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SSの幼生


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ものまね
 ものまね師という職業がある。大道芸人の一つで、最近現れぐんぐんと広がっている。名前の通り、注文を受けた人物のものまねをすることで金をもらう。
 このものまね師に必要なものとは、なんと言っても数多くの人物に対する知識と、彼らが見せるほんの些細な動きを完全に記憶する注意力である。このような 能力を持つ人間は非常に少ないためか、ものまね師には二つの分類ができてしまった。簡単に言えば、ずぶの素人と、神のようなプロ・・・。ずぶの素人の演技 はテレビのものまね大会レベルであるが、神のようなプロのそれはまさに目の前に本人がいるように錯覚するという。たとえ、演技者の顔がまったく似ていな かったとしても。そして、このようなプロは客にあったときには彼らの癖までも見抜いていると噂されるが、確かめたものはおらず、噂だけがまことしやかに伝 えられていた。
 ある時、有名なものまね師の所へ一人の青年が歩み寄ってきた。「一つ頼む。」
「へぇっ。」
 青年はものまね師の前に置かれていた麦わら帽子に硬貨を投げた。「どのようなものをいたしましょうか?」
 青年はものまね師に顔を近づけてこう言った。
「おまえ自身のものまねが見たい。」
 ものまね師は一瞬とまどったようだ。青年とは初対面であり、何をまねればよいのか考えている。

(どうした? いくら神レベルのプロとは言え、この依頼には答えられまい・・・。)
 青年は心の中で笑った。
 そのとき、ものまね師も良い考えを思いついたのか軽く笑ったように見えた。

 青年の脳裏には昨晩、仲間達と話したあの場面が見えてきていた。
「これであの人も黙り込んでしまうだろうな・・・。」
「あぁ、生粋の芸人だ。依頼に答えられなければ、何かしらの償いをしたいとおっしゃるに違いない。」
「そこであの人が持っている芸の極意を知ると言うことか。」
 青年と、彼と同じくらいの年の若者が二人。皆、一流のものまね師を目指す気の通った仲間達であった。
「あぁ、尊敬する人をおとしめるというのはなぁ・・・。」
 極意は知りたいが、尊敬する人をだますのはやはり気が進まないらしい。

「あまり気は進まないが・・・。」
 このものまね師の声で、青年は我に返った。目の前にはものまね師が腕を組んで座っている。
「まさか!?」
 彼が先ほどまで思い起こしていたあの場面・・・。”尊敬する人をおとしめるというのはなぁ・・・”。この言葉を仲間が発した後、青年は腕を組んで”あま り気は進まないが・・・”と言っていたのだ。
(これはただの偶然か?)

「いえ、偶然ではありません。」
 その言葉を聞いたときに、青年は目の前に鏡があると思った。目の前のものまね師は、彼自身と同じように驚いたままこの言葉を発していた。
「ふふふふふ・・・。芸の極意などあってないようなもの。師が弟子に見えやすい目標を設定しただけですよ。」
「そ・・・」
「そんな馬鹿な!!」
 青年が口を開いた瞬間に、ものまね師は最後の言葉を発した。完全に自分の動きを読まれてしまい、青年は立ちすくんだ。彼の背中に冷たいものが流れる。

「そろそろ、R喫茶で待っている仲間が心配しますよ。」
 青年はハッと我に返り携帯で時間を調べた。気づけばかなりの時間が経っている。
「かわいそうですから、極意を教えましょうか・・・。いや、あなたの依頼した内容に対する答えをね・・・。」
 青年ののどが鳴った。
「私の特技は他人の思考と同調すること。これを示せばあなたは満足ですか?」
 ”もし不満ならばお持ち帰りください”と言いたいように、青年が投げた硬貨をものまね師はつまみ上げた。
「・・・。」
 青年は財布をとりだし、硬貨に手を伸ばした。

 硬貨に青年の指が触れる瞬間、青年の指がひるがえり、麦わら帽子の中にハラリと一万円札が落ていった。彼は何も言わずにきびすを返し、ものまね師から立 ち去っていった。青年の目には涙がたまり、周りの風景も、いつの間にか握っていた一万円札もぼやけて見えていた。


 くろ吉さんの指摘を受け若干修正しました。くろ吉さん、いい指摘を ありがとうございます。
 この作品、「全く癖のない人物」という一文から話を広げたのですが、 どういう訳かこんな作品になりました。世の中って何が起こるかわかりま せんね。



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