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SSの幼生


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二重螺旋
 数回のノックの後に、彼は名乗りもせずに入ってきた。
「おぉ、兎守(うかみ)。久しぶりだな。」
 机に座り、ラップトップパソコンをいじっていた中年の男が、開いた扉の方を向いてこう言った。
「お久しぶりです。先生。」
 兎守青年はさわやかに笑った。その笑みをより際だたせるかのように、蝉の音が辺り一面に響いた。

「・・・、しかし・・・。」
 コーヒーを兎守に出して、”先生”はこう言った。しかし、続きが出てこない。
「もう夏休みだというのに、学校に来るとは教員とは忙しいものですね。」
 空白を作らぬように、兎守が話題を作る。
「あぁ。だが、私よりも生徒の方がずっと忙しい。南の校舎では、今日も3年が模擬テストだ。」
「へぇ・・・。そういえば、俺もそんなことをやっていたような・・・。」
 兎守が笑いながら、室内をきょろきょろと見渡す。
「先生は試験管として教室にいなくていいのですか?」
「三年5組の副担任だからな。主任の小杉先生がやっておられる。」
「あぁ、あの柔道部の顧問の・・・。」
 兎守の視線は、机の上に置いてあった三年用の生物の教科書で止まっていた。

「去年、お前らのせいでさんざん苦労したが、よりによって今年も3年の世話をせにゃらなんとは・・・」
 ”先生”が伸びをしながらつぶやく。
「でも、去年の3年の担任の誰かがやらなければならないことでしょう?」
「そうだな・・・。」
 ”先生”がコーヒーを一杯すする。

「・・・、ところでお前はK大へ行っているんだよな?」
「えぇ・・・。」
 しばらく沈黙が続いた後、”先生”が先に口を開いた。
「今思えば意外な話だよな。私が言うのもアレだが、お前の成績と実力でY大へ落ちるとは・・・。」
「・・・。」
 兎守はしばらく黙っていた後、”先生”の顔をキッと見つめた。
「実はあの時、”故意”に落ちたんです。」
 その後、兎守は意を決したようにこう言った。その言葉に”先生”はすぐに答えず、コーヒーを飲んでいる。
「・・・、意外だな。”恋に落ちた”とは・・・。」
「今、思えば馬鹿なことをしましたよ。」
「確かに。どの大学へ進学するかで人生が決まる場合もあるからな・・・。しかし、あれほど勉強を必死でやり、Y大進学へ意欲的だったお前がどうし て・・・?」
 兎守の独白を聞き、”先生”の声も重い。
「ひたすら進学、進学、勉強、勉強という学校の姿勢に嫌気がさしてしまったんですよ。それで、ちょっと驚かせてやろうとして・・・。」
「ここは進学校だからなぁ・・・。確かに”勉強以外のことはいっさい抜きの学校生活れ!!”という方針だと思われても教員達が文句を言う資格はないな。」
 兎守がコーヒーに口を付けた。
「じゃぁ、試験会場でもぼーっとしていたのか?」
「・・・いえ、適当に問題には答えていましたよ。」
「・・・、それが適当と言うのだ。試験管に変な目で見られただろ?」
「そうでしょうか? そんな感じは受けませんでした。」
「そうか・・・。」
 どうも会話が続かなくなっている。

「今はどんな感じだ?」
「何が・・・ですか?」
「ほら、大学に行って生活環境が変わっただろう?」
「今はアパートで自炊をしていますよ。」
「・・・そうじゃなくて、人間関係は?」
「いえ、別に・・・。友達とかともそれなりに上手くやっていますよ。」
「って、ことは近くに住んでいるのか?」
「えぇ、歩いて10分です。レポートのやり方を聞いたりとかで休日もちょくちょく行っています。」
「なかなか上手くやっているようだな。」

「先生は、俺がこんなことを言っても怒らないんですか?」
「・・・。まぁ過ぎたことだし、お前が嘘を言っていないのならな。それに、それなりの大学生活を送っているようだし。」
「・・・それを聞いてホッとしました。」
「ずっと気にしていたのか?」
「それは・・・少々。」
「まぁ、お前が決めた道だ。他人が責める必要もないだろう。で、夏休みは何をして過ごしているんだ?」
「今ですか? 車の免許とバイトをしています。」
「・・・、時々会いたくならないか?」
「えぇ、大学の友人とかにも会いたくなりますね。ホント、大学の休みって長いですね。」
「どうだ? 私がむかし言ったとおりだろう?」
「あれですか? ”学生は暇と体力ががあるのにカネがない。中年はカネも体力もそこそこあるが暇がない。老人はカネがあるし暇があるが遊ぶ体力がな い。”ってやつですか?」
「・・・そうだ。お前、結構授業以外の余計なことも覚えているな・・・。」

「・・・ん? おや、テストが終わる時間だ。悪いな、次は私が試験管なのでな。」
「あぁ、そうですか。すみません。いきなり押し掛けて。」
「いや、気にするな。こっちも久々に顔が見れてよかったよ。」
「それでは失礼します。」
「あぁ、無理はするなよ。」
 兎守は頭を下げて部屋を出ていった。
「・・・、兎守はわりと硬派な人間だと思っていたが・・・。」
 机の傍らに置かれている段ボール箱から、次に配るテストの束を持ち上げて、”先生”も部屋から出ていった。


1500HIT記念の作品です。
なんとなく作りました。取りあえず、「勘違い」をテーマに 置いたのですが、どうでしょうか?
次に二人が出会った時、会話が成立するかどうかは知りません。



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