気づいた。両親を指し示すとき”孫”にとっては祖父母であるが、”孫”の子供、つまり”ひ孫”にとって は曾祖父、曾祖母である。この呼び方では遠い将来には両親のことが記憶に残らないと感じた子供達はあることを決断した。
 両親のことが永遠に人々の記憶に残るように、そして愛のすばらしさを教えてくれた両親のことがいつまでも残るように、名前を持たなかった彼らにそれを与 えたのだ。アダムとイヴと・・・。


 ちょっときわどい話題になりますが、解説・・・。
 普通の動物は、愛という感情を持って後尾もしくはセックスをしません。彼らは子孫を残すという目的のためだけにそれを行います。しかし、人間は愛という 感情によりセックスをすることがあります。
 つまり、「生物学上人間と分類できても、愛がなければ精神的は視点から見ると人間とはいえないのではないか」という考えによりこの話を作りました。

 もとのネタは、愛というものはそれ以上の言葉に表現できないので、”恐ろしく空虚なものだ”という方向へもっていこうとしたのですが、それはやめまし た。



| << 前の作品へ | SSの幼生 の目次へ | 次の作品へ >> |


SSの幼生

| 目次へ戻る | ページの上部へ |