ヒーロー
壁の色が違うだけで、建築構造が全く同じにしか見えない住宅が建ち並ぶ、中流階級の居住地域。その中にある我が家へと二人の青年が笑談しながら自転車を
こいでいる。
一人はやや赤みがかった髪をしており、顔にそばかすができている。そして、もう一人は金髪で髪の毛を角刈りにしている。二人とも仲がよいらしく、にこや
かに語り合っている。しかし、困ったことに両人とも前を見ていない。
「はやり、ヒーローはかっこいいな。」
「うーん、アクション映画の主人公と言った方がいいんじゃないか？」
「たいして変わる訳ないだろう？」
先ほどから笑いながら、映画の話をずっとしていた。しかし、金髪角刈りの青年のこの言葉で、そばかすの青年の表情が真剣になった。
「何を言う！ ただのヒーローでは、アニメの主人公も含まれてしまうだろう！！」
先ほどの様子とは比べものにならないすさまじい剣幕で言ってくる。その顔を見た金髪の青年は苦笑いしながら必死に弁解している。
「悪い悪い。確かに、アレを含めたらどこかのオタクになるな・・・。」
「あんなガキどもが世界を救う話なんて、非現実的だし非常に内容が薄いじゃないか！！」
「確かに・・・。」
いまになって、急に声を荒げたことを反省してかそばかすの青年の顔が赤くなる。
「お互いに意見の一致を見たようだな。」
「あぁ。」
何を確認する必要があるのか知らないが、二人は手を握りあいお互いにうなずいている。そして、その手が離れると金髪の青年が友人から目を離した。
「おっと、もう家の前だな。それじゃぁな、ジェイムス。」
「あぁ、それじゃぁ。今夜、地上初のＯ．Ａ．になるＳＱＵＥＲＥを見逃すなよ、オスカー。」
「分かっているって。」
軽く手を振りながら、金髪の青年は玄関の扉に立った。玄関のベルを押し、家の中にいる母親に扉を開けるように頼んでから、自転車ごと家の中に入っていっ
た。
「まったく、あなたとジェイムスの映画話は６０マイル先からも聞こえるわよ。」
「そんなまさか。」
母親の下らない冗談にオスカーは笑い、椅子に腰かけた。机の上には、皿に載ったクッキーがあり、母親が紅茶の準備をしている。
そして、彼は目の前にある一通の封筒に目が入った。
「あぁ、それあなた宛よ。ＷｈｉｔｅＨｏｍｅからだって。心当たりある？」
「全然無いよ。」
そう言いながら、オスカーは封筒を手に取りしげしげと眺めた。確かに、自分宛に来ており、名前も住所も間違いがない。しかし、ＷｈｉｔｅＨｏｍｅなどと
いう会社には心当たりがない。パートの仕事もない彼には全く関係がないように思われた。
とはいえ、大学の講義と何か関係があるのかもしれないと彼は封筒を破り、中から書類を取りだした。
オスカー・アマデリス殿
突然のお知らせですが、私はあなたにすてきなニュースを届けたいと思っております。
ズバリ、「ヒーロー」になりませんか？ ヒーローといっても、最近一部の若者達がもてはやしている日本のアニメヒーローではありません。アメリカで昔か
ら知られているヒーロー達です。
こんな風に私が言っても何のことだか分からないでしょう。（以下省略）
ＷｈｉｔｅＨｏｍｅ代表取締役
デビット・ケイスリー
回りくどい文章であったが、要するにショーの着ぐるみを着て子供達の前に出るパートの募集であった。子供を相手にするのは少々、面倒くさいものではある
が、オスカーはその着ぐるみを気に入った。
スパイダーマン、バットマン、ロボコップ、そしてジャッチドレットである。映画好きの彼にとっては、コスプレでもいいので一度は自分の目で現物を見たい
と思っていたキャラクター達である。
一度、流し読みをしてすぐに捨ててしまおうと思っていたが、思わぬ依頼のために、いつしか彼は真剣に書類を読んでいた。
「あら、それほど重要な知らせなの？」
「ん？ そんなところかな。」
母親の煎れてくれた紅茶を一気に飲み、オスカーはファインプリントがないかどうか必死に読んでいる。こんなに必死に書類を読む彼を、母親はおもしろそう
に黙って見つめていた。
「あなた、父さんに似てきたんじゃない？」
ヌード写真が掲載されている雑誌を自分の部屋でこっそりと見ていた父親の姿を母親は思いだした。あのとき彼は、あまりに夢中になっており、母親が後ろに
立ち３分ほどにらんでも気づかなかったのだ。
しばらくして、オスカーが書類を読み終わり、クッキーを食べ始めた。
「どんな内容だったの？」
何気なく母親が聞いてくる。
「パートの募集さ。休日のごく短時間だけヒーローの着ぐるみを着て子供達の前でショーをするのさ。」
「あら、アニメのヒーローの？」
母親のこの言葉に、オスカーは失望して恨めしそうににらんだ。
「違うよ。アニメなんて僕が興味ないことを知っているでしょ？ 映画のヒーローだよ。スパイダーマン、バットマン、ロボコップ・・・」
「あら、スパイダーマンも？ あなた、やってみたら？」
オスカーはスパイダーマンが好きなので、気を利かせて母親がこう問いかけた。
「うーん、どうしようかなぁ・・・。」
「ロボコップもあるんでしょ？ ジェイムスと一緒にやってみてもおもしろいかもね。」
それ以上、何も言わずにオスカーは封筒を握りしめたまま、二階の自分の部屋へ行ってしまった。
「あさって面接か・・・。家から近いし、行ってみようかな。」
オスカーは自分の部屋でつぶやいた。
「ジェイムスは・・・。」
ジェイムスは休日の昼間はほとんどパートタイムで出かけている。仕事の割に時給がいいらしく、気に入っているらしい。そして、この着ぐるみの仕事よりの
方が時給が安いのだ。
果たしてジェイムスを誘っていいものかどうか・・・。オスカーはそんなことを考えながら、レポートに取りかかった。
夕食の時は、父親も母親も着ぐるみのパートのことはいっさい聞かなかった。そして、翌日彼はいつものように大学へと出かけていった。
「オスカー！ ちょっと、いい話があるんだ。」
大学の敷地でのんびりと人の流れを見ていたオスカーはジェイムスの声に反応した。
「びっくしりしたなぁ。ジェイムス、いい知らせって何？」
ジェイムスは興奮しており、顔が若干赤かった。彼はオスカーに声をかけた時と全く変わらないトーンとテンションで、あの着ぐるみのパートのことを話した
のだ。
そして、オスカーにも封筒が届いたことを聞くと、急に残念そうな顔になった。
「なんだ、だったら電話くらいかけてもいいのに。」
「でも、ジェイムスはその時間パートが入っているだろう？ それに時給もこっちの方が安いから。」
「でも、あこがれのロボコップになれると思うといても立ってもいられなくてさ。」
それから後は早かった。二人は明日面接に行くことを約束した。そして、ジェイムスはオスカーに対して、「仮病を使いパートを休む」と悪びれもなく宣言し
たのだ。
二人はその後、別々の講義を受け、帰りは昨日同様、映画話に花を咲かせながら帰った。そして、オスカーは家に帰り両親に、明日パートの面接に行くことを
話した。
「あら、あなたもパートをやるの？」
オスカーの母親は、推測が当たりうれしそうに言った。
「いよいよお前も社会の一員となるのか。それならば、自分の責任で面接に行きなさい。」
父親はそう言いながら、パンをかじっている。
「父さん、大学に行く時点で社会の一員じゃないのか？」
オスカーは少し不満そうに言った。
「大学で一員となる方法を学びたいって言ったのは誰だ？」
パンを噛みながら喋っているために非常に行儀は悪いのだが、この一言はオスカーにとっては強烈な一撃だった。事実、両親にこういって大学進学の許可を得
たのだった。
「・・・分かったよ。」
「ならば、今日は早く寝なさい。寝坊しても起こさないからな。」
最後の言葉には少し優しさがこもっていたが、父親は険しい顔を崩さなかった。
突然、二階がにぎやかになった。オスカーの母親は掃除をしていたが、あわてて時計を見、ため息をついた。オスカーは面接に寝坊してしまったようだ。
「行ってきます！！」
ドタドタとオスカーが走ってくる。彼は誰が自分を見ているかなどいっさい確認せずに挨拶だけして外に飛び出した。幸い、父親は用事があり外出中のために
オスカーに雷が落ちることはなかった。
「・・・、ここか！！」
自転車をこぎ、信号は全て守らなかった。警察官に見られたかもしれないが、そんなことはどうでもいい。汗だくになりオスカーはＷｈｉｔｅＨｏｍｅ本社に
到着したのだ。入り口の前に、社員用の駐車場があり自転車置き場もある。何台か会社のロゴが入った車と、普通の車が駐車してあった。そして、自転車置き場
にはジェイムスの自転車がちゃんと置かれていた。
「こんにちは・・・。」
髪の毛は乱れ、タオルで汗を拭きながら入ってくるオスカーに対して、受付嬢はにこやかに挨拶をした。
「あの・・・パートの面接に来たのですが・・・、まだ大丈夫ですか？」
バツが悪そうにオスカーが尋ねると、受付嬢は微笑して答えた。
「五分の遅刻ですか・・・。多分、大丈夫でしょう。ここを右へ行ってください。」
オスカーは軽く頭を下げて、そそくさと面接会場へ向かっていった。
少々薄暗い廊下を進んでいくと、「パート面接会場」と書かれた張り紙の扉に入り口があった。扉は閉まっていたが、ガラス窓が付いており、オスカーはこっ
そりと中をのぞいた。全ての面接が終わってしまったのか、男性が二人座って話をしている。そして、自分同様パートの面接に来た人間の姿は全く見えなかっ
た。
「こんにちは・・・。」
汗がひいたので、素早く髪を整えた。そして、できるだけすまなさそうにオスカーは扉を開いた。
「やぁ。いらっしゃい。パートの面接に来たのかね？」
「はい、そうです。」
「よかった。これで三人目だよ。」
面接官と思われる男性二人は、オスカーをうれしそうに見ている。どうやら、遅刻したことについては怒っていないらしい。
「じゃ、さっそく始めようか。」
一人の男性は、長身で痩せておりメガネをかけている。もう一人は、がっちりとした体格で、顔の彫りも深く強面であった。
「我々も時間がないから、手早く行こう。君の名前は？」
メガネをかけた男性が書類を取り出し、オスカーに聞いた。
「オスカー・アマデリスです。」
強面の男性が、封筒の送信相手リストをチェックしている。
「君はこの書類にある全ての条件を受け入れるかい？ 例えば勤務時間や時給を・・・ね。」
そう言って強面の男性が、オスカーに送ったのと全く同じ書類を渡した。
「はい。受け入れます。」
昨日、おとといと何度も読み返し、ほとんどを暗記している。渡された書類も、宛先が書かれていないだけで、全く同じものだ。オスカーはできるだけさわや
かに答えた。
「じゃ、君はどのヒーローを演じたいの？」
強面の男性が、ペンと契約書を差し出した。オスカーはそれを受け取り、先にサインをすべきか相手の質問に答えるべきか考えたが、相手の質問に答えること
にした。
「スパイダーマンです。」
その時、メガネの男性の手が止まった。一瞬、オスカーに不安がよぎる。
「いやぁ、よかった。面接に来たのは三人だが、重複しなくて助かる。」
「全くだ。」
オスカーの心配をよそに、面接官はうれしそうに笑っている。それを見てオスカーはほっとし、契約書にサインをした。
「それでは、服のサイズを合わせますから奥の部屋へどうぞ。」
メガネの男性はまだ書類を書いているが、強面の男性が立ち上がりオスカーを導いた。
「さ、どうぞ。」
オスカーは部屋の中に入った。その瞬間、首筋に強い衝撃が加わり、視界が暗転した。
「おっと。見た目以上に軽いな。」
首筋に一撃を放った張本人の強面の男性は、オスカーを抱えてさらに奥の部屋へと進んでいった。部屋の奥にはさらに扉があり、男性がそれを開けると中には
見たこともない機材が並んでいた。そして、手術をするがごとく白衣を着て、手袋、マスクを身につけた人間が何人も待機していたのだ。
「ん？」
先ほどから自分の体をゆさゆさと揺する人間がいる。そして、その人物は何かを問いかけているようだ。
「起きたか？ オスカー。」
ぼやけていた視界が徐々にはっきりしてくる。目の前には、そばかすがある男の顔があった。ジェイムスのようである。
「しっかりしろよ！ オスカー！！ 俺だ、ジェイムスだよ。」
「ん？ 分かったよ。起きるよ。」
何がなんだか分からないまま、オスカーは起きあがった。彼はベットに寝かされており、隣のベットにジェイムスが座った。しばらくもうろうとしていたが、
急にオスカーは吹き出してしまった。なぜならば、ジェイムスは丸刈りになっていたのだ。
「ジェイムス！ なんだ？ 町で店長に会っても、大丈夫なように変装か？」
「そう言うお前はその格好じゃ町を歩けないぞ。」
ジェイムスの声にオスカーは服装を見た。彼はまさにスパイダーマンの格好をしていたのだ。素顔のままだが、パーカーのようにスパイダーマンの顔の部分も
付いている。
「・・・？」
今になってオスカーは自分がどうしてここにいるのか疑問に思ったらしく、固まった。
「オスカー、パートの面接に来たんだろ？」
「あぁ、そうだ。これで無事にスパイダーマンか。よく見れば、ジェイムスもロボコップだな。」
ジェイムスは傍らにロボコップのヘルメットを置いている。体は完全に金属で覆われていて、ヘルメットをかぶれば本物のロボコップに見えるだろう。
「困ったことに、俺は本物のロボコップらしい・・・。」
ゆっくりと立ち上がったジェイムスは、おもむろにベットの足を握った。手を離すと、そこには彼の手形が付いている。
「・・・まさか？」
オスカーは、ジェイムスの握った部分をつかんだり引っ張ったりしたが、ロボコップのように形を変えることはできなかった。
「お前も、手から糸が出るんじゃないか？」
ジェイムスが冗談半分で言う。
「どうやってだよ？」
「日本のＫａｒａｔｅ見たいに”ハッ”とか言ってみたらどうだ？」
「こうか？ ハァッ！！」
突きだしたオスカーの手から、蜘蛛の糸が霧吹きのようの飛び出した。
「・・・。」
「お目覚めかな？」
面接官の二人が部屋に入ってきた。そして、後ろから数名の軍人が続いた。
「さぁ、ロボコップ Ｒ－００３Ｔは私に着いてこい。」
「分かりました！！」
ジェイムスが元気にそう言った後、自ら困惑している。
「スパイダーマン：オスカーは私に着いてこい。」
オスカーに長身の男性がそう言ったが、彼はジェイムスのように返事をしなかった。
「返事がないな。ならば無理矢理、連れて行くしかないか・・・」
軍人がオスカーを取り囲み、銃を構えた。仮に彼がスパイダーマンのように逃げようとしても、あっという間に蜂巣にされてしまうだろう。
「やめろ！」
ロボコップのジェイムスが、軍人に飛びかかろうとした。鉄パイプを曲げられる力があるのならば、何とかなると思ったのだろう。
「Ｒ－００３Ｔ、その男は軍隊にまかせておけ！！」
メガネをかけた男性の声が響く。その瞬間、ジェイムスの体はそれ以上動かせなくなった。彼の目に仕込まれたモニターには、「長官の命令に逆らってはなら
ない」のメッセージと、長官の証であるバッチの３Ｄ映像が映されていた。ちょうど、メガネをかけた男性の胸元で輝いているものである。
「僕たちをどうするつもりです？」
「おっと、言っていなかったな。」
強面の男性が、懐から一枚の書類を取り出した。
「ロボコップは特殊部隊Ｅ．Ｒ．Ａ．に配属する。バットマンは、各地の軍事施設で電波のモニタリングを、スパイダーマンは特殊素材開発のためにＮＡＳＡ
へ。ジャッチドレットは、ＳＷＡＴへと配属する。」
パートの書類とは全く違う内容であった。
「そんなの聞いていないぞ！！」
ジェイムスは長官の命令のためかだまりうつむいてしまっているので、オスカーが大声で怒鳴った。
「ＷｈｉｔｅＨｏｕｓｅからの命令だ。」
「そんな、まさか！？」
「安心しろ、君たちの両親の生活は我々が保証する。君たちはもう社会の一員、いや我が国の一員として働いてもらうのだからな！！」
強面の男性が笑う。
「しかも、国民のあこがれの的、ヒーローとしてだ。文句はあるまい？」
「二つ、聞いてもいいか？」
これが事実かどうかは別として、二人は非常に不利な状態である。剛力のロボコップ：ジェイムスは長官命令で反抗はできない。スパイダーマン：オスカーは
糸が出せるが超人的な肉体までは持ち合わせていないため、銃には勝てない。もはや彼らに従うしかないだろうと、オスカーはあきらめた。
「どうぞ。」
「僕ら以外にもう一人いたらしいな？」
「あぁ、バットマンならば先ほど近くの軍事施設に連れて行った。今頃、体中にセンサーを差し込まれて、電波モニタリングコンピュータとして働いているだろ
うよ。」
人間を機械として改造することに何のためらいもないメガネの男性に驚きながら、オスカーはもう一つの質問をした。
「どうして、ヒーローの中にスーパーマンがいないんだ？」
「スーパーマンならば特殊部隊としてなんとかなりそうだが、彼らは顔が見えている。これでは、この計画に支障が出てしまう。それに彼は記者だ。暇な時に我
々の計画を報道機関に漏らしかねない・・・。」
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七瀬綾音さんのWaindに寄稿したものです。
管理人はアニラジと声優が大好きです。(念のため)
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