病院
私は胸を押さえて歩いていた。世界は闇に包まれ、ぽつぽつと見える民家の明かりだけが頼りである。脂汗をかきながら歩いていた私は、ふと足を止めた。
目の前には病院の十字マークが浮かび上がっていた。私は建物を見上げた。六階建てほどの高さの病院は、明かり一つ付いていない。いや、一カ所だけ明かり
が見えた。二階のある一室である。
今にも倒れそうな歩き方をしながら、私は病院の二階へ歩いていった。たった一つ明かりのともった病室には、私の胸の苦しさをなおしてくれる先生がいると
信じながら。手探りで手すりにつかまり、ゆっくりと階段を上った。そして、明かりのと持った部屋の扉を開ける。
そこには一人、白衣を着た男がいた。彼は扉の音に気づき、椅子に座ったままこちらを向いて・・・。
私は目を覚ました。
「またあの夢か・・・。」
夢で感じた胸の痛みのためか、全身汗びっしょりである。私はむくっとベットから起きあがり、シャワーを浴びた。私は健康そのもので、胸の痛みなど煩った
ことはない。
「何かの前兆なのか?」
この夢を見続けること、三日間。ずっと同じ夢を見ており、それは徐々に鮮明になっている。しかし、いつも病院にいる男の顔を確認する前に起きてしまう。
重ね重ね、私は現実世界では健康だった。先週の人間ドックでも異常はなかった。朝食を食べて、気持ちを切り替えた私は会社に出勤した。他界した弟の写真
に「行って来るよ」の言葉を残して。
その日も平凡だった。私は疲れはて自宅で夕食を取った。テレビを見て、眠くなったのでベットに入ろうとした。いざ、眠ろうとするとドアをノックする音が
聞こえる。
「誰だい? こんな夜遅くに。」
「チト配達です。」
「あいにく、郵便を送ってくる心当たりもないぞ。」
「中身は本で、宛先は渋谷周介さんです。」
「何!?」
私は思わず扉を開けてしまった。渋谷周介は五年前に他界した弟だ。郵便の筆跡を見て私は唖然とした。間違いなく弟である。動揺しているのを分からないよ
うに、私は受け取り配達員を追い返した。
私はベットに戻り、箱を開けた。中には一冊のどこかの町の電話番号を網羅した電話帳が入っていた。するとなぜだろう、弟からの郵便物という異常事態で目
が覚めていたはずの私は、急に眠気を感じ電話帳を抱いたまま眠ってしまった。
夢の中、私は電話帳を抱いたまま夜の町を歩いていた。夢は昨晩より鮮明になり、道の傍らの電話ボックスを確認できた。私は中に入り、手にしている電話帳
を見た。この電話帳はこの町の電話番号を網羅しているらしい。それを確認した時、再び胸の痛みが襲ってきた。私は受話器を取った。ツーッという音が聞こえ
ないし、カードも硬貨も使えなかった。故障中である。
私は手にしていた電話帳から近所の病院を調べた。
私はいつもどおり夜の町を歩いた。今回は電話帳を手放さなかった。胸の苦しさがどうしようもなくなった時、あの病院に着いた。十字マークのぼんやりとし
た明かりは、マークの下にある病院名を照らしていた。
「四丁目総合病院・・・。」
たしかにそう書いてあった。私が調べた病院に違いない。私はいつもどおり、病院に入り二階の病室に行った。扉を開くと、白衣の男が後ろを向いている。
「予約はしましたか?」
今回初めて、白衣の男が話しかけてきた。
「いいえ。」
そう言って、男はこちらの方を向いた。
「・・・。」
私は目覚めた。相変わらず、夢の中の男の顔は分からない。またいつも通りの現実が始まった。しかし、何かが変わろうとしていた。
その日は、私の保険証が届いた。見たこともない住所が記されている。そこの役所に電話をかけようとしたがつながらなかった。そして、その日の夢では電話
が使えるようになり、私は病院に予約をすることができた。
次の日は四丁目総合病院の診察券が届いた。私がこの夢を初めて見た日に一度診断したと記されていた。そして、その日の夢では病院の大部分に非常灯がつい
ており、受付にも人がいた。私は予約をしたことを受付に伝え、二階の病室に行った。
さらに次の日は、保険会社からの通知が来た。どのような保証なのか知らないが、病気により二十万円、入院により今後一ヶ月、毎日一万円を保証すると書い
てあった。ところが、その日の夢はあまり変化がなかった。唯一の変化は、受付の看護士が病室まで肩を貸してくれたことである。ちなみに、翌日調べてみる
と、現実の口座には保険金は振り込まれていなかった。身に覚えのない保険会社なのだから当然である。
四日連続でチト配達から眠る直前に弟からの郵便物が届き、夢が変化していた。ところが次の日からは郵便物は届かず、夢も同じものを見続けた。しかし、そ
れから三日後、また郵便物が届いた。正確には新聞である。会社から帰ってくると、知らない新聞の夕刊がポストに入っていた。地方新聞らしく、小学校でのゴ
ミ拾いや、農家の女性の料理講座などの記事が載っているが、私に関係するものは全くないようだ。
その日の夢で、私はついに病室の男の顔を見た。それは私の弟だった。弟は苦しむ私に聴診器を当て、レントゲンを撮るように看護婦に指示した。それだけで
は足りず、私はCTスキャンに入れられた。スキャンが終了し、画像解析が終了すると、私は手術のために全身麻酔をかけられた。
数週間後、私の家に会社の友人がやってきた。無断出勤に疑問を感じ、様子を見に来たとのこと。私は彼に挨拶を告げることはできなかった。なぜなら、私は
あの日の夜死亡しており、肉体は既に腐敗していた。胸に抱いた地方新聞は、かなり汚れてしまっていたが、友人はおくやみの欄に私の名前を発見したという。
死因は遺族の意志で伏せてあり新聞には載っていないし、腐敗が進みすぎたていために解剖しても分からなかった。
しかし、私は幸せだった。なぜなら、二度と合えないと思っていた弟に看取られたのだから。きっと・・・
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一カ所だけ明かりのついた病院。その部屋に行くと、白衣を着た男が後ろを向いて
いる・・・。
この場面だけが先にでてきて、いつか話にしたいと思っていました。とにかく無理矢理話にしてしまったので、かなり変なものになってしまいました。
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