目次 > SSの幼生 の目次 > 消えゆく青年
SSの幼生


| << 前の作品へ | SSの幼生 の目次へ | 次の作品へ >> |



消えゆく青年
 焦げたゴムの臭い・・・
「・・・。」
 立ちつくしている青年。そして、泣き崩れる中年の夫婦。
「・・・。」
 そして、子供の亡骸・・・。
「・・・、・・・。」
 妻の方に手を置き、泣き崩れていた夫が青年をにらみつけた。
「・・・、何か言ったらどうだ?」
 夫は懐から銃を取り出し、それを青年に向けた。
「・・・、すみません。」
 倒れていたバイクを立て直しながら、青年は答えた。
「・・・なぜ・・・なぜ、俺の顔を見て・・・頭を下げて・・・なぜ・・・あやまらない? 罪の意識があるのか?」
 その後、訳の分からない声を上げながら、夫は青年に飛びかかった。青年は抵抗する暇もなく、夫に倒されてしまった。
「・・・殺してやる!!」
 怒りに燃えた夫の言葉に対抗すべく、青年は懐から銃を出し、倒された状態でも抵抗を試みた。夫は銃を恐れずに青年と取っ組み合った。
 バシュッ!!
 飛び出した銃弾は、二人の意志に反して妻に向かって放たれていた。
「そ、そんな・・・。」
 夫は、徐々に光を失いつつある妻の瞳を見て、うつむいた。
 青年は静かにその場所から立ち去ろうとしていた。しかし、その表情は平然としていた。
 銃声を聞いた近所の人間が通報したのか、遠くからサイレンが聞こえてくる。

 青年は取り調べに平然とした態度で応じた。全ての罪を認め、全く警察の意見に反発しなかった。ただし、被害者に対して謝罪の意志が無いことをはっきりと 口にしたことを除いては。制限速度超過約50Km、2人の殺人、ひき逃げと重大な違反と犯罪を犯 したために、終身刑が科せられ、今どこかの刑 務所にいる。

「・・・、すみません。警察のものです。」
「一体、どの様なご用でしょうか?」
 子供を失い、妻も失い、家に引きこもっていた夫の前に現れた警察官は、珍しく私服を着ていた。私服といってもきちっとしたスーツなのだが・・・。しか も、なぜか3人もいた。やせた中年の男が1人と、体格のいい男が2人・・・。
 取りあえず、警察手帳を3人が持っていたので、夫は信頼することにした。
 警察官たちを中に入れて、ソファーに座らせた。自分は反対側のソファーに座り、お茶はどうか、と尋ねた。
 警察官たちはそれを断り、次に意外な言葉を言った。

「あの青年を見逃してもらえないでしょうか?」
「!!」
 あまりにも意外な言葉に夫は絶句した。
「・・・正気ですか? 警察がどうして・・・。」
「すみません・・・。実は我々は警察ではないのです。国立科学技術研究所のものなのです。」
「!?」
 保険会社の経理部に勤めていた夫とは全く関係がない人間だった。
「すみません、警察とでも言わなければお話しすることはできなかったでしょう。」
「そうでしょうな・・・。」
 見るからには紳士的で、自分に危害を加えないと見て夫は平然と答えた。いや、正確には、抵抗しなければ危害を加えそうにないので平静を装っていた。見る からにやせた中年は研究員だろうが、体格のいい2人はボディーガードの様な人間だろう。こんな人間と戦っても結果は見えている。自分もあのやせた中年と同 じようなものだ。
 やせた中年がゆっくりと口を開いた。
「あの青年は、私の施設の研究員でした。彼は以前、核融合の理論を発見しました。そして、その理論を元に作られた装置は見事、核融合を起こし、新しいエネ ルギー開発に成功し たかに思われたのです。しかし・・・」
 しばしの沈黙・・・
「止められないのです・・・。装置のプラズマ炉の内部は今でも陽子と陽子が衝突し、他の原子へ変化していきます。そして、安定した鉄の原子が次々に増えて います。後、1週間で装置は鉄で一杯になるでしょう。」
 また、彼は沈黙した。経理関係の仕事をしていた人間に説明するために言葉を探しているのだろう。
「内部の融合出力を小さくして点火すれば良かったのですが、知っての通り核融合は人類になじみはありません。そのため、点火させるためにかなりのエネル ギーを使い、そのエネルギーはプラズマ炉以外でも核融合をなしうるエネルギーだったのです。つまり1週間後には、装置は鉄であふれて破裂し、装置外でも核 融合が行われてしまいます。核廃棄物が出ることはありませんが、原子力爆弾と同じような高熱と高圧の風が巻き起こ り、それは次第に広がっていきます。」
 夫は信じられないと言う顔をしている。
「やがて、我が国全てを破壊し、地球を包み込むでしょう・・・。」

「・・・冗談はそれくらいにしてくれないか? 仮に真実だとしても、なぜ彼でなければ止められないのだ?」
 夫は大声でどなり3人を追い払いたかった。しかし、2人の体格のいい男が何をするか分からないので、穏やかな言葉を選んだ。
「彼でなくとも止められるでしょう。我が国には彼と同じ、いや彼以上に優秀な人間がいます。ですが、1週間以内に彼の理論を理解し、装置を止められるかど うかは誰も保証できません。」
 少しの間、やせた中年は口を閉ざした。
「核融合炉の理論を完全に把握している彼が作製した書類があるそうです。しかし、その書類は彼が隠してしまいました。三権分立の力は素晴らしい! 司法 は、刑務所に閉じ込めた彼と面会することを、職場の同僚に対してすら許さない。」
「だったら、人を増やして書類を探してはどうですかな?」
「昨日、場所が分かりました。スイスの銀行の貸金庫にあるそうです。しかし、本人以外は開くことはできません。たとえ、CIAでも大統領でも・・・。」
 夫は目を見張った。
「・・・、犯罪者が刑務所の外に出るのは、本人の提出した書類と、精神鑑定をした医師の診断書と、判決を下した裁判官の許可証、そして警察署長の許可証が 必要でしたな・・・。」
 夫の言葉に、体格のいい男の片方が続けた。
「あの青年は裁判の時に精神鑑定を受けました。国の力を使えば警察署長の許可が得られますし、大統領の許可も得られます。被害者大権をご存じですか?」
 夫は絶句した。
 加害者大権とはその法律を略したもので、正確な名前は知らない。だが、被害者が自分の精神鑑定書と、加害者の罪を許すという警察の書類にサインをし、判 決を下した裁判官の許可を得られれば、被害者は罪を免除され、名前を変えて一般社会で生活できるというものだ。
 ただし、被害者大権が成立した1時間以内に、大統領と最高裁判所裁判長が国全土に決定を報告するという決まりがあった。

 罪を許せというのか? 夫はショックのためにしばし放心状態になった気がした。しかし、その時に矛盾点を発見したのだ。
 中年の男は”我が国の”人間のみが、核融合を止めるために努力していると言っていた。
「ちょっと待った! 他の国の技術者に相談はしないのか?」
 中年男は迷うことなく言った。
「できませんよ。我々の国でこの装置を完成させ、完全に権利を拾得し、莫大な収入を得ることが目的なのですから・・・。」
 確かに核融合に成功し、その権利を完全に持っていれば莫大な利益になるだろう。だが、利益のために犯罪者を許すなどと言うことは、彼にできるはずもな かった。しかも、人類を救うという言葉を全く使わなかったのだ!

 「ふざけるな! 帰ってくれ!」

 夫はこう叫びたかった。事実、顔は怒りで真っ赤になったし、中年男性をきっとにらみ返していた。だが、中年男性の両側に座っている2人の男たちから微か な殺気を感じたのだ。
 3対1ではかなわない。下手をしたら、自分は男たちに殴られ、気づけば自分は怪しい施設に放り込まれるかもしれない。
 そこで、無理矢理、サインをさせられ・・・
「すみません。人類を救うためには、被害者大権が必要なことはよく分かりました。ですが、私は最愛の妻と子供を失いました。それでも、あの青年を許せとい うのは・・・。」
「その気持ちはよく分かります。」
 やせた中年は気の毒そうに言った。両側の男たちも同じように、哀れみの表情で彼を見てきた。
「ですから、少し考えさせて頂けませんか?」
「・・・、いきなり押し掛けて、とんでもない話をしてしまったことはよく分かります。あなたもかなりショックだったでしょう。」
 やせた中年は彼に言葉をかけながら、ポケットから名刺を取り出した。
「これが私達の施設の電話番号です。決心が固まったら、ここへ電話してください。・・・なるべく早く。」
「妙な気分は起こさないことですな。」
 体格のよい男の一人が付け加えた。
 夫は無言で3人を送り出した。いや、家から出たかもしれないが他の人間が自分を監視しているかもしれないと思った。

「後1週間か・・・。科学とは人類全てのためにあるものだ。こんな国が独占するべきではない。・・・、早めに気づいて正解だったよ。」
 薄暗い牢屋で青年はつぶやいた。この声を聞いているものはいない。
「世界を守るか、自分の国の懐を守るか・・・。みものだな。だが、調べる手段は待つこと以外にないとはな・・・。」
 牢屋で青年の笑い声が響いた。

 外の様子を見ながら、夫はソファーに座っていた。
「・・・、まさかな。あの青年、自分から罪を増やそうとしていた訳ではあるまいな・・・。逃げるために・・・そして・・・」
 誰に聞かれようともかまわなかったが、国がこれほど恐ろしいものだとは自分でも認めたくなかった。また、彼に利用されているかもしれないということも・・・


 少々本格的なSFものです。
 どうでしたか? 続きを各予定でしたが、いや書くために構想を練っているという ことにしておきます。



| << 前の作品へ | SSの幼生 の目次へ | 次の作品へ >> |


SSの幼生

| 目次へ戻る | ページの上部へ |