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SSの幼生


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名所
 どの地区でも名所がある。名所といっても、その地区にとって地域観光を活性化するものと、逆に人を遠ざけるものとがあるのだが・・・。

 ある橋の上に一人の若者が現れた。リュックサック一つを背負って、近くのバス停から歩いてきたのだ。まあ、近いと言っても1kmはある。そんな寂れた場 所である。彼は橋の上からゆっくりと自分の周りを見渡した。どこまでも木が生い茂っており、この先の道は旧道で閉鎖されている。もう、これ以上先に進む場 所はない。
「はぁ・・・。」
 青年は橋のたもとに手をかけて、下を見つめた。目のくらむような高さにあるこの橋からは、下にある川の状態は分からない。しかし、彼は知っていた。下の 川は流れが急で、川は浅い。
「おや・・・。」
 人の気配がしたかと思うと、一人の中年がやってきた。休日に着るようなカジュアルな服装で、リュックを背負っている。そして、いぶかしげに若者の顔を見 た。
「こんにちは。」
 若者はそわそわした様子で、中年に話しかけた。中年も目をぱちぱちさせながら、にこやかに笑い頭を下げた。
「こんにちは。いい天気ですね。」
「ええ。気持ちいいくらい晴れていますね。ここからじゃ、車の音も聞こえませんよ。」
 ふと、橋のたもとに置かれている若者のリュックに、中年の目がとまっているのに気づいた。
「ははははは・・・。」
 それに気づいた若者は頭をかいて笑った。
「ご冗談でしょう? あなたはまだ若い。私と違い、人生のやり直しはできますよ。」
 若者の笑いに何かを察したのか、中年は諭すように言う。
「冗談ではないのですか・・・。どんな悩みがあるかは知りませんが、私に話してくれませんか? あなたのような若い人がまだ死ぬことはありませんよ。」
 中年もリュックを置いて、若者のそばに立った。若者はそれを嫌がろうともせずに、橋の欄干に手をかけて大きく身を乗り出した。
「彼女にふられちゃったんですよ・・・。」
 若者の声は、橋の下から響いてくるようであった。中年は、欄干に背を持たれる形になっていたが、若者の顔を見ようとはしなかった。
「なにもそんなことで、死ぬことはないだろう? 世界の人口の半分は女性だよ。」
 二人の口からしか、音は出ていなかった。
「でも、俺が心から惚れて、相手も心から惚れていたのは彼女だけだったんですよ。」
「だが君はふられたんだろう?」
「正確には違うんだ。彼女のオヤジが猛烈に反対してさ、結局他の男と強制的に縁組みして、結婚・・・。」
「それはひどいな。」
 中年はポケットからタバコを取り出して、火をつけた。
「それが最後にタバコかい? おじさん見たところ結構いい地位にあるんじゃないの?」
 体を起こした若者は、中年の姿をまじまじと見た。
「・・・、いい地位だぞ。社長だ。」
「はは~ん、金に困ったな。だが、家族はどうするんだ? ここで死んだら、子どもも奥さんも困るだろう?」
「ふう、社長が自殺するのは金のやりくりに困った時だけ。この考えは社会に定着しているなあ。まあ、私もその一人さ。」
 若者は橋に座り込んだ。中年も軽く笑って隣に座った。
「なにも死ななくてもいいだろう? 社長だったら、周囲にコネとかあるんじゃないの?」
「そうもいかなくてね。金を貸してくれるように頼むのも、かなり神経がすり減るんだ。もう、あんなことをやったら私は精神的に崩壊するよ・・・。」
 若者はちょっと考えた様子だった。
「おじさんもバカだねぇ。家族もそうだけど、残された社員はどうするのさ? 経営が火の車で再起不能ってことはないんだろう?」
「君には分からないだろうよ。まだ若いから、特に社会の事情はね。」
「少しでも希望があるのならば、あきらめずに金を借りたらどうだ? 最下点で働いている社員の方が、おじさんよりもずっと苦しいんだぞ!」
 中年は少しムッとしたが、すぐに静かにタバコを吸う。
「だが、重役には重役の苦労があるんだよ。ヒラにはヒラの苦労がね。君のように失恋で自殺するほど暇はないんだ・・・。」
 今度は若者がムッとした。
「ケッ。それが分かっていて死ぬとは、よく今まで会社を続けられていたな! あんたのようなやつは、ヒラの時に仕事のつらさに耐えきれず自殺しているかと 思ったよ。」
 中年は吸い終わったタバコを、地面にギュッと押しつけた。
「入社当時は国全体が好景気でね。悩みなんてなかったさ。そう言えば、結婚に反対されるような職業ってなんだい?」
「服のデザインをしてる。で、その服を俺の店で売っていた。」
「そういえば、息子の彼女もそんな店に行っていたな。君には悪いが、どうもチャラチャラしたのは嫌いでね・・・。」
 若者は、自分の服をじろじろ見る中年の目に不快感を感じた。
「これも俺のデザインだよ。画一的なスーツの世界よりもずっと楽しいぞ。」
「私にもし娘がいて、君が結婚を申し込んできたら断るね。」
「何!? 俺だって、仮に会社に就職するならこんなヘナヘナした社長のもとでは働かないな。」
 若者は立ち上がって、橋の欄干に手をかけた。
「俺が先に行くぜ。死ぬ前にこんなに気分悪くなるとは・・・。」
「いや、君にはまだ生きてもらいたい。まだ若いんだ、考え直せ。」
 中年が立ち上がり、若者の肩に手をかけようとした。しかし、その手は若者により振り払われる。
「うるさい! さっきは散々俺に嫌みをネチネチと言いやがって。ああ、分かったよ。本当は、人が死ぬのを見ると怖くなって死ねなくなるんだろう? だっ て、金を借りるのも・・・。」
 若者の言葉で徐々に中年の顔が険しくなる。
「それを言うならお前もそうだろう! たかが恋愛ごときでメソメソして自殺だと!? 本当に彼女をモノにしたけりゃ、もっと全力でぶつかりゃいいんだ。ま あ、お前のようなブランドを買う女なんて、しょせんたいしたやつじゃないだろうが・・・。」
「俺の服に対する悪口ならば嫌と言うほど聞いてきたが、彼女をバカにするのは許せねえ! その口からもう二度と何も言えないようにしてやる!」
「彼女じゃないだろう? ”婦人”だ。」
「うるせえ! 俺にとっては永遠に”彼女”だ!」
 若者の拳が中年のほおに食い込んだ。中年はてすりのおかげでひっくり返らずにすんだので、負けじとばかり青年に飛びかかった。体重の差があるのか、若者 はよろけた。すかさず、中年が若者を橋のたもとに押しつけた。強烈に背中を打った激痛でひるんだ若者に向かって中年は殴った。怒りの限り殴った。若者の顔 からは鼻血がでて、自慢のブランドが真っ赤に染まった。
 若者もあらん限りの力で、中年の腹を殴った。これは効いたらしく、中年は腹を押さえて丸くなった。今度は若者が中年をたもとに押しつけた。
「てめえ・・・死ねぇ!!」
 思い切り顔を殴られ、中年の歯が飛んだ。痛みをこらえつつ、中年は若者の服をつかみ、自分の方へ引きつけた。バランスを崩しながら放った若者の強烈な拳 が中年の顔に再び食い込む。中年の鼻からも血が噴き出し、彼はのけぞった。
 二人は一瞬、宙に浮いたような気がした。中年は自分にのしかかってくる若者を押し返そうとしていたし、若者は自分を引っ張ってくる中年から離れようとし た。二人はお互いの憎むべき相手と、流れる血に目がいっており、流れる景色まで見えていなかった。
 大きな水音と、何かがはじける音が聞こえた後、再び静寂が戻った。


 管理人の長野県の家の近くには自殺の名所があります。その付近は一応、プチ登山 客も来る場所で、時々でるそうですよ・・・。ふふふふふふ・・・



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