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SSの幼生


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コミュニケーション
 電話で話していて頭を下げる人。テレビやラジオを視聴しているときに、いちいち意見する人。そういう人を見かけなくなって久しい。新しい方法が入ってき ても、その方法を使う時、人々は古い方法の一部を思い出す。上にある行為もそれが影響しているのであろう。
 以前、放送局は双方向番組用の衛星を打ち上げた。この衛星は、その放送局にチャンネルを合わせたテレビの半径一メートルにいる人間の声を聞き取る機能が あった。しかし、はじめはおもしろがっていた視聴者もやがて飽き、最近は双方向番組などほとんど放送されなくなった。テレビの新境地と歌われた双方向番組 は、人同士の会話を想像させるものであったかもしれないが、会話以上に話し相手は”冷淡”であり”無口”であったために飽きられるのも仕方がなかった。上 に書いたとおり、テレビに意見する時代は終わっており、時代の流れに逆行することはできなかった。人々はテレビも見るが、コンピュータを使ったネットワー クの方が頻度が多いらしい。
 今日は平日なのに会社は休み。会長が他界、盛大な葬儀が行われるために会社の営業は中止。重役は葬儀に出席し、平社員は自宅で喪に服すことになってい る。アール氏はあくびをしながらテレビを見ていた。結婚していないし、友達は仕事に出かけている。読書は嫌いなためにやることと言ったら、これくらいしか ない。
「今日は夢実現宝くじの主催者の本木さんがゲストです。」
 司会者がにこやかにそう言うと、画面の左側から白髪混じりの男性が現れた。
「本木さんはじめまして。」
「いやいや、こちらこそ初めまして。」
 二人はあいさつを交わし、椅子に座った。その時、テレビの右下に”Watch:32021,ACESS:000”の文字が表示された。
(夢実現宝くじねぇ・・・そんなものがあった気がする。)
 アール氏は再びあくびをして、リモコンを探した。どこに置いたのか、見あたらない。
「・・・。リモコンを探すのも面倒くさいし、まぁいいか。」
 アール氏はソファーに横になり、テレビから聞こえる音を聞いていた。
「この夢実現宝くじというのは、RRRという障害者支援団体の作った宝くじです。この宝くじを売り、そこで得た資金を障害者施設にしたりと様々な活動をし ています。このくじの魅力は額ではなく、他のくじと比べ三倍以上高い当選確率で・・・。」
 司会者の説明はアール氏の脳を刺激しなかった。アール氏の頭の中は、次第にぼんやりとしていった。
「・・・と、いうことで今年の一等当選者が現れなかったのです。これで五年目となり、私たちも困っていました。」
「はぁ・・・。当選金をもらいに来る人が来ないのですか?」
 気が付くと、時計が二十数分進んでいる。いつの間にか眠っていたようだ。
「そこでです。今回の一等の当選金を、欲しいという方にプレゼントしようと思いまして番組に来ました。」
「プレゼントですか? いいんですか?」
 司会者が興奮している。その声を聞くアール氏は冷めたままで、また眠りに落ちようとしていた。
「えぇ。夢実現宝くじという名前です。夢を実現したい方の手に渡れば、本望ですよ。」
「なるほど。それでは、この番組をごらんになっている方々へ最後の一言。」
 番組が終わるようである。
(次の番組はおもしろいといいが・・・。)
 アール氏はそう考えて、目を覚まそうとしたが、体はどうしても眠りたいようだ。
「当選金が欲しい方、すぐに我々にご一報下さい!!」
 本木という男性の声が聞こえた。
 と、その時、アール氏の飼い猫、み~たんが彼の胸に乗った。み~たんの口には、先ほど探していたリモコンがあった。
「こっちにわたしておくれ。」
 アール氏がそう言って、み~たんの頭をなでた時である。テレビの文字が”ACESS:001”に変わった。それから十数秒間は何も変化せず沈黙だけが続 いた。
「米沢川地区のアールさん!! あなたの夢を実現するために、今すぐ一等当選金、六十万円をお届けに参ります。」
 アール氏は目が点になった。司会者が呼んだのは自分だったからである。彼はみ~たんをなでながら、リモコンを手にした。そして、酔ってテレビに文句をつ けていた父親の姿を懐かしく思った。


 み~たん・・・。アール氏のネーミングセンスは最高です。



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