ポスト
夜の町ににぎやかな声が移動している。一人の酔っぱらいが、千鳥足で歌を歌いながら家を目指している。
「はっはっは、いやあ酔ってしまった、酔ってしまった。」
酔うと笑ったり、泣いたり、怒ったりと人は色々と変化するが、この酔っぱらいは笑うタイプらしい。
「いやあ、今日は春の割には暖かいですなあ。」
酔っぱらいは立ち止まり、道に立っている人に話しかけた。酔って体がほてっており、暖かいのは自分だけである。そんな酔っぱらいを、話しかけられた人は
完全に無視している。
酔っぱらいは人だと勘違いしているのだが、それはポストであった。旧式のポストのために、寸胴で人間に見えたのだろう。酔っぱらうとバス停を引っ張った
りする人間と同様である。
「おいおい、俺は怪しいものじゃないよ。返事くらいしてくれたらどうだい?」
酔っぱらいは笑いながら、ポストの頭をパチパチと叩いた。金属製で冷たく堅いはずなのに、酔っぱらいは人の頭だと信じて疑わないようだ。
「てめぇ、そこまで無視すると許さないぞ!!」
酔うと感情が不安定になると言うが、この酔っぱらいもすぐに頭に来たらしい。彼は拳を天高く振り上げ、思い切りポストを殴ろうとした。拳がポストの投函
口へ近づいていく。
不思議なことに、酔っぱらいがポストを殴る音も、痛みによる悲鳴も聞こえなかった。
「郵便です。」
食事の片づけが終わり、部屋の掃除をしていた婦人は、アパートの扉越しにこんな声を聞いた。昨晩、夫が帰ってこないので機嫌が悪い。
「はーい。」
郵便を送るという知らせがないので、奇妙と感じつつ婦人は配達員の姿を調べた。どこからどう見ても普通の配達員。
(何かの間違えかしら?)
「おはようございます。」
配達員がさわやかな声であいさつをし、頭を下げた。婦人は配達員の手にしていた箱の宛名を見た。確かに自分宛の郵便物である。中身は生ものらしい。
「ハンコを取ってきますわ。」
婦人は扉を閉めて、机の上に箱を置いた。果物ナイフを取り出し、貼り付けられたガムテープを切り箱を開いた。
「あっ!!」
シュレッダーを通した紙くずの上に、人形が置いてあった。その人形はサラリーマンで、本物と見間違えるようなできばえである。いや、もっと正確に言うと
自分の夫そっくりの人形である。
「ん・・・ん・・・。」
人形が声を上げて起きあがった。しばらく周りを見渡した後、人形は婦人の顔を見た。
「おい、お前。何、俺の顔をぼーっと見ているんだ?」
「あ・・・あなた。どうして?」
人形だと思っていたのは、小さくなった彼女の夫であった。婦人は両手を口に当てて震えているばかり。その時、夫も自分が小さくなっていることに気づきそ
の姿勢で固まっている。
「あなた、どうして? どうして?」
婦人は泣きながら夫を持ち上げ、ほおずりした。その目からは涙が流れいてる。
「おいおい、よせ!!」
小さくなった夫は、婦人の手から飛び出し床に着地した。
(そういえば、あの時、殴ろうとしたのがポストだと気づいて・・・。)
夫はあの時のことを思い出した。彼は拳を止めようとしたが、止められず投入口へ衝突した。次に襲うだろう痛みのために目をつぶったが、衝撃すらなく彼は
おそるおそる目を開けた。驚くべきことに彼の手は、すっぽりと投入口に吸い込まれていた。夫は引き抜こうとしたが、逆にポストの中へ吸い込まれてしまっ
た。腕が徐々に吸い込まれ、肩、そして頭が入った瞬間、夫は恐怖で気絶した。それから、気が付くと妻が自分を見つめていたのだ。
「こいつは食用に適さない。丸飲みしたら、アレルギー症状が出たので返す・・・。どういうことかしら?」
婦人が箱の中に同封された便せんを読んだ。夫は床から婦人を見上げていたが、徐々に彼女との距離が近づいているのに気づいた。気が付くと、普段通り彼の
あごの高さに婦人のおでこがあった。
「あら、あなた! 元に戻ったの!? うれしいっ!!」
婦人が等身大の夫に抱きついた。状況は全く飲み込めないが、夫は彼女を引き離し、無言で出勤していった。昨日は家に帰ってきていないので、説教されるの
をおそれたのだろう。夫の姿が見えなくなっても婦人はしばらく興奮していたが、先ほど起きた現象を冷静に反芻し真っ青になった。
「・・・?」
駅へ向かって歩いていた夫は、例のポストのあった場所を見たが、そこには何もなかった。奇異の目で自分を見る人々を無視して、夫はポストがあったと思わ
れる地面を慎重に見た。しゃがみ込んで、なめるように地面をした。すると、巨大なナメクジがはったような汚れがどこかへ伸びているのが分かった。
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さあ、ここでクエスチョン。ポストの正体はいったい何だったのでしょう?
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