たくましい人
予定時刻よりやや遅れて空港から飛行機が降りてきた。空港の出入り口に集まっていた記者の群れが急に騒がしくなる。
「さぁ、来ました。小舟でY港からアメリカのロサンゼルスまでを往復し、次の年にはエベレストを登頂、今回は南極点まで短身徒歩で歩いた偉大な人物、井川
源也氏の帰国です。あ、見えてきました!!」
二十代後半の男性が歩いてくる。短髪でサングラスをかけ、身長は普通の人間よりも頭一つ飛び出ている。肩幅が広く、じつに体格がいい。そんな人間がフ
ラッシュを浴びながら、リュックサックを背負って無言のまま近づいてくる。
「あの、北極はどうでしたか?」
「今回の成功について何か一言!!」
「今後の予定についてお教え下さい!」
「帰国に当たり一番はじめにあいたい人は?」
次から次へと質問が飛ぶ。井川氏は嫌な顔をせずに丁寧に質問に答え始めた。しばらくして、彼は時計を見て、丁寧にいとまを告げた。彼の言葉はすばらし
く、強引な人間の多いと言われる記者たちもつられて頭を下げて見送っている。
井川氏は空港の前で客を待つタクシーに乗った。
「いやぁ、井川さんに乗っていただけるとは光栄です。」
「サインでもしましょうか? 私が北極で体を温めるために持っていった酒の瓶にでも・・・。」
運転手は顔をほてらせて喜んだ。井川氏はマジックで瓶に名前を書いた。さらに、そこには行き先まで記されていた。運転手は井川氏の粋な演出にうなりなが
ら、アクセルを踏んだ。
「おっと、そろそろ着きますね。おもしろい話、ありがとうございました。」
「いえいえ、こちらこそ。もう歩くのは飽きましたから・・・。」
「ご冗談を。」
井川氏は笑いながら会計をすませ、車を降りた。目の前には閑静な住宅地が広がっている。井川氏の自宅はこの近くで、そこには退職した彼の父母が暮らして
いる。井川氏は自宅へ戻らずに、もと来た道を戻り始めた。そして、まだ開発に着手していない草原へとたどり着いた。
「待っていましたよ。世間からは超人と噂される、井川殿。」
草原には一人の会社員が立っている。井川氏は返事をせずにリュックをおろした。
「軽装での旅行はいいですねぇ・・・。私も旅行がしたいが、会社に縛られて定年までは無理そうだ。」
一人でしゃべり続ける会社員を無視して、井川氏はサングラスを外した。その目には、会社員に対する懐かしさが溢れていた。
「森谷君、いったいどういうことだい? こんな所に呼び出して・・・。」
「これは失礼。会社特有の空気に毒されたか、人と会った時はじめの数分、お世辞を言うようになってしまってね。まぁいい、これを・・・。」
会社員森谷は懐から封筒を取り出した。井川氏はそこに書かれていた文字を見て唖然とした。
挑戦状・・・。
「何?」
井川氏の顔に同様が広がる。
「詳細は封筒に入れた紙に書いておきました。連絡先も同封した名刺に書いてありますから。」
それだけ言うと、森谷の姿はあっという間に消えた。歩いているように見えたのだが、車が通りすぎるような早さであった。そして、森谷は車に乗りどこかへ
と消えていった。井川氏は軽くため息をつきながら、封筒を開けた。挑戦状など初めて見るが、実に挑戦状らしい文章がつづられていた。場所は近くのビルの屋
上で、日時はあさっての夕方、素手での肉弾戦とのこと。
一通り読んだ後に井川氏は森谷のことを思いだした。彼は井川氏の古くからの友人で、ずっとこの地区に暮らしていた。森谷は井川氏よりも一つ年上で、体格
や正確は全く違っていた。明るく誰とでもすぐに仲良くなる井川氏と違い、森谷は暗く内向的、体格も井川氏の全く逆で、吹けば飛ぶように見える。
(そんな人がどうして・・・?)
そんなことを考えているうちに、井川氏は自宅に着いた。案の定、玄関には報道陣が待ちかまえていた。井川氏は彼らに笑顔と共に手を振り、報道陣に混じっ
て立っている父母の手を握った。
「ただいま。」
その言葉に父親も母親もだまってうなずいた。そのとき、ぽろっと挑戦状が落ちた。空中で回転した挑戦状は、表を上にして地面に落ちた。報道陣は一瞬沈黙
したが、すぐに挑戦状に対する質問が浴びせられた。
「相手は・・・お楽しみと言うことで・・・。」
場所と日時は教えたが、井川氏は相手までは教えなかった。理由は自分でもよく分からなかった。もしかしたら、早く家でくつろぎたかったのかも知れない。
井川氏は父母の腕を引っ張り、玄関の扉を閉めた。
そして、決戦の日。ビルの屋上には、それぞれを応援する人間と報道陣で一杯になった。井川氏は近所の人々と、報道陣に囲まれて。森谷は職業も性別も年齢
も全くバラバラの人間に囲まれていた。彼らは元気がなさそうにうつむいており、表情も顔もよく分からない。
「さぁ、日本でもそして世界でも超人と呼ばれるすばらしい冒険家の井川源也さんと、謎の挑戦者の戦いがいよいよ始まります。」
キャスターがカメラに向かって熱っぽく話している。
「井川君、準備はできたかい?」
森谷の言葉に井川氏は頷く。
「じゃぁ、この百円玉が落ちたら勝負だよ。」
森谷の手を放れた百円玉は、銀色に光を反射しながら落ちた。そして、二人の視線が絡み合ったと思った瞬間、森谷の拳が井川氏の顔に食い込んだ。それを確
認した森谷を応援している人間たちが、その場にいた報道関係の人間や一般人に次々と殴りかかった。そして、誰かがビルにセットした爆弾のスイッチを押し
て、ビルは崩壊した。
先ほど破壊したビルの煙がよく見える高台の駐車場で、森谷たちは街の動きを見ていた。
「はぁ・・・。」
ため息をついた森谷に、和服を着た女性が近寄ってくる。
「なぁに? ため息ついちゃって。これでよかったじゃないの。これで。」
「そうだな。俺たち、超人の遺伝子を引き継ぐ人間を無視して、世間では超人扱いされるとは許せないからな。」
森谷のその声に、ねじりはちまきをした作業着の男が言う。
「あぁ、俺たちは阻害されぬ為に超人ということを隠しているのに、積極的に超人になろうとするとは馬鹿としかいいようがない。」
人並みはずれた身体能力と知力を持つ超人たちは、幼少から平凡になるように親から血のにじむような訓練をさせられた。そのために、凡人が超人を名乗るこ
とに怒りを感じるのであろう。そして、時々彼らの感情は爆発し、この様な暴挙に出るのだった。だからといって、超人たちは警察に捕まることはない。なぜな
ら何をとっても人並みはずれているのだから。
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オチがいまいちです。
「平凡なことしかしない超人と、非凡なことをし続ける凡人の戦い」という一文から話をふくらませました。
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