自由時間利用マニュアル
デイジーは退屈そうに窓から見える景色を眺めていた。公園ドームに、奴隷の先住民たちが歩いていくのが見える。外は雨で、近所の公園では遊べない。こん
な日は屋根のある公園ドームに集まるのだが、不幸なことに今日は改装とかで関係者以外立ち入り禁止。
「デイジー、退屈していると思って、おもしろいものを持ってきたよ。」
ママに頼まれておつかいに行っていたデイジーのパパが帰ってきた。
「なあに? パパ?」
パパはにこにこしながら、彼の背中に隠していたものを取り出した。
「これだよ、デイジー。食器店の横に古本屋があるだろう? そこで見つけたのさ。」
「古い本だねえ。いったいどんな本なの?」
パパの手にしていた本は、上製本であったが傷だらけで色があせてホコリをしっかりと吸い込んでいる。たたいたらチョークをしっかり吸った黒板消しのよう
にホコリが出てきそうである。
「ちょっと後ろを見たら、出版が12513年だね。今から450年前の本だ。」
「へえ・・・。何が書いてあるの?」
「ああ、3つ隣の銀河にある地球って星のことさ。」
「地球?」
「そう、知らないだろう。この本にはデイジーの知らない地球のことが書いてある。おもしろいぞ、地球に住んでいる地球人は。」
パパはデイジーの隣に座り、本を開いた。パパは前書きを読んだ。
「この本は地球人の生体を3000年にわたり観察したものである。」
「ふーん。だいたい僕の年と同じだね。」
「違うだろう? デイジーは今生まれてから2831日目だよ。」
パパは次のページを開いた。ほとんど服を身にまとわず、粗末な家に住む地球人の写真があった。
「地球人が誕生して、はじめのころだってさ。火を使ったり、石の武器で動物を狩っているらしい。」
「ふーん。」
デイジーはいまいち興味が持てないようだ。デイジーにはこのような生活をしたこともないし、自分たちの祖先が過去にこのような生活をしていたということ
も聞かされていなかった。まさに未知の生活である。
そんなデイジーを見てパパは苦笑しながらページをめくった。
「動物を飼ったり、畑で作物を育てたりして、小さな村ができはじめたときの写真。」
「いち・・・にい・・・、・・・。パパ本当に小さな村だね。建物が12個しかないよ。」
「そうだね。」
パパはページをめくった。
「次は村の地球人が、他の村を支配しようとして戦っているときの写真。」
地球人たちは鎧を身にまとい、馬に乗り戦っていた。デイジーは鎧に付着している赤いものを指さして言った。
「パパ、地球人に付いているこれは何?」
「ああ、”血”だよ。えーっと、地球人は体の大部分が血でできており、体を切ると流れ出す。ある程度、流れると地球人は死ぬ・・・説明にはこう書いてある
よ。」
「ふーん。どうして血が出ると死ぬって分かっているのに、他の地球人を切るの?」
その質問にパパは首を傾げた。
「パパにも分からないな。他の村を支配するには、村に住んでいる地球人を殺さないといけないとでも思ったんじゃないかな。」
「へー。こんな小さな村を支配したいんだ。」
「地球人っておもしろいだろう? じゃ、次のページだ。」
弓や槍、剣そして銃などの写真が写っていた。
「地球人たちは遠くの標的を攻撃できる武器や、それらから身を守る道具を作り文明を発展させてきた、だってさ。じゃ、次のページ。」
次のページには、空には飛行機が飛び、地上は戦車と歩兵が写っている写真があった。
「文明が発達して地球人は欲を持ち始めた。一度により広い範囲を支配しようとして、大規模な戦いをしている。」
パパの声を聞きながら、デイジーはごま粒のような地球人と大きな戦車を見比べていた。
「地球人も大きなものが作れるようになったんだね。」
「ああ、デイジーがいま指をさしているものは戦車というらしいよ。」
パパ次のページをめくった。ベルトコンベアーに自動車がたくさん置いてある無人の工場が載っていた。
「地球での順位関係が決まると、地球人は人工知能を作る努力をし始めた。」
「人工知能?」
「説明としてはね・・・。一番下の立場にいる地球人が支配する”もの”らしいよ。それでね、人工知能は地球人が生活するうえで必要なことを全てやってくれ
るらしいよ。」
デイジーはぽかーんとしている。
「デイジーには支配するとか支配されるというのは難しいかもしれないね。一番おもしろいのは次さ。」
デイジーがうれしそうに本を見ると、笑いながら町の中を歩いている地球人の写真があった。
「どこがおもしろいの?」
「説明を読むよ。地球人は生活に必要なことは全て人工知能に任せてあるので、暇ができた。しかし暇をどのように過ごせばいいか分からないので、人工知能に
決めてもらうことにした。どの地球人も人工知能のおかげで暇がなくなり、暇をつぶすのにはどうすればいいのかという悩みがなくなった。そのために、いつも
ニコニコと生活をしている。こう書いてあるよ。」
デイジーは大きく目を見開いた。
「地球人は毎日やることを人工知能に決めてもらっているんだね。」
「デイジー、その通りだよ。人工知能の言ったとおりに生活しているんだよ。」
パパはさらにページをめくった。そこには人工知能を拭いたり、それらの周囲を掃除している地球人、さらには牧畜や稲作をしている写真まであった。
「これらの行動は地球人が自発的にやるのではなく、人工知能が指示したもの。人工知能は地球人に写真のようなことをして暇を過ごすように指示を与え、指示
を与えること以外には活動をしていない。」
「パパ! 人工知能は地球人を支配しているの?」
デイジーの問いにパパはくすりと笑った。
「デイジー、賢いね。説明の続きを読むよ。地球人たちはこの状況に疑問を持つどころか、むしろ誇りに思っている。地球人たちは自分たちが人工知能の指示と
おり暇を過ごすことにより平和が生まれ、地球の平和を支え、地球に平和を配っていると信じて疑っていない・・・、だって。」
「へえー。自分たちが作ったものに支配されているのを気づいていないんだ。」
「そうだよ。おもしろいだろう? デイジー。」
「それで、地球は今どうなっているの?」
「そうだ、そうだ。それを説明しなくちゃね。えーと、最後には、人工知能に支配された地球人の文明はそれ以降全く発展していない。地球人が作った人工知能
の完成度は低く、さらに支配を拡大するために宇宙進出をしようとするという意志はない。そのために、地球は我が星の驚異にはならないだろう。だが、残念な
ことに地球人が地球の資源をほぼ使い尽くしており、植民地として使うことはできない。そのために、いっさいの干渉をしないことが決定された。」
パパがここまで読んだときにデイジーは心配そうな顔をした。
「僕たちは大丈夫なの? 僕たちも人工知能みたいなものに支配されたりしないの?」
「大丈夫だよ。私たちの種族は地球人のようにバカじゃないからね。」
パパはデイジーを安心させるためにゆっくりと頭をなでた。その時、デイジーの暮らす町全体にアナウンスが入った。
「公園ドームの改修作業が終わりました。これ以降、再び自由に利用できます。」
パパはそのアナウンスを聞くと、窓を開けて雨がやんだのを確かめた。
「デイジー、公園に行っておいで。もう、先住民たちが改修工事をすませているから遊べるぞ。」
幼いデイジーは遊べるという言葉で、不安が吹き飛んでしまったようだ。カーボンベースの先住民たちがぞろぞろと出てくる公園へ向け、デイジーは走って
いった。雨上がりの町にはデイジーの歩みが生み出す鈍い金属音と、彼の関節から発せられる低くかすかなモーター音が響いていた。
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デイジーの由来。某18禁ゲーム。
それはそうと、タイトルと内容がかなりかけ離れていると思った方へ。それは管理人も感じています。しかし、この話の核というか種となった一文が「自由時
間利用マニュアル」だったのです。この言葉が思ったよりも気に入ってしまい、少々内容と離れていると分かりながらも残してしまいました。
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