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SSの幼生


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最強の男 第五部
 かつて、聖徳太子は様々な改革を行った。彼は、自らを神が化身した人物と称し、様々な人を否応なしに従えたという。今考えれば、神の化身というだけで人 が従うというのが謎ではあるのだが・・・。
 それはよしとして、歴史に残るほどの改革をした人物にはやはり補佐する人物が数名いた。彼らは優れた知力で、ときに太子を導き、ときに太子の考えを補足 した。そして彼らには知力以外にも霊力を持っている物がいたという。太子を補佐した霊力者でもっとも有名なのは阿波山室院(あばやまのむろい)である。彼 の霊力はすさまじく、太子が四国の様子を見たいといった時に、瀬戸内海の水を一時的に引かせ、道を作ったという話がある。
 霊力の優劣は別として他にも、池兵雷算(いけべらざん)、垂水岩涼(たるみわすず)、そして最後に阿我命という神官がいた。太子は仏教を基本に国造り、 政治改革を行ったが、阿臥命は神を信仰する人間である。なぜ彼が神官を補佐に起用したか、全くの謎であるが記録に残っていることから間違いではないよう だ。
 ちなみに、太子を補佐したのは全部で13人。その中で霊力者はたったの4人。当時から霊力者とはまれな人物であったのだろう。


 砂登季は宙界を漂っていた。正確に言えば、過去へ、そして地上へと向かっているのだった。
「・・・、肉体もなく地上界へ落ちるとどうなるのだろうか?」
 死者の過去の行いを見て、天上界もしくは地獄界へ送るという神が聞いていれば答えてくれるかもしれないと砂登季は期待したが、返事はなかった。
「なすようになる、とでもいうのだろうか?」
 困ったことに霊力で軌道修正はできそうにない。死んでいるという自覚があったので、意地でも天上界へ行こうと数分前に努力したが無駄であった。砂登季は ため息をつきながら流れに身を任せていた。

 外見からして今にも壊れそうな家の扉ががたがたと動き、一人の若者が出てきた。若者は再びがたがたいわせながら扉を閉める。
 その音で気づいたのだろうか、農作業をしていた中年男性が若者に声をかけた。
「ほーい、擦盛。おめーさん、刀なんか持ってどこへいくんじゃ?」
「おう、冊さか。俺はこれから足増将軍のとこへ行って、戦に出るんだ。」
「やはりな・・・。」
 ”冊さ”は残念そうにつぶやいたが、顔には出さなかった。
「まぁ、お袋にも親父にも死なれ、兄弟もいねぇんだ。しかも、土地は猫の額のようなもの。畑耕し続けるのではなく、おめぇの剣で道を開くのもいいかも な。」
 擦盛は元気よく答えた。
「おうよ。もし俺が出世したら、この村を日本一長者で溢れる村にしてやるぜ。」
「けっけっけっ、おれたちゃ結局、農民か。まぁいい、長者の農民なら悪くはないな。」
「期待していてくれ。」
「あぁ、風の便りが早く来るといいがな。あと、おめぇさん家はどうすんだい?」
「いいよ、旅人にでも貸してやってくれ。」
 二人の声を聞きつけたのか、”冊さ”の妻も近寄ってきた。
「まぁ気の毒な旅人ですこと。」
 確かに擦盛の家はぼろぼろであった。本人もそう自覚しているらしく、笑っていた。
「それじゃぁ。達者でな。」
「あぁ、おめぇも気ぃつけてな。」
 擦盛は振り向きもせず、峠を目指して歩いていった。それは青く、風が心地いい。

「・・・。」
 擦盛はゆっくりと峠を歩いていた。このような急な上り坂で一生懸命は知っても何の利益にもならない。もともと目的の足増将軍の元へは二日がかりでいく予 定なのだ。そのために擦盛は急ぐともなく、休むともなくひたひたと歩いていた。
 しかし、突然彼は立ち止まり周囲を見渡した。別に疲れたわけではない。
「・・・。」
 彼は誰かに見られているような気配を感じたのだ。確かにこのあたりには山賊がいるという噂がある。
(なに、所詮山賊。俺の腕ならばなんとかなるさ・・・。)
 擦盛は剣の心得が一応あった。これは彼の父親が教えてくれたもので、その父親というのは一時、道場破りとして名をはせたらしい。まぁ、あくまでも父親の 口から出たことで、真実を確かめるすべはなかったのだが。
「・・・。」
 木の裏に人の影が見えたきがした。擦盛は携えていた剣を何気なくさわる。
(そういえば、この剣は父親が死ぬ時まで手放そうとしなかったな・・・。)
 「わしを倒すまではこの剣を握ることはゆるさぬ」、こういって擦盛の父親は擦盛が剣に触れることをかたくなに拒んだ。手入れが行き届いており非常に価値 が高そうだが、何しろ田舎の農村のために価値が分かるものすらいない。それどころか、村の長と擦盛の家にしか武器らしい物はなかった。
「っ!」
 昔を振り返っていた擦盛はいきなり剣を抜きはなち、斬りつけた。きれいな弧を描いた切っ先は、突然飛び出してきた男の小刀に受け止められた。
「なかなかやるじゃぁねぇか・・・。悪いことはいわねぇ・・・、荷物全部置いて家にかえんな。」
 山賊である。擦盛は何も答えずに、二発目を放った。その一撃も山賊の小刀に押さえられている。
(この山賊、強い・・・。)
 擦盛は狼狽したが、射程の長さをいかせば何とかなると思った。
 しかし、擦盛の背後から急に殺気が漂い、彼は体に強い衝撃を感じた。一瞬にして視界がぼやけ、擦盛はその場に崩れ落ちた。
「腕の立つにいちゃんだが、相手の攻撃の隙をねらって後ろから殴られりゃぁ・・・勝てないわな。」
 山賊は手際よく彼の持ち物を調べ始めた。いくらかの金や食料、そして護身用の小刀などが出てきた。
「ははぁ・・・。どこかの将軍が侍を集めていたな・・・。」
 3人目の山賊が森から飛び出してきた。
「おい、やったか?」
「あぁ、ばっちりよ。」
 この3人目は、山道に入ってからずっと擦盛を監視していたようだ。
「さて、とるものとったし、次を探すか・・・。」

 山賊が擦盛から立ち去ろうとした時、突然のつむじ風が起こった。三人の視線が倒れたままの擦盛に注目する。
「・・・? ただの風か?」
「あぁ、俺の一撃を食らえば一刻ほどは起きあがれんよ。」
 そういった山賊の言葉とは逆に、擦盛はゆっくりと立ち上がった。しばし周囲を見渡したり、指を動かして体の感触を確かめたりしている。
「・・・。」
 擦盛が山賊達に気づいた。
「・・・、おもしれぇ。いくぞっ!!」
 擦盛を気絶させた山賊の声で、全員が擦盛に飛びかかった。山賊達が擦盛に肉薄した瞬間、彼の姿が消えた。山賊達は勢い余ってつんのめり、周囲を見渡した が、いない。
「・・・。いきなり攻めかかるとはどのような了見だ!?」
 こんな質問をしているのに、擦盛が空中から降りてきて山賊の一人に強烈な一撃を放った。擦盛の手刀は山賊の方に食い込み、体と腕を切り離した。
「ひぃぃぃっ!!」
 信じられない光景に驚きながらも、残り二人の山賊は擦盛に斬りかかった。相手が刀を持っていないために、事実一合も交えることはできないのだが、彼らは 文字通り一合も交えずに絶命した。一人は斬りかかった腕を捕まれ、引っ張られた。その山賊は鎖骨が破壊され、片方の腕が異常なまでに伸び、反対のそれは異 常なまでに縮んでいる。もう一人の山賊が手刀をこめかみに受け、顔が二つに割れている。
「・・・。いったいなぜ私を襲ったのだ?」
 絶命した山賊たちは一言も答えなかった。擦盛は山賊の服で血をふき、奪われた剣を手にした。
「この男の名前は・・・擦盛・・・か。どうやら、この男達におそわれて、気絶したらしいな。」
 擦盛は改めて周囲を見渡した。
「この擦盛という男、この先に何かしらの用事があって歩いていたようだが・・・。そこへ行ってみるのもいいかもしれないな。」
 擦盛はふっとつい数分前のことを思い起こしていた。

 砂登季は勢いよく地上へ落ちていった。霊体のままで地上界に存在できないような”気”がして、砂登季は周囲を見渡していた。どんどん地上との距離が近く なり砂登季の不安も高まった。そこに、倒れていた擦盛の体が目に入った。擦盛の体からはゆっくりと本人の霊体のようなものがでてきており、入れ替わりに砂 登季は擦盛の肉体に入り込んだのだ。
 擦盛の体に乗り移った瞬間、視界が暗転した。徐々に肉体を持っているというような感覚が伝わってきたので、砂登季は起きあがった。はじめは何が起きたの か分からなかったが、自分の意志で指が自由に動かせることから、死体(擦盛)の中に入り込むことに成功したことだけは分かった。周囲を見渡すと、恨めしそ うに空へと上っていく擦盛の霊体と呆然とした顔の山賊達がいた。そして、山賊達はいきなり擦盛(砂登季)へ斬りかかってきたのであった。

「・・・、まだ本調子ではないなぁ・・・。」
 砂登季は小石を拾って握りつぶした。石は粉々に砕けたが、砂登季は不満そうである。次に彼は風を巻き起こし、周囲の木々を揺らした。それでも小首をかし げ不満そうである。
「やはり他人の体では無理もないのか・・・。」
 突然霊力を使ったためか、にわかに疲れを感じ砂登季は近くの切り株に腰掛けた。
「・・・、なるほど。」
 しかし、砂登季は身も心も休憩をとることなく擦盛の肉体に刻まれた記憶を調べた。これによりこの時代のことも、擦盛の生い立ちもだいたい分かってきた。
「・・・。この剣は彼の父親が大切にしていたようだが・・・。」
 使えそうだからと山賊から奪った擦盛の達を砂登季は抜いてまじまじと見つめた。どこを見れば剣の善し悪しが分かるのか彼は知らなかったので、砂登季は擦 盛の顔を見ているだけであった。
「この男、このような顔であったか・・・。」

 しばらく砂登季は休んでいたが、すくと立ち上がった。そして、擦盛が目指していた方向へと歩き出した。
(間違いなく自分は過去へと進んでいる。たまにはこの時代をゆっくりと見ることもいいだろう。それに、侍を集めている足増将軍という人物も気になる。)
 そんなことを考えながら、砂登季は飛ぼうとしたが、肉体が違うためか飛べない。数秒間宙に浮く程度で、すぐに着地してしまう。
「まいったな。もっと霊力に長けた人間に乗り移るべきだったのか?」
 砂登季はため息をついて歩いていった。
(さて、自分は擦盛と名乗るべきか、砂登季と名乗るべきか・・・。この時代に擦盛の知り合いは必ずいるだろうから、はやり擦盛と名乗るしかないのだろう か・・・?)
 ぼんやりと歩いていると、山の頂上にたどり着いたらしい。周りは開けており、遠くまで見渡せる。下には街がみえ、さらに遠くには城らしきものが見えてい る。
「ん?」
 ずっと遠くに見える山並みが、砂登季には見覚えがあった。そこは以前訪れた墓地があった場所に似ていた。彼は遠い未来にそこで暴力団の若者を数名殺し、 警官で追われていたのだ。
「まぁいい。街へ行くか・・・。」
 砂登季はゆっくりと山道を下り始めていた。すこし空が赤くなっている。
「急がなくては、日が暮れてしまう。」
 砂登季は霊力が十分に使えない状態で野宿をするのは危険だと判断した。寝ている間に先ほどのような山賊に襲われては、何も気づかずに殺される危険が高い のだ。
 軽く小走りをしつつ砂登季は山を下っていった。いくら進んでも街へはいっこうに近づく気配がない。
「困ったな・・・。」
 砂登季が目を細めた時に、ふっと擦盛の記憶が浮かび上がった。
 擦盛がまだ幼い時である。父親は農作業を終え、食事をとりながら擦盛に話しかけている。その傍らには擦盛の母親が座っている。
「俺が江戸・・・、まぁずいぶんと東に位置するところからこっちへ戻ってくる時だ。」
 擦盛の父親は懐かしそうに話している。
「ということは、私があなたと出会う前ね。」
「あぁ、そうだ。江戸の道場をいくつかひねりつぶして後でな、まぁその帰りだ。」
 父親は漬け物に箸をのばす。
「街道を歩いていたが、出発した時間が遅くてな・・・。とうとう宿場に着かず、野宿をする羽目になったんだよ。」
「野宿?」
 幼いころの擦盛が聞く。
「野宿というのは、夜外で寝ることよ。」
 母親が擦盛に教える。
「そうだ。俺は森の中で、雨風が防げそうな岩場を見つけてな、そこで火をたいて一夜を過ごしたんだ。」
「ふーん。」
 擦盛にはいまいち理解できないらしい。
「あなた、その時山賊に襲われたりしなかった?」
 母親が心配そうに聞く。
「あほう、襲われてりゃ今のおまえと世帯を持っちゃいないさ。」
「あら、ごめんなさい。」
「まぁ、幸い山賊にも獣にも襲われなかった。とりあえず、周囲に小枝を仕込み、火が麻まで消えないようにしていたな。・・・、あまり眠れなかった。」
 父親は懐かしそうに言う。
「おとう、どうして小枝を仕込んだの?」
「擦盛・・・お前にはまだ分からないかもしれないが、小枝を踏むとパキッと音がするだろ?」
「うん・・・。」
 森へ行き、枯れ木を拾った時のことを擦盛は思い返した。
「だから、変なやつが近づいてくるのが、その音で分かるのさ。」
「へぇ・・・。」

 気が付けば日がとっぷりと暮れてしまっている。砂登季はあきらめて雨風が防げそうな場所を探すことにした。
「この洞穴なら・・・。」
 中が暗くてよく見えないので、砂登季は手から光を放った。洞穴はまっすぐ続いており、誰もいないようだ。
「次に、火か・・・。」
 火をおこす準備をしている擦盛の記憶をたどりながら、砂登季は枯れ木と落ち葉を集めた。しかし、肝心な火種が無い。
「・・・。」
 枯れ木と落ち葉を集めたところで、砂登季の動きは止まった。擦盛の記憶では、その後父親が火種を持ってきている。その火はいったい、どこから来たの か・・・?
「まぁいい。」
 砂登季は自分の知っている唯一の火をおこす方法で、落ち葉に火をつけた。霊力である。
(まさか、この擦盛とやらの父は霊力者か?)
 そんなことを考えつつ、砂登季はめらめらと燃えている火を見つめていた。
「・・・。」
 はじめの火の勢いが強すぎたためか、集めた枯れ木の大半が灰になっている。砂登季は暖をとる暇もなく外へ飛び出した。
 あたりは暗くよく見えないが、砂登季は手から光を発しながら、枯れ木を探した。
「・・・。運べるかな?」
 砂登季の目には、一本の巨大な倒木が見えていた。幹が太く、両手では抱えきれないほどの大きさである。そして、まだしっかりと枝が付いており、このまま では洞穴には入らない。
 しかし無いよりはマシであるし、暗闇をこれ以上さまようのも面倒くさい。砂登季は手刀で倒木を切り、霊力で浮かせながら洞窟へ戻っていった。
「まだまだ、本調子では無いなぁ。自由に動かせない・・・。」
 世に言うジャグリングのごとく丸太や枝が彼の周りを回っている。非常に複雑な軌道をとっており、並の霊力者が見れば驚いて固まってしまうだろう。しか し、かつて地獄の鬼や妖魔を倒した砂登季には不満であるらしい。
「ふぅ・・・。」
 砂登季は洞穴に戻って丸太を細かいく割り、枝と一緒に火にくべた。自然ため息が出てきた。どういうわけか地上に戻って以来、次々と困難が襲いかかる。
 火をぼんやりと見ているうちに、砂登季は次第にうとうとしてきた。そして、いつの間にか眠っていた。彼がま枝を仕込む前に・・・。

「・・・? 朝か・・・。」
 入り口から差し込んでくる朝日と、赤く輝く炭を見ながら砂登季は目を覚ました。幸い、寝込みを襲われることは無かった。
 とりあえず残っていた薪を炭の中につっこみ、砂登季は外へ出た。
「ふぅ・・・。今日はさっさと街へ行くとするか。」
 そういってあたりを見渡そうとした時、ガサガサという音がした。後ろを振り向くと、一匹の熊がいた。
「・・・!?」
 熊は突然現れた砂登季に驚き、キッとにらみつけた。明らかに攻撃しようとしている。
「・・・、やるか?」
 殺気を感じた砂登季も、攻撃態勢に入った。彼の声に挑発されたとは考えられないが、熊はほえながら立ち上がると、砂登季に襲いかかってきた。
「とうっ!」
 熊の腕の中に潜り込み、砂登季の拳は相手に腹に食い込んだ。そして、その衝撃に耐えきれず、熊の体は宙に浮き、木の幹にぶつかった。
「・・・。死んだかな?」
 熊はぐったりしたまま動こうとしない。砂登季は警戒する素振りも見せず、熊に近づき彼の口近くに耳を近づけた。
 熊は息をしていない。
「うーむ、擦盛とやらはなかなかの知恵者なのかもしれぬ。」
 昨晩、眠っている間に砂登季は様々な擦盛の記憶を読みとっていた。この時代の農民の地位や、身分による上下関係。父親の道場破りの自慢話や、生きるため の様々なすべを知った。それは、かつて沖東山や仁海、癒薙命から教わったこととは全く違う内容であった。
 まぁ、正確に言えば砂登季が知らなすぎなだけだが・・・。
「ほぉ、皮をはいで焼くのか・・・。」
 しばらく見つめている間に、砂登季は擦盛の記憶を引き出していた。砂登季は洞穴に戻り、小刀を持ってきた。擦盛が昔見た、父親が動物をさばく場面を参考 に熊の皮をはいでいった。初めてのために、擦盛がみた肉片と比べかなりいびつなものしかできなかったが、何とか食べられそうな物になった。
「たまにはいいだろう・・・。」
 砂登季、本作で初めての食事である。
「・・・、くさいな。」
 焼けた熊の肉を食べながら、砂登季はつぶやいた。そんなことを言いながら、砂登季は自分の過去を振り返ろうとした。
 しかし、あの街角で若者とすれ違い肩が当たった時より以前の記憶が全く出てこない。いくら真剣に考えても全く出てこないのだ。間違いなく、記憶している 範囲では初めての食事である。
「・・・、いくら霊力を高めても思い出せそうにないな・・・。」
 これ以上、自分の過去を思い出すのをあきらめて砂登季は立ち上がった。荷物を肩にかけ、剣を腰に差して彼は洞穴を出た。そして、遠くに見える街へと歩い ていった。

 ひげをぼうぼうに伸ばした男が門を叩いた。その音に気づき、こぎれいな着物を着た侍が首を出す。
「足増将軍様の招集を受けてここへ来た。」
 腰に下げた刀を指さしながら、みなりの悪い男は言う。
「うむ。とりあえず奥へ。」
 背が低く、気が弱そうに見えた侍は、口だけはしっかりしていた。
「何をするんだ?」
「名簿をつける。それからお前の剣術の技量を調べ、どこへ配置するか決めるのだ。」
「ははぁ・・・俺の腕を疑っているな? まぁ、技量を調べる時に死人が出ないように強いやつを用意するんだな。」
 みなりの悪い男は笑いながら門をくぐった。
「ところで戦はいつだ?」
「何を言う。戦のために侍を集めているのではない!!」
「つまんねぇ・・・。奥へ行けばいいだな?」
 侍がうなづくと、男はがに股で奥へと歩いていった。
「ふぅ・・・。確かに農民を集めるよりも実力のある人間はそろうが・・・、統率するのは難しそうだ。」
 みなりの悪い男は気づかなかったが、門にはもう一人侍が待機していたようだ。彼は男を案内した侍に近づき、こうぼやいた。
「全く。あんなやつばかりじゃ、後何年かかるやら。」
「まぁいい、技量を調べる時に徹底的にあの曲がった根性を鍛え直すさ。奴らが純真な子どものように将軍に従うくらいに・・・。」
 侍は不適に笑いながら、わずかに刀を抜いた。
 この城こそ、擦盛が目指していた場所のようである。

 太陽が真上に登ったころ、砂登季は街へ着いた。彼は町並みを眺めながら、そして持っている剣のつばをなでながら歩いていた。道沿いに店が建ち、入り口で 店員が通行人に呼びかけている。
「お侍さん、一杯どうですか?」
 一人の店員がにこやかに話しかけてきた。隣に立てられた旗を見る限り、軽食屋である。
「すまんな、急いでいるので。」
 擦盛は街に出た回数は少なかったが、その時の様子はしっかりと記憶には残っていた。擦盛は彼の父親と何度か街へ出ており、その時の父親の態度を砂登季は まねた。
「そうですか・・・。」
 砂登季はそれ以上何も言わずに進んでいった。

「む・・・。」
 砂登季は探していた物を見つけた。人々の往来がひときわ多い道の端に大きな看板が立てられている。
「腕に覚えのある者は足増将軍の屋敷へ来るべし。なんじの技量を見極め、それ相応の実力があるならば職を与える。」
 砂登季はその看板を読むために立ち止まった。通行人が彼を指さしながら、何事かを話しているのが気配で分かった。
「・・・。」
 砂登季と数歩ほど距離を置いて、何者かが看板を見ている気配がした。砂登季はくるりと振り向き、その人物をちらっと見た。街に入った時に、露天で三度笠 を小さくしたような帽子を買ったために、相手にこちらの顔は見えない。
 看板を見ていたのは、擦盛よりもさらに若い青年であった。年の頃、16前後といった所。青年は刀を腰につけ、左手で杖を握っていた。普通の人間には分か らないだろうが、砂登季は仕込み杖であることがすぐに分かった。また、彼が背負っている筒の中には小さく収納できる弓が入っているのも見抜いていた。
「・・・?」
 青年は砂登季の視線に気づいて、狼狽したが、すぐに侍らしくきりっとした目になり、砂登季に話しかけた。
「そなたも、足増将軍様の所へ参るのか?」
「うむ。」
 こういう場面での会話も、擦盛の父親をまねている。
「なるほど。拙者よりも強そうだ。敵でなくて幸いだ・・・。」
「いやいや、そなたのほうがわしよりも強いだろう。ところで、そなたの名前は?」
 まだ二十五といった擦盛が”わし”というのはおかしいが、砂登季は気づいていない。また、青年も砂登季の迫力に押されてそのようなことを気にする余裕が ない。
「これは失礼。それがしの名前は沖東山清烏(おきとやま せいう)。そなたは?」
「わしの名前は擦盛(なすも)。武術に長けた師匠の手ほどきを受け、山を二つほど越したところにある村で畑を耕しつつ、子ども達に学問を教えたりしていた のだ。そのため、名字というものはない。」
 砂登季が身分の差をさらけだしたのだが、沖東山は砂登季の迫力に飲まれてしまっている。そのために、名字を持たない擦盛を見下すような目をすることはな かった。
 一方の砂登季も以前であった沖東山との出来事を思い出し、やや落ち着きが無くなっている。しかし、年の差も考えて砂登季はそれを表情に出さぬようにつと めた。
「なるほど・・・。まぁ、ここで立っていても意味がない。さっそく参ろうか。」
 沖東山はやっと口を開き、砂登季よりも先に歩き出した。
「うむ。そうしようか。」
 砂登季はつつっと沖東山の横へ歩み寄った。

「そなた、どこの生まれか?」
「拙者は、この近くの武家屋敷で生まれた。五人兄弟の四番目でな、家も豊かではないが、拙者が毎日街へ出歩いていても、両親はそれをたしなめようとしな い。」
「要するに、大切にされていなかった、と?」
「そんなところだ。そんなある日、この看板を見てな。一旗揚げようと、父親に相談したら、それ以上何も聞かれずに許可をもらったのだ。」
「ほぉ・・・。よかったと言うべきなのかもな。」
 沖東山は不思議な顔をした。
「なぜだ?」
「いくら無関心とて、父親だ。本当に関心が無いことはなかろう。おぬしが立派な侍となれば、お父上もお喜びになるに違いない。」
「そうだといいのだが・・・。」
 砂登季はなにかまずいことを言っただろうかと不安になった。
「ところで、そなたどのような武術を?」
「うむ、剣術と弓道だ。自慢することではないが、拙者は兄弟の中では武術にて負けたことはない。」
「それはたのもしいな。」
 沖東山もだいぶ砂登季になじんできたようだ。
「そなたは?」
「拙者は、師匠から手ほどきを受けたが、師匠が病で倒れるまで一度も勝てなかった。まぁ、門下生の中では上の中といった実力だな。」
 門下生などいるわけがないが、砂登季はこういった。沖東山は擦盛のことを全く知らないようだし、父親を師匠と考えればつじつまはあう。また、擦盛は父親 が倒れるまで一度も勝つことは無かったし、擦盛の実力は村で父親に次いで二番目だった。これはただ、他に剣を扱うものがいなかっただけである。
 また、擦盛の父親は村でも数少ない文字が読める人間であった。このために、子ども達に文字を教えていたと言っても嘘にはならないであろう。
「・・・。」
 擦盛の目が話しながらギラリと光ったために、沖東山はそれ以上話すことができなかった。沖東山には擦盛の目は”これ以上、聞くな”という警告と思えたの だろう。結局、会話がとぎれたまま足増将軍の屋敷へ着いてしまった。

「ここがそうか?」
「まぁ、大丈夫だろう。他の家と比べて明らかに大きいしな。」
 そう言って沖東山は門をたたいた。
「もし?」
「はい、どちらさまですか?」
 一度叩いただけで、門が開き、侍が出てきた。
「足増将軍様の招集を受けここへ来ました。」
「なるほど・・・。どうぞ、入ってください。」
 砂登季と沖東山は門をくぐった。
「どうぞ、奥で名簿に名前を書いてください。」
「分かりました。」
 礼をしながら、沖東山は奥へ進んでいった。門番をしている侍達も、普通のみなりの侍が現れたために応対が丁寧である。
「む?」
 沖東山が礼をしている時に、砂登季は振り向いた。笠でほとんど隠れた彼の目は、門にへばりつくように立っている一人の侍の姿を見つけた。
「どうぞ、奥へ。」
 砂登季の迫力に少々狼狽しながら、侍が声をかける。門のそばに立っている侍は一言もしゃべらず、じっとしている。
「これは失礼。」
 もう一度、門のそばの侍を見つめた後に、砂登季は沖東山の後を追った。
 擦盛の背中が小さくなった頃、門のそばの侍が応対をした侍の方へ歩いてきた。
「あの笠の侍、ただ者ではないぞ・・・。いままで、二十数名の侍がこの門をくぐったが、拙者の姿に気づいたものはいなかった。」
「確かに。おぬし、得意の呪術で気配を消していたはずではないのか?」
 門のそばにいた侍は一瞬、むっとした。
「呪術とは聞こえが悪い。拙者の霊力で姿を消していたのだ。それを見破るとは・・・、どこでどのような修行をしていたのか・・・。」
 霊気の漏れを砂登季は完全に防いでいたために、侍は彼が霊力者だということには気づいていないようだ。
「まぁいい、全部で三十人になったら、試験だったな?」
「ああ、そうだ。しかし、あの笠の侍の相手は遠慮したいな・・・。」
「ふふふふふ、そうかもしれぬな。」

 それから数日間、朝晩の食事が出て、終日自由に過ごせる日々が続いた。砂登季と沖東山は同じ部屋に押し込められた数名の侍と親しくなっていった。
「擦盛、少し剣術の稽古でもせぬか?」
「おぉ、そいつはいいや。」
 沖東山は砂登季を誘うつもりであったが、それに答えたのは利久道(りくどう)という侍であった。あのひげぼうぼうの侍である。明るく、竹を割ったような 正確で、見た目ほど悪い人物ではない。
「おい、皆も庭に出て稽古をせぬか? こんな狭いところに押し込められていては体がなまってしまうぞ。」
 利久道の声で、同じ部屋で庭を眺めていた残りの侍もめいめい剣に手を伸ばした。
「擦盛殿、おぬしも・・・。」
 まさに鬼の形相で擦盛の過去を調べていた砂登季に、利久道がそっと声をかけた。いくら人見知りがない利久道でもあの迫力は苦手らしい。
「おっと、これは失礼。」
 砂登季もあわてて武器に手を伸ばした。

「しかし、こんなところで斬り合いをしても仕方がない。たしかそこに木刀があったろう? そいつで稽古をやろうじゃないか。」
 利久道と同じように明るい性格と、新御巻(あらみまき)がいう。
「確かにそうだな。ここで斬り合ったらけが人が出たら大変だ。」
 誰とはなしにそのような声が聞こえる。
「よし、では始めようか。審判が勝敗を決めるからそこで両者止まらないとな。」
 そんなことを言い合いながら、組み分けが決まり、砂登季は一戦目に耕宇という侍と対決することになった。年のほど二十代後半の耕宇は無口で、剣術の腕も 確かなように見受けられる。
「では、両者向き合って・・・。」
 利久道がうれしそうに声をかける。その声で、耕宇は刀を握りなおした。砂登季は片手で持ったままである。
「・・・、はじめ!」
 その声でも両者は動かずにらみ合ったままである。ところが数秒後、体を上下させずに耕宇が砂登季に歩み寄ってきた。
 そして両者の刀が射程内に入った瞬間、耕宇の腕が素早く動いた。しかし、その動きは砂登季に完全に読まれてしまっていた。耕宇の木刀は砂登季にうまくか わされ、逆に砂登季に攻撃の機会を与えてしまった。
 砂登季の放った一撃は、完全に回避不能な状態で耕宇の腹めがけて走り、あと数センチと言うところでぴたりと止まった。
「・・・! 両者、それまで。」
 あまりにあっさりと、そして完璧に勝負を決められ、耕宇は唖然としている。そして、利久道もあまりにも鮮やかな攻撃のために、声を上げるのがやっとで あった。

「へっへっへっ、擦盛殿、なかなかやりますな。しかし、俺とやってそううまくいきますかな・・・。」
 こう利久道が言う。まだ落ち着きを取り戻せず声は紅葉しているが、表情でそれを隠そうとしている。
「いやいや、全く見事な剣技でしたよ。」
 木刀の刃を手のひらで叩きながら、耕宇も口を開いた。
「それでは、擦盛殿、利久道殿・・・。」
 この耕宇の声で、利久道が砂登季の前にたった。彼も耕宇同様、両手で刀を構えている。砂登季は相変わらず、片手で構え、相手をにらみつけるだけだ。
「はじめ!!」
 耕宇のこの声は、すぐに利久道のかけ声にかき消された。利久道は、「ええいっ」、「やあっ」などと威勢のいい声を発しながら砂登季に斬りかかってくる。 どの攻撃もかなりの威力があるのだが、全てを砂登季は受け止めている。
 いくら斬りつけても、いっこうに動じない砂登季の姿に、利久道はさすがに焦りを感じていた。それもそのはずである。砂登季は利久道の刀を受け止める時 に、全く苦しそうな顔をしないのだ。
「とうっ、これでもかっ!!」
 次から次へと猛烈に斬りかかっているのだが、砂登季は何ともないといった表情で受け止めている。
「擦盛殿、どうした? 斬りかからぬのか?」
 このままでは不利と感じたのか、利久道がそう言ってきた。
 その声に砂登季の眉がわずかに動く。
「とうっ!」
 上段から振り下ろされた利久道の木刀は、砂登季が構えた木刀と衝突するはずであった。しかし、どういうわけか、それは砂登季の木刀を滑り落ち、今や砂登 季の腰のあたりまで振り下ろされている。この意外な状況に利久道の体勢も今にも倒れそうな状態である。
 その姿を見ている砂登季の目が不気味に光り、彼の木刀の先端が空へ向かっている。
「うぐっ!」
 ぽこっと音がして、利久道は地面に倒れた。砂登季は利久道を思い切り斬りつけることはなく、子どもをたしなめるかのように、軽く頭を討っただけであっ た。
「・・・、両者そこまで。」
 唖然とした顔をした、耕宇の声が響く。
「・・・、擦盛殿、やはりあんたはつえぇよ・・・。」
 土を払いながら、利久道が笑っている。

 砂登季は無言で沖東山のいる組を見た。
 沖東山は、長身で無口な頼波(よりなみ)という侍と戦っている。どちらも一歩も引かないかなりいい勝負である。
「これこれ、擦盛殿。審判をしてくれぬか?」
 利久道の声で我に返った砂登季は、向き合っている利久道と耕宇二人の姿を見た。
「おっと、これは失礼。」
「それでは、両者・・・はじめ!」
 利久道は大声を発しながら、耕宇は無言で斬りかかった。剛という言葉がよく似合う利久道の剣技、軟という言葉がよく似合う耕宇のそれとの全く対照的な斬 り合いが始まった。両者の木刀は今にも折れそうな音をたてながらぶつかっている。
「うりゃぁ!」
「むっ!」
 利久道の一撃に、耕宇の体勢が崩れた。耕宇の顔に焦りの表情が浮かんだ瞬間、利久道は何倍にも体がふくらんだように見えた。
「とうっ!」
 耕宇の木刀は地面に突き立てることで立っていることができたが、それにより利久道のさらなる一撃を防ぐことはできなかった。とはいえ、利久道の一撃は耕 宇の肩の前でぴたりと止まっていたのだが。
「両者、そこまで。」
 砂登季はそう言って、再び沖東山の試合に目を移した。二人の戦いは未だに平行線をたどり、そう簡単に終わりそうもない。
「擦盛殿は、沖東山殿の試合が気になるようであるな。」
 汗を拭き拭き、耕宇が声をかけてきた。
「まぁ、街で偶然会い、ここへ来たからな。しかし、両者なかなかの試合をしていおるぞ。」
「確かに・・・。これではどちらが勝つか分からぬな。」
「賭けるか?」
 利久道が冗談ともにつかぬことを言ってきた。
「うーむ、確かにおもしろいかもしれぬが、金がないので勘弁してくれ。」
 耕宇が苦笑いしながら言う。一方、砂登季は全く答えない。

「おうおう、あの二人まだ斬り合っていたか・・・。」
 ずっと沖東山と頼波の試合を見ていた三人に、新御巻らが近づいてきた。
「そうだ。いい試合だぞ、全くどちらが勝つか分からぬ。」
 利久道と新御巻とが話している。

「はっ!」
「うむっ!」
 沖東山と頼波の木刀が衝突した。次の瞬間、沖東山の木刀がふわりと浮き、上段から振り下ろされた。しかし、頼波はくるりと回転しそれをよけた。頼波の体 が沖東山と向かい合った瞬間、頼波の木刀が沖東山の体に触れた。
「そこまで!!」
 若干、放心したように審判が言う。
「おい、二人を激励せぬか?」
 新御巻が皆に声をかけた。
「おう。」
 誰とはなしに、返事が聞こえ、稽古をしていた全ての侍が、沖東山と頼波を囲んだ。
「見事な試合であったぞ。いやぁ、すばらしい!!」
「まったく、見ているこちらもどれほどはらはらさせられたか・・・。」
 次から次へと賞賛の声が響いている。この激励ためか、それとも単なる稽古のためか、二人とも悪い顔をすることはなく、握手をして頷き合っている。
「上段に構えたら、一歩引き、相手の動きに合わせてから、はらう方が効果的だぞ・・・。」
 沖東山の後ろから擦盛の声が流れてきた。沖東山は一瞬、どきりとしたが笑顔を崩すことはなかった。
 しばらく侍達は騒いでいたが、疲れたためにぽつりぽつりと部屋へと戻り始めた。侍達の群れの中から、沖東山は擦盛の姿を探し、彼に近づいた。
「見てくれたのですか?」
「うむ、いい試合であった。」
 まだ熱っぽい沖東山とは反対に、砂登季はあくまでも平然としている。
「ところで先ほどの指摘は?」
「おぉ、聞こえておったか。わしがつぶやいた声が・・・。」
 声では驚いているのだが、顔には全く変化がない。
「まぁ、ただの指摘だ。気にしなくとも良い。しかし・・・足増将軍様はいつまで我々を部屋に押し込めておくのだろうか?」
 砂登季はまるで独り言のように答えている。
「擦盛殿、いつまでか知りたいか?」
 どこからともなく利久道が近づいてきた。
「利久道殿、知っているのか?」
 沖東山がうれしそうに聞き返す。砂登季は全く関心のなさそうなそぶりをしている。事実、砂登季はそんなことよりも他人の体に乗り移ったために自分の実力 が発揮できないことの方が問題であったのだ。
「まぁ、正確なことは言えぬがな。」
 利久道は頭をかきながら続ける。
「俺がここの門をくぐった時に、門番をしていた侍が”お前の技量を調べて”それに応じて職を与えるかどうか決めると言っていたぞ。」
 その言葉で砂登季が利久道の顔を見る。
「技量を調べて・・・か。それがいつか分かればいいのだがな・・・。」
「あいにく、それがいつかは分からねぇんだ。」
 利久道が頭をかく。
「でも、変ですね。警備のための侍を集めているのでしょう? 侍が来たらそのつど技量を調べればよいのに・・・。」
 沖東山が言う。
「へっへっへっ、沖東山殿。張り紙を真正面から読んではならぬ時もあるのだがなぁ。」
「と・・・言うと?」
 利久道はまわりをちらとうかがい、自分たちの会話を聞いている第三者いないことを確認してから、小声で話した。
「どうやらなぁ、侍を集めて戦をするようだ。この近くに妙求寺という寺院があるだろう?」
 にわかに利久道の態度が変化したためか、沖東山も相づちはうなずくだけである。
「あの寺院、朝廷とつながっておってな、常に幕府と敵対しておることは知っているだろう?」
「要するに、現状の幕府が日本国を支配する体制を守るために、そしてあの寺院をつぶし反乱の危険因子を消すために侍を集めていると?」
 擦盛が平然とした口調で横やりを入れた。
「さすが擦盛殿、ご明察。まさにその通りなのだ。だが、問題なのはそこにある。」
「今の幕府の力は決して不動のものではない。この現状を察して、全国の侍は幕府派と、朝廷派に分裂しているからな・・・。沖東山殿と頼波殿の試合のよう に、将来どちらが勝つかはいっこうに分からぬために、全国の侍や将軍達は様子を見ている状況だ。」
「・・・、砂登季殿、よくもそのようなことを堂々と・・・。」
 足増将軍は、現在の幕府の頂点に立つ源一族がもっとも信頼している人物の一人である。そのような将軍のいる屋敷の中で”幕府は不動ではない”などとは口 が裂けても言えるものではないのだ。
「朝廷の周辺を支えている寺院、神社の中でも五本の指に入る僧兵を持つ妙求寺と、もっとも信頼されている足増将軍の部隊が衝突してどちらが勝つのかは、将 来朝廷が勝つか、幕府が勝つかを表しているともいえるからな。」
 砂登季はそこまで言って不気味な笑みを浮かべた。その不気味さで利久道は脂汗をぬぐう手が止まり、沖東山は真っ青になっている。
「まさか・・・そこまでとは。拙者はてっきり、警備の侍を集めているのだとばかり・・・。」
 沖東山は砂登季の知力に唖然としたままだ。
(擦盛とやらはかなりの知識を持っているようだ。利久道殿の話から、この男が蓄えていた知識の真偽が分かったな。)
 砂登季は未だに笑みを崩さず、こんなことを考えていたのだった。
「まぁ、そういうことだ。技量を調べるというのは、どの部隊のどこへ回すかを調べることだろうな。」
 最後にこう利久道が締めくくった。
「あの・・・他の方々はこのことを?」
「あぁ、おおかたは知っているだろう。みんな、一旗揚げようと考えているだろうな。」
 利久道が腕を組みながら、部屋に入った。
「そういえば・・・天坂大社も妙求寺の近くにあるようだが・・・。」
 砂登季は、未だに何か話し込んでいる利久道と沖東山からすっと離れ、部屋の隅に座った。近くにはずっと持っていた、擦盛の父親の剣が立てかけられてい る。
 砂登季はまるで壁を背もたれにして眠っているようなふりをしていた。実際には、霊体をとばし、天坂大社を探そうとしているのだ。

 砂登季の霊体は屋敷をぬけて、将来墓地ができると思われる場所を目指していた。近づくにつれ、予想は確信へと変わっていく。山の中腹にある、猫の額のよ うな平地はまさに墓地になる場所であり、別の場所にある広い平地は、アメリカ大統領が演説をしている施設ができる場所である。そして、山の頂上の荒れ果て た岩場で彼はヘリコプターを撃墜している。
 砂登季は山の頂上に立ち、下を見下ろした。下の方に、寺院が建てられている。かなり、広く標高が高い位置にある建物ほど豪華に見えた。
(まるで、仁海殿と出会ったところのようだ。)
 そんなことを考えながら、砂登季は神社がないか探してみた。寺よりもさらに下の方は平地であり、かなり広い建物が見えているが、小さすぎて確認ができな い。砂登季の霊体は宙に浮き、その建物目指して一直線に飛んでいった。

「・・・? 霊気を感る。」
 若い神官の一人が、神殿の屋根を眺めている。
 神殿の屋根に立ち、砂登季はその建物、というか施設を見渡した。大小様々な大きさの建物が建ち並び、そこを多くの神官達が行き来している。
 入り口は一カ所だけで、そこには監視塔と大きな鳥居が立てられていた。
「まずいな、霊力者が私を見ている・・・。」
 霊体の砂登季と、若い神官の目が合い、砂登季は素早く帰っていった。
 若い神官は、ぼんやりと霊体の姿を確認しただけであり、砂登季が立ち去った後も、ぼんやりと眺めていた。
「なんだろう? あれがちまたで騒がれている妖怪なのか?」
 ほとんど霊気を感じなかったし、攻撃を仕掛けるそぶりもなかった。そのためか、神官はそれ以上気にすることなく、どこかへ行ってしまった。

「ん、ん・・・。」
 霊体が肉体へ戻っただけであるが、砂登季は起きるふりをしてのびをした。その声で数名の侍が砂登季を見たが、あまり気にしていない。
「お疲れかな? 擦盛殿。」
 沖東山が近づいてきた。
「少しな。寝たためか、もう大丈夫だ。」

 翌日、屋敷に集まった侍達がついに三十人となった。一部屋に十人が入っており、三部屋が一杯になった。
「おい、将軍様がお呼びだ。皆、武器を持たずに馬屋の前へ集まるように!」
 足増将軍に使える侍達が、部屋に入り大声でどなっている。
「さて、行くとするか・・・。」
 侍達は、ゆっくりと馬屋を目指して歩き出している。全員、技量を調べる日が来たと言うことを確信している。
「さて、我々も行くとするか。」
 新御巻が大声でそう言って、手入れをしていた普通の太刀よりもやや幅の広い剣そっと置いた。それにつられて、何人もの侍が立ち上がった。
「擦盛殿・・・。」
「うむ。」
 沖東山と砂登季もそれぞれ立ち上がった。

 馬屋の前は、乗馬がすぐできるように広い土の庭が広がっていた。馬屋の横に、建物があり、そこの扉が開けられている。
 奥の一段高くなった場所に、三人の人影が見える。真ん中にいるのが、足増将軍、両脇には有能な家来がいるのであろう。
 廊下に一人の侍が立ち、庭に集まった砂登季たちを見下ろしてこういった。
「それでは、お前達の力量を確かめるために、これから我々と試合をする。」
 あらかじめ、このようなことがあると皆が知っているためか、全くざわつくことはなかった。そのために、廊下に立つ侍はすぐに続けた。
「試合は一対一で木刀を持った一番勝負。相手は足増将軍へ仕える実力者ばかりだ。けがをせぬように、心してかかれ。」
 そう言っている侍のそばへ、茶筒のようなものを持った侍が歩み寄ってきた。今まで話していた侍は、その筒をちらと見やり続けた。
「それでは今から組み合わせを決める。飴岩津漁坊(あめいわつ りょうぼう)、おぬしはそちらに控える五十嵐殿との勝負だ。」
 侍がこういった瞬間、急にざわつき始めた。足増将軍に仕える五十嵐といえば、まさに最強と噂される剣豪であった。その猛烈な攻撃は広く知られており、彼 が前線に立つだけで相手の部隊が後退してしまうという噂さえある。
 そんなざわつきを無視しながら、侍のくじ引きは続いた。
 その結果、砂登季はあのくじ引きをしていた侍、依田優(よだゆう)と、沖東山は五十嵐と戦うことになった。
 ちなみに、足増将軍側の侍達には、依田優、五十嵐以外にも、あの門にへばりついていた侍、皆口や、石林、沢釜師(さわがまし)といった侍たちであった。 この中で、依田優も五十嵐と負けず劣らず有名な人物であった。どのような剣技なのかは知らないが、ヒルのように吸い付いて離れない独特の攻撃をしてくるら しい。その柔軟で正確な攻撃をうけた者は、決して生きていられないと言う。他にも、石林、沢釜師もそれなり有名な人物である。これは、擦盛の体にも記憶さ れており、砂登季は何となく納得したが、どうして門にへばりついていた皆口が選ばれいるかは全く分からなかった。

 くじ引きが終わるとすぐに試合が始まった。飴岩津は、五十嵐と五合ほど交えたが、木刀をとばされてしまい負けた。五十嵐の次の相手は沖東山である。
「沖東山清烏、試合の準備を。」
 五十嵐は手ぬぐいで汗を拭きながらそう言った。汗は拭いていても、疲れている様子は見受けられない。
「はっ。」
 沖東山は二、三回木刀を振って、五十嵐の前へ立った。
「それでは、始めようか。」
 五十嵐が審判に目配せする。
「それでは・・・はじめ!」
 審判がそう言った瞬間、五十嵐の強烈な一撃が沖東山へのびた。
 沖東山はかろうじてそれを受け止めたが、五十嵐は容赦なく攻撃を仕掛けてくる。文字通り、猛烈な攻撃である。
 沖東山は後退しながらも、何とか攻撃を防いでいる。しかし、こちらから仕掛けるという余裕は全くない。
「とぅ! どうした?」
 五十嵐が挑発するように叫ぶ。
「くっ!」
 一撃、一撃が沖東山にはかなりの負担となっている。
「隙あり!」
 その声と共に、力無く構えていた沖東山の木刀は宙に舞った。その瞬間、審判の「そこまで」の声が響く。
「沖東山とやら、拙者の攻撃をここまで防ぐとはなかなか筋がいいな。」
 顔は厳しいが、五十嵐は以外と優しい人物らしい。

 砂登季は、まわりで戦っている足増将軍に仕える人物を観察していた。特に、あの皆口には注目していた。
「擦盛、準備をしろ。」
 砂登季は三番目であったが、前の二人は依田優にあっさりと倒されてしまった。
「はっ。」
 砂登季は木刀を持って、沖東山と同様、何度か素振りをした。
「いざ。」
 依田優の前に立ち、砂登季はこういった。依田優は汗をかくことなく待っていた。しかし、依田優の近くに審判がいない。
「擦盛、審判を呼んでこい。」
「はっ。」
 砂登季は、審判を連れてきて、再び木刀を構えた。とはいっても、やはり片手である。
「擦盛、それがおぬしの構えか? まあいい。」
 依田優はそう言って、審判に目配せした。
「それでは、はじめ!」
 そう言ったが、両者は動かなかった。いや、依田優が動けなかったのだ。彼は、擦盛の目の異様なまでの輝きに狼狽したのだ。
(何だ? この男の目は・・・。まるで戦いに狂った軍神ではないか・・・!)
 依田優は気持ちを取り直して、無難な一撃を放った。砂登季は難なくそれを受け止める。
「とうっ!」
 依田優の一撃を受け止めたと思った瞬間、外側から依田優の顔めがけて木刀の先がのびてきた。依田優はかがんでそれをかわし、左から腹部をねらって斬りか かった。その一撃を砂登季は見事にかわした。一歩後退した砂登季は、自分の前を横切る木刀を叩き、上段から依田優を斬りつけた。
 依田優は木刀を手放さなかった。痛みをこらえつつ、砂登季の一撃を受け止めた。砂登季はそれ以上攻撃をせずに、両者つばぜり合いとなった。両者は木刀を 交えたまま、にらみ続けていた。その時、砂登季が一喝した。
「はぁっ!」
 するとどうしたのであろうか。依田優が二メートルほど後退してしまった。
「!!」
 審判だけでなく、試合が終わった侍や、順番待ちの侍もその光景に唖然としている。
 依田優の後退が終わった後に、両者は激しく斬り合った。強烈な一撃を連発してくる五十嵐とは違い、正確かつ素早く相手の急所を突く攻撃のためかあっとい うまに二十合を越えた。しかし、両者いっこうに決着がつきそうにない。
 擦盛の表情は全く変化しなかったが、依田優は焦りを感じているようであった。全国でも最強と噂される侍とこれほど剣を交えられる人物など、既にどこかの 将軍に仕えているのが普通である。地方に散らばるように暮らしている、身分の低い侍の中にこのような人物がいるなどと言うことはありえないのだ。
「ふっ」
 擦盛が少し笑ったように見えた。その瞬間、彼の攻撃がさらに素早く冴えだした。もはや、依田優はその場で防ぐことがしかできない。その後、十合ほど交え た時、依田優はその場にしゃがみ込んでしまった。恐怖でしゃがんだのではない、砂登季の攻撃にしゃがむしかなかったのだ。
「・・・。そこまでっ!」
 どの人物も依田優が勝つとばかり思っていたので、砂登季の勝利にしんとなってしまった。
「擦盛、見事であった・・・。」
 肩を激しく揺り動かしながら、依田優が言った。
「はっ。」
 砂登季は深々と礼をして、ちょっと奥へと歩いていった。砂登季の近くにいる侍は、素早く道をあけていく。

 それから一時間もたたず、全員の試合が終わった。集められた侍の中で、試合に勝ったのは砂登季以外には一人しかいなかった。新御巻である。彼は岩林と試 合をし、相手の虚を突くような攻撃でかろうじて勝ったらしい。真っ向から勝負をして、相手を完全に圧倒した砂登季とずいぶん違うものがある。
 しかし、新御巻はうれしそうに周りに話しかけていた。もともと明るい性格の侍なので、周りの人間もあまり悪い顔をしなかった。
 侍達はまたあの部屋へ戻っていった。めいめいが戦った侍達の強さを尊敬の念をこめながら語り合っている。中には、英雄譚でも聞くように新御巻へ集まる侍 もいる。しかし、無口で静かに周りを見つめている砂登季に近づくものはいなかった。
「ふぅ・・・。」
 いつもの壁へ背中を預けて砂登季はため息をついた。
「いやはや、擦盛殿見事な試合であったなぁ・・・。」
 にこにこというよりも、にやにやしながら利久道が話しかけてきた。彼の隣には、疲れた顔の沖東山もいる。
「ありがとう。」
 砂登季は微笑しながら答えた。
「いやはや驚いた。源幕府に五十嵐と依田優ありとも言われるくらいの剣豪をあのように圧倒してしまうとは、本当に驚いた。」
 利久道はまだうれしそうに言っている。
「ところで、利久道殿は誰と試合をしたのですか?」
 砂登季は彼の言葉を止めるためにこう質問した。
「俺はあの皆口という侍と戦ったぞ。」
 その瞬間、擦盛の目がきらりと光った。その目で利久道はたじたじになってしまった。
「な、擦盛殿・・・あの皆口とは何かあったのか?」
「・・・いや、ただ気になっていただけだ。で、どんな侍だったのだ?」
 利久道は気持ちを落ち着けて話した。
「うーん、なんというかなぁ。あいつが剣を振る時の早さと比べて、ずいぶんと衝撃が強かった気がするぞ。」
 擦盛の眉がぴくりと動く。
「重い鉄を使っていたのか?」
「それはないだろう。俺も相手も木刀で戦ったのだ。それに、材質を変える程度ではあの威力は出ないだろうよ。とにかく、振りの割にすさまじい衝撃だっ た。」
「なるほど。」
 砂登季はそれ以上何も聞かずに、黙り込んだ。その顔を見て、いったいどうしたものかと利久道は黙っていたが、しばらく砂登季が話しかけないので、くるり と後ろを向いて、近くにいた侍と話し始めた。

 翌日。朝食が出てすぐに侍達は奇妙な一行を見た。
 大八車に何かを一杯積んだ商人達が門をくぐっているのだ。大八車の中身は、巧みにわらで覆われているために分からない。
 朝食を食べ終わり、外を眺めながら休憩をしていた砂登季たちは興味深げに見つめている。
「中身はなんだろうな? 食料かな?」
「いや、あれこそまさに戦用の火薬や武器ではないか?」
 などと色々な意見が飛び交うが、戦に向けて物資を仕入れていると言うことでは意見が一致していた。
「・・・。」
 黙って見つめていた砂登季は、目を閉じて霊体をとばした。そして、荷物に覆われたわらをすり抜けて中身を見た。
 中身はやはり火薬や鉄砲、弓矢など様々な武器であった。それを確認すると、周りに怪しまれないように砂登季は霊体を戻した。

「おい、再び検査を始めるから昨日と同じ場所に集まれ!」
 大八車の姿が見えなくなった頃、足増将軍に仕える侍が現れた。
「へいへい・・・。」
 昨日、さんざんに痛めつけられたためか、どの侍の返事も暗い。
「ほらっ、さっさと歩け。今日が最終決定の日だ!」

「よし、全員集まったな。それでは今日の予定を説明する・・・。」
 昨日と同じように廊下に侍が立って怒鳴っている。今日は足増将軍は部屋の奥にいない。
「基本的に昨日とやることは同じだ。しかし、相手をする侍は別な者が担当する。それでは、すぐに昨日と同じ組に分かれろ!」
 五十嵐、依田優、皆口、岩林、沢釜師の五人が侍達の前に立ち、昨日戦った侍は俺の前に集まれと言っている。
 全員が落ち着いた時に、足増将軍側の侍が一人ずつ横にずれて、対戦相手が決まった。
「それでは、各自移動して試合をするように!!」

「たぁっ!」
「ぐっ!」
 試合が始まって十分と経たずに砂登季の組の二人が倒された。相手は五十嵐で、砂登季の順番が回ってきた。
「擦盛殿、昨日のようにうまくいくとは限らないぞ。」
 あらかじめ依田優から聞かされていたのか、五十嵐は楽しそうに言う。砂登季はそれに答えず、無言のまま木刀を構えた。二人の間に土煙が舞う。
「それでは、はじめ。」
 審判の声に、五十嵐が勢いよくつっこんできた。相変わらず猛烈な攻撃である。
 この攻撃ですら、砂登季は片手で受け止めていた。五十嵐がどれほど勢いよく刀を振っても、手放す気配がない。
「はっ!」
 初めて砂登季が声を出した。その瞬間、木刀が衝突し、つば競り合いになった。相変わらず、砂登季は片手である。
「・・・っ!」
 五十嵐はその光景に息をのんだが、体勢をうかつに崩すわけにはいかない。五十嵐は、砂登季に押されてじわりじわりと後退している。
「はぁっ!」
 木刀が離れて、お互いに上段から攻撃をしてきた。両者とも木刀を離すことはなかったが、五十嵐の腕は衝撃に耐えきれずはかれ、自分の木刀で額を激しく 討ってた。
「つっ・・・。」
 天を仰いだ五十嵐は、一瞬視界がぼやけ、その場に崩れた。

 五十嵐の後は、沢釜師との試合であった。この試合が終わると、昼食が出され、庭に座り込んで侍達は笑談している。
「擦盛殿、調子はどうですか?」
 もくもくとにぎりめしを食べている砂登季に、沖東山が話しかけてきた。どことなく、うれしそうである。
「一応、全勝だ・・・。」
 静かに砂登季は答えた。
「さすがですね。拙者も沢釜師殿と岩林殿に勝ちましたよ。」
「ほぉ、さすがだな。」
 少し感動したように砂登季は言った。
「擦盛殿、あなたはどうしてあのように強いのですか?」
「・・・?」
 急に改まった顔で沖東山は言った。
「なぜ、そのようなことを?」
「気になったのですよ。あなたほどの腕前ならば、あなたのお師匠様はさぞかし有名な方ではないですか?」
 あまりに真剣な沖東山の声に、擦盛は笑った。
「有名ではないさ、きっと。わしとて、師匠の詳しい過去は知らないのだ・・・。」
「えっ?」
「師匠はあまり昔のことを話そうとしなかったのだよ・・・。」
「そうですか。」
 取り付く島なし、という様子で沖東山は黙ってしまった。
「まぁ、年齢の差かもな・・・。」
 そんな沖東山を慰めるかのように、砂登季はぼそっとつぶやいた。沖東山がその言葉は技能の差を指していると気づくまでずいぶんと時間がかかった。

 全員が食べ終わった頃、五十嵐達がぞろぞろとやってきた。そして、侍の一人が廊下に立ち、咳払いをした。
「えー、これから再び試合をする。まぁ、対戦相手は分かっているな?」
 もう、いちいち声を張り上げるのが面倒くさくなったのか、ずいぶんと適当なことを言って引き上げた。
「さて、いよいよだな・・・。」
 門にへばりついていた侍、皆口といよいよ戦えると思うと、砂登季の胸は高鳴った。あの人物はどれほどの霊力者なのだろうか・・・?
「よしっ、富夏。試合だ。」
 岩林が声をあげた。砂登季の組の一番目の侍、富夏は緊張した面もちで木刀を構えた。それからすぐに試合は始まり、両者一歩も引かない試合となった。しか し、序盤からわずかながら有利であった岩林が勝った。
 二番目の侍も、あと一歩と言うところで負けてしまった。
 次はいよいよ擦盛か・・・。と言いたげに、岩林は汗を拭いていた。今日の試合で、相手の侍は必ずと言っていいほど砂登季に一目置いて勝負を仕掛けてい る。砂登季はそれに気づいていたが、何も気づいていない振りをしていた。
「さて・・・、擦盛試合だぞ。」
 水筒の水を一口飲んで、岩林は木刀を構えた。普段、先に攻撃態勢にはいるのは、招集された侍達であるが、今回初めて岩林が先に刀を構えている。
「それでは・・・。」
 砂登季はそれ以上何も言わずに、静かに岩林の前に立った。そして、ゆっくりと片手で木刀を構えて相手をにらみつけた。
「はじめっ!」
 両者共に上段からの攻撃であった。岩林は気づかなかったが、観戦している人間達は擦盛の口が不気味にゆがんでいるのが分かった。
 岩林の木刀は空中でむなしく弧を描き、地面を指したまま止まった。岩林は動けなかった。いったい擦盛はどのように木刀を動かしたのであろうか? 彼の木 刀は岩林の首元にぴたりとくっついていた。
「・・・。」
 岩林も、擦盛も、審判も、そして観戦している人間達もしばらく口を開いたまま唖然としていた。ふっと風が吹き、審判が思いだしたように「やめ」と言った が、その後動いていたのは擦盛だけであった。

「・・・。これほどまでに見事に攻められるとは。拙者もそろそろ引退か?」
 岩林はちらりと擦盛の姿を見た。擦盛は腕を組んだまま、他の人物の試合を見つめていた。
(いったい、あの男は何を考えているのだろう?)
 擦盛の独特な存在感は、彼の強さをますます印象づけるものとなっていった。

 それからしばらくして、砂登季の組は皆口と戦うことになった。一番の富夏は以外といい勝負をしているように見えた。しかし、徐々に皆口に圧倒され負け た。皆口の木刀の振りの強さからして、先ほど戦った岩林と同じくらいであろう。しかし、異様なまでに速く富夏の体力が削られていった。
「はっ!」
 ひときわ気合いのこもった声で、皆口がはらいを使った。五十嵐と比べると明らかに威力のないはらいである。ところが、富夏はその攻撃を受けきれず倒れて しまった。
 奇妙な光景に砂登季は驚いて目を見張った。富夏はすごすごと引き下がり、入れ替わりに二番目の瓦場が入ってきた。皆口は疲れた素振りも見せずに、二戦目 に入ることにした。
「とうっ!」
 瓦場も初めのうちはいい勝負をしていた。しかし、富夏と同じく徐々に動きが鈍くなっている。砂登季はその光景を見ながら、皆口から発せられる霊気を調べ ていた。ごくわずかしか漏れていないが、木刀にはかなりの霊力が蓄えられている。これならば、鉛の剣と交えているのと同じだろうと砂登季は一人で納得して いた。
(さて、自分は霊力を用いて戦って良いものか・・・。)
 そんなことを考えているうちに、瓦場も吹き飛ばされて砂登季の順番となった。皆口は相変わらず余裕の笑みを浮かべていたが、砂登季の顔を見るなり焦りが 浮かんだ。
(・・・、擦盛とはやはりあの時の男か!!)
 門の影で気配を消していた自分をにらみつける侍の姿が目に浮かんだ。
(あの男とは戦いたくないと思ったが・・・。やむを得ん、霊力を極限まで高めて挑むとするか。)
 皆口はおぼろげながら、自分の霊力ならば擦盛を圧倒できると考えていた。まぁ、彼の過去を知らないのなら無理もないであろう。

「それでは・・・、はじめ!」
 かけ声と共に、皆口が攻撃を仕掛けてきた。振りの早さとは裏腹に、かなりの衝撃がある。
「くっ!」
 砂登季は小さくうなってみた。その声が聞こえたのか、皆口の顔に余裕の笑みが浮かんでいる。
 しかし、その表情を皆口は崩すしかなかった。砂登季が容赦なく攻撃を仕掛けてきたのだ。次第に皆口は防戦に徹することしかできなくなっていく。霊力に 頼っていたため、たいした技術は持っていないのであろう。
「ふっ・・・」
 砂登季が水平に木刀を振った。それと同時に、霊力の糸が皆口の木刀に絡まり、木刀を手から離してしまった。
 カラン・・・・。皆口の木刀が地面に落ち、砂登季はもう一度武器を構えた。
「そこまで!!」
 審判の声が響き、皆口が呆然としたまま引き上げていった。

「それでは、今回の試合の結果を参考に、お前達に職を与えるかどうか決める。今日は皆よく戦った。今夜はゆっくりと休め! 職を与えられるものは、明日か ら真剣に将軍様に奉仕せねばならぬからな!!」
 戦いで疲れ果てた侍達を前に、五十嵐がそう言って試合は終了した。多くの侍は、全敗である。一人でも勝てたものは多少胸を張りながら、二人に勝てたもの は疲れた顔を見せながらもべらべらとしゃべっている。そして、唯一全員を倒した砂登季は皆の尊敬と畏怖の目を受けながら無言のまま部屋へ戻っていった。
「あの擦盛殿は間違いなく将来立派な侍となるに違いない。」
「あぁ、関西の二本柱、五十嵐殿、依田優殿に勝ったのだからそれは確実だろう。」
 部屋に戻ってもどこからともなくこの様な声が聞こえる。砂登季はそんな声を無視して部屋の隅で目をつぶっていた。誰も話しかけようとはしない。
「ふぅ、三人以上倒したのは擦盛殿だけか・・・。やはりあの方は特別だな。」
 沖東山も周りの人間と同じことを言っている。
「たとえ足増将軍が妙求寺との戦で負けるとしても、こちらに荷担して良かった。俺は死んでも擦盛殿とは戦いたくない。」
 利久道が真剣な顔でそう言っている。今回ばかりはそれが冗談には聞こえず、周りにいた新御巻や飴岩津はうなずいている。
「まぁ、逆に言えば擦盛殿が前線に立てばどのような部隊も撃退できるのでは?」
 飴岩津が続ける。
「確かに、その通りだ。頼もしいものだ。」
 新御巻が笑いながら言った。
 その時、沖東山はちらりと擦盛の姿を見た。彼には擦盛が眠っているように見えた。

「・・・?」
 皆口が突然立ち止まり宙を仰いだ。
「どうした?」
 一緒に歩いていた五十嵐が訪ねる。
「気のせいか、霊気を感じたのだ?」
「ほぉ、おぬしから出ているやつか?」
「そんなことはない。何者かは分からぬが、あちらの方向へ歩いていったように・・・。」
 皆口が指した方向は、今日商人から買い取った武器をしまった倉がある。五十嵐は眉間にしわを寄せてこういった。
「やはり、感づいているだろうな・・・。」
「うむ。」
 二人が頭に思い描いているのは、間違いなく妙求寺と天坂大社であった。
「まぁいい。いくら戦の準備をしているといっても、壁越しに倉の中は見えぬ。これから十五日ほどは静かに準備ができるだろうよ。」
「いや、霊体には壁など無意味。どのようなところも、するりと通過してしまうからな。」
「何だ? その霊体とは?」
 真剣な皆口の顔に対し、五十嵐はずいぶんと余裕である。
「以前、話したではないか。霊体とは、人間の魂の一部を・・・。」
「分かった分かった冗談だ。しかし、所詮魂。実体がなければ何もできぬであろう?」
 この男が霊体と聞いても動じなかったのはこれが原因かと皆口は思った。
 霊体は直接人間の体に触れたりすることはできない。しかし、ある程度の霊力者なら自らが持っている霊力で様々な現象を引き起こすことができるのだ。
「何を言う。色々とできるのだぞ、色々と・・・。」
「ほぉ・・・。まぁ、気にするな。よく分からぬ呪術に惑わされるような心では我が師に合わせる顔がない。」
 本当に霊体の恐ろしさが分かっているかどうかは別として、五十嵐の声は非常に頼もしく聞こえた。皆口も、彼が隣にいれば万事何とかなるように感じられ た。

「・・・。皆口殿は気づいたかな?」
 そう言ったまま、砂登季の霊体は周囲の建物の中をうろうろしていた。霊力者がいないためか、誰も砂登季の存在に気づかなかった。
 砂登季は戦がいつ始まるのかを調べるために霊体をとばしたのだ。探し方が悪いのか、未だに足増将軍のいる部屋にたどり着けない。
「まるで迷路だな。敵に攻め込まれても、すぐに制圧されないようにするためなのか・・・?」
 どうも同じ場所をぐるぐると回っている気がして砂登季は上空へと移動した。以前飛び上がった時とは若干違う場所にいるらしい。
「迷うなぁ・・・。屋敷の中を把握するにはかなりの時間が必要になりそうだ。まぁ、肉体には一直線で戻れるか困りはしないが。」
 砂登季は苦笑いしながら、屋敷の中に戻った。

「将軍、あさって農民を四十人ほど集めます。」
「うむ。前線に立たせる歩兵だな?」
「はい。」
 薄暗い部屋で足増将軍と家来が話している。
「ところで武器の方は順調に集まっているか?」
「えぇ、全く滞りなく。それに、周辺の幕府派将軍へ協力を依頼しております。」
「おぉ、そちらの協力の方はどのような具合だ?」
「まずまずといった所です。今のところ、約百五十人ほど他国からの協力があります。」
 それを聞いて、将軍はあごひげをかいた。
「うーむ、あの寺と神社の兵力が約二百名として、我々はその倍以上の六百名で攻めれば間違いなく勝てると思うが・・・。」
「ええ。怪しげな呪術を使うあのような軍団も蜘蛛の子を散らすように退散するでしょう。」
 家来は将軍を元気づけるように言った。
「確かに。まぁ、備えあれば憂いなしで七百名集めた方がいいだろうか?」
「大丈夫でしょう。それに、あと百名を城の周囲から離すとなれば、反幕府派の国が攻めて来るとも限りません。ここは、六百名でとどめておくのが・・・。」
「うーむ・・・。」
 どうも足増将軍は心配なようである。
「将軍、拙者よい知らせを持っております。実は、先日招集した中に、五十嵐、依田優をうち負かす、とてつもない技量を兼ね備えた侍がいるとの報告がありま す。この侍をうまく使うことで、十人・・・いや一人で五十人の兵力となりましょう!」
「それは、誠か?」
 一人で五十人の兵力と言うところではなく、五十嵐、依田優を倒したと言うところに将軍は反応した。将軍もこの地域で彼らを倒せる人間はいないと思ってい たので、この知らせは意外であったろう。
「ええ。残念ながら私の目で確認したのではありませんが、招集を担当した紋歩の言葉ですから間違えありません。」
「ならば、信じてよいだろうな。」
 紋歩とは非常に忠誠心のあつい人物である。
「ですから、ご安心下さい。今回の戦、必ず勝ちます。」
 家来は力を込めて、しかし静かにそう言って立ち上がった。
 軽く礼をして、部屋を出ていく家来を見ながら、足増将軍はまたあごをかいた。目の前には砂登季の霊体が、自分のあごひげを眺めているのにも気づかずに。

 砂登季はむくっと頭を上げた。それに気づいて数名の侍が砂登季の方へ視線を向けたが、すぐに仲間との会話に移った。

 翌日、技量を調べた上での、発表があった。それによると、全員が用心棒として職に就くことになった。試合の勝率の違いにより若干の優越があったが、基本 的に変わらなかった。
 そして、それから一週間以上、砂登季たちは訓練を続けた。毎日毎日、木刀で激しい斬り合いをした。今回は五十嵐たちは出席せず、集められた侍たちだけで やった。その中でも砂登季の実力は圧倒的で、誰一人として倒すことはできなかった。周りの侍たちは、砂登季の実力は認めていたが、あまりに力に差があるた めに剣技を教えてもらおうとする人間は誰一人としていなかった。また、砂登季も剣術を教えてもらいたいと頼まれても、教えようとは思わなかった。頼まれれ ば擦盛の父親が教えていたとおりに教えればよいのだが、生前の擦盛の実力はこの侍の中で最下点に位置するものであった。この様なものを教えたところで意味 はないであろう。それでは、自分が経験で培った剣技を教えればいいではないかと考えるかもしれないが、砂登季自身、誰に教わったのかどのように教わったの かという記憶が無いので、どうしようもなかった。そんな感じで、砂登季は徐々に侍の群れから孤立し、一人で訓練をするようになってしまった。
 訓練をしている時に、遠くに見える出入り口を大八車が通るのが何度か見えた。その姿を確認するたびに、砂登季は夜中霊体をとばし中身を調べた。いつも中 身は戦に使う武器や、食料であった。その蓄えは着実に増えており、保管されている倉の余裕も徐々に無くなっていった。おぼろげながら、この倉が一杯になっ た頃に戦が始まるのだろうと砂登季は思った。
「そういえば、将軍様や侍は戦をするとは一度も口にしていないな・・・。」
 休憩の時に誰かがそうつぶやいたことがあった。それを聞いていた数名が同調してうなずいていた。もう、誰の頭の中にも自分たちは屋敷の用心棒ではなく、 戦で前線に立つ侍であることは分かっていた。そして、皆そこで一旗揚げるために必死で訓練をしているのであった。
 そんなある日、事態が動いたように見えた。相変わらず馬屋の前で訓練していた砂登季たちは、屋敷に入ってくる農民の姿を見た。屋敷で暮らすようになって そう長くはないのだが、農民が入ってくるのは初めてであった。
 農民はぽつりぽつりと集まり、全部で十人ほどが来ていた。そして、全員屋敷の奥へ通されて、夕方になって皆帰っていった。
 農民が帰った後、訓練をしている侍たちの元へ五十嵐と沢釜師がやってきた。
「おう、皆懸命に訓練を続けておるな。これならばさぞ頼もしい用心棒になるであろう。」
「あぁ、全くだ。」
 訓練している侍のじゃまにならないように進路をとりながら、それぞれの動きを確認している。自分たちと戦った時よりも若干動きがよくなっているのか、う れしそうである。
 そして、最後に二人の視線は擦盛へ向けられた。擦盛は対戦する相手もなく一人で素振りをしていた。実際に、対戦すれば数合交えることなく負かされてしま うために誰も勝負を挑もうとしなかったのだ。
「擦盛、退屈か?」
 五十嵐が擦盛へ声をかけた。擦盛は五十嵐の顔を見つめて軽く礼をした。
「いえ、そのようなことはありませぬ。」
「しかし、相手がいないようではないか。一日中素振りをしているのか?」
「えぇ、まぁ。」
 どことなく和やかな雰囲気を漂わせているのだが、砂登季は五十嵐からかすかに流れてくる殺気を感じていた。
「どうだ? 相手をしてやろうか?」
 五十嵐はそう言う前に、刀に手をかけて抜き放とうとした。しかし、一歩前に進み出た砂登季も五十嵐の刀を握っており、抜くことはできなかった。
「それは武士道に反しまする。」
「やはり拙者を負かしただけのことはある。」
 動きを完全に読まれたことに驚きつつも、五十嵐は笑っていた。
「どうだ? 擦盛、今晩拙者の部屋へ来ぬか? おぬしとは一度話をしたいと思っていたのだ。」
 朗らかに笑った後、五十嵐はそう言った。
「わしでよろしいのなら・・・。」
 擦盛は静かにそう言った。彼らの会話を遠巻きに見物していた侍たちは、五十嵐の招待に顔を見合わせた。擦盛と五十嵐の身分の差は、雲泥の差である。この ような身分の差があるなかで招待すると言うことはまずあり得ないことであった。
「それでは、待っておる。場所が分からなければ、誰でもいいから聞けば教えてくれるだろう。」
 そう言って五十嵐と沢釜師は帰っていった。
「擦盛殿、さすがですな。五十嵐殿に招待されるとは・・・。」
 沖東山がうれしそうに近づいてくる。擦盛はいつも通り難しい顔をしている。
「うむ。何かよい話が聞けるといいのだが・・・。何か聞いて欲しいことはあるか?」
「いえ・・・。」
 その時、利久道が近寄ってきた。
「うーむ、このような機会は滅多にあるものではない。擦盛殿、戦がいつあるのか聞いてはくれまいか?」
 あまりに単刀直入なことを言うので、沖東山は驚いた。
「利久道殿、さすがにそれは・・・。」
 利久道は一歩も引かずに言う。
「いやいや、擦盛殿はあの五十嵐殿に勝ったのだ。案外教えてくれるかもしれぬだろう。それに、教えてもらえずに斬り合いとなっても・・・。」
「確かに・・・。聞いてみるのも一興だな。」
 擦盛はぼそっと言った。
「・・・そろそろ部屋に戻りましょうか?」
 沖東山が話題を変えようとこういった。利久道もうなずき、侍たちに部屋に戻ろうと叫んだ。

 夜、擦盛は屋敷の中を歩いていた。ところどころ、篝火がたかれ黒い障子が桟が光っている。また、庭に植えてある松が不気味な影を作っている。
「・・・。」
 何人もの侍が砂登季の横を通っていくが、彼は誰にも道を聞こうとしなかった。夜な夜な霊体となって屋敷を移動しているので、迷うこともないのだ。
 屋敷からはなれに続く廊下へ砂登季はたどり着いた。あのはなれが五十嵐の部屋。正確に言えば、五十嵐の家と言ったところであろう。
 砂登季は急に周囲を見渡した。見方とはいえ、何となく待ち伏せをしているような気がしたのだ。しかし、周りに擦盛以外はおらず五十嵐の部屋の障子に黒い 人影が映っているだけであった。
 砂登季はゆっくりと五十嵐の部屋の前まで歩き、立ったまま声をかけた。
「五十嵐殿、擦盛です。」
「おぉ、待っておったぞ。」
 がらっと障子が開き、五十嵐が手招きをした。
「失礼します。」
 今や季節はずれの火鉢を間に置いて、擦盛と五十嵐は座った。
「いやはや、おぬしほどの実力の謎が知りたくなって、招待したというわけだ。」
「はぁ・・・。」
 五十嵐は苦笑して、一本の刀を持ってきた。砂登季は一瞬身構えたが、五十嵐は攻撃する様子はなかった。彼はその刀を擦盛に渡し、抜くように言った。擦盛 は不思議そうな顔をしてその刀を抜いてみた。
 刀は普通の太刀のように見えたが、注意してみると全く違うものであった。太刀のようにわずかに曲がってはいるが、異常なまでに長い。擦盛がそれはしげし げと眺めていると、五十嵐が口を開いた。
「それは、拙者が師匠を倒した時にもらったものだ。奇妙な刀だろう。」
「師匠を倒した時に・・・。五十嵐殿、この刀はいったい何を目的に作られたのですか?」
 五十嵐は一度うなずいてから口を開いた。
「我々の流派は強烈な攻撃を次々と放ち、相手を圧倒することに主を置いている。そしてこの刀は攻撃用ではなく、腕力を鍛えるために作られたのだ。」
「腕力を鍛えるため・・・? それならば入門時に渡した方がいいのではないですか?」
「確かにもらった後に拙者も同じことを思った。しかしな、実際に使ってみて分かった。この刀は流派をある程度極めたものでなければ体を壊すとな・・・。擦 盛、一度振ってみろ。」
 擦盛は無言のまま立ち上がり、五十嵐に自分の横顔が見えるような向きになった。そして、擦盛は三回その刀を振った。砂登季にもこの刀は異常なまでに重い ことが分かった。たぶん、刃にも鮫肌の裏にも重い金属を詰めてあるのだろう。しかし、擦盛が振る刀の起動は正確に腰の位置で静止していた。
「・・・。」
 五十嵐は射るような視線を砂登季へ送っていた。砂登季が座ると、刀を受け取り笑いながら言った。
「おぬしの強さが分かったような気がした。ところで、擦盛おぬしの師匠の名前は・・・?」
「わしの師匠は、父です。父は農民でしたが、以前は関東の方で道場破りをやっていたとおっしゃっていました。」
「ほぉ・・・。道場破りか、さぞかし強かったのだろうな。では、父の師匠は?」
「父はあまり道場破りをしていたと言うことは話しましたが、その時の状況を事細かに話すことはありませんでした。ましてや、それより昔、師匠に剣術の手ほ どきを受けた時の話は全く聞いたことがありません。ただ、一度だけ面柳という人物に剣術を習ったとだけ言っていました。」
「・・・。面柳? あいにく拙者も知らぬ人物だ。」
 五十嵐も考え込んでしまっている。その顔を見ながら、擦盛は意を決したように言った。

「五十嵐殿、戦はいつ始めるのですか?」
 五十嵐の眉がぴくりと動き、擦盛をにらみつけた。
「戦・・・。はっはっは。やはり知れていたか・・・。」
 五十嵐は立ち上がり、あの長い刀をもとの位置に置いた。そして、それと入れ替わりで普段使っている刀を持ってきたのだ。
「あいにく拙者にも分からぬ。準備は進んでいるようだが、最終的に決定するのは足増将軍様だからな。」
 その時、足音がして扉が開いた。突然現れたのは、依田優であった。
「擦盛、戦のことは深く聞かぬ方がいい。」
 擦盛はあわてて頭を下げた。しかし、決して謝ろうとはしない。
 そんな擦盛をたしなめるかのように、五十嵐が言った。
「まぁいい。これをおぬしに言うのはおかしいのだが、将軍様の軍には拙者五十嵐だけではなく、関西でも全国でも最強と歌われる依田優もいる。それに他の侍 も実力者揃いだ。まぁ、過去にあった全満軍に配属されたと思え。」
 全満軍とは中国のどこかにあった部隊らしい。その軍の強さは桁外れであり、どのような困難な闘いにも勝利し、中国皇帝が変わった戦いで最後の最後まで皇 帝を守ろうとした軍である。その時の戦いはすさまじく、現在でもいくつもの英雄譚、戦記譚として残っている。もっとも有名なのは、最後の最後で皇帝を取り 囲んで守った二十人ほどの全満軍の話である。彼らを全滅させ、皇帝にとどめを刺すまでに、約四千名の軍人が死んだらしい。
 彼らの強さは、今では継承者のない剣術と、怪しげな呪術から来ているらしいが、詳しいことはもはや分かっていない。
「五十嵐殿、全満軍にたとえるのはあまりよくない。今回の戦いは、我々が幕府を守っているのだぞ・・・。」
 依田優はそう言って笑った。確かに、幕府の将軍を守って自分たちが死んではどうしようもない。砂登季には直接見えなかったが、五十嵐の顔にかかる影の動 きから、彼が悔しそうな顔をしているのが分かった。
「そうだな。ましてや我々は擦盛に負けている。このたとえはあまりにも意味がなかった。擦盛よ、夜も更けた。これから飲んでは明日の訓練に差し支えが出る であろう。」
「その通りでございますな。それでは、これにて失礼させていただきます。」
「うむ。」
 帰っていく擦盛を五十嵐と依田優は見送っていた。彼の姿が見えなくなった時、五十嵐が小さな声で言った。
「依田優殿、擦盛はあの長剣を使いこなせる。」
「何? 屋敷一の剛力のおぬしにも扱えなかったものを?」
「うむ。」
 依田優は腕を組んでうなった。
「師匠に勝った時、この刀をもらった。”私はこれを使いこなせない。これを使いこなせれば、間違いなくお前は最強だ。”と師匠が言ったのだ。師匠が他界し 数年が経つというのに、未だ拙者はこの刀を使いこなせない・・・。」
 誰に話すとはなく五十嵐はつぶやいた。
「あれは拙者も扱えぬ。やはり、負けを認めた方がよさそうだ。」
 そう言い残して、依田優は部屋へ戻っていった。

 それから二日経った。その日の朝、部屋で休んでいた擦盛たちを、足増将軍に仕える侍が招集をかけた。
「さて、お前たちは訓練を積み、若干腕が上がったようだ。そこで、殿から各自に鎧を渡すように仰せつかった。」
 おおっ、とどよめきが起きた。侍たちはいよいよ戦が近いと感じた。
「そこに置かれている鎧を各自着てみるように。」
 数名の侍が、全員分の鎧を持ってきた。鎧と言っても、名のある武士が着るような立派なものではなく、歩兵が使うような粗末なものであった。しかし、はじ めからそのようなものしかもらえないだろうと皆が考えていたので、失望する者はいなかった。むしろ、その鎧を着、戦で成果を上げようと心を燃え上がらせて いたのだ。
「うーむ、立派な鎧は様々な場所を防ぐことができるが、重いらしい。我々にはこれくらいのものの方が合っているのだろうな。」
 利久道はそう言って、鎧を着て木刀を振り回している。
「そうですね。拙者の流派は相手の急所を素早く突く方に主を置いていますし。」
 沖東山も鎧を着て木刀を振り回し始めた。
「・・・。」
 砂登季は無言で鎧を着てみた。そして、まじまじと鎧を見つめた。守れる場所といったら、胸だけの粗末な鎧であり、胸の部分を守るといっても針金が縫い込 まれているだけだけであまり防御力はなさそうだ。
「擦盛殿、おぬしにはもっと立派な鎧が似合いそうだ。」
 利久道が笑いながらそう言った。
「どうだろうな。攻撃は最大の防御という。腕さえあれば、守りは不要かもしれぬぞ」
「・・・。はっはっは、擦盛殿らしい言葉だ。」

 その日の訓練は、皆鎧を着たまま行った。そして、相変わらず擦盛は隅の方で素振りをしているだけであった。
「こうしていても、仕方がない。」
 擦盛はひとりごちて、部屋から自分の剣を持ってきた。そして、その剣で素振りをしていた。
 砂登季は素振りをしながら、この剣のことを考えていた。なぜ擦盛の父は、この剣を渡すことを拒んだのだろうかと。確かに、太刀とも普通の刀とも違う奇妙 な剣であった。そして、刃も非常に厚くかなりの重量がある。
「はっ。」
 はらり、はらりと上から落ちてきた木の葉を真っ二つにして、砂登季はまた素振りを続けた。その光景を見ていた侍から、驚嘆の声が挙がったが、無視し続け た。

 さらに、次の日の朝、再び招集があった。
「昨日、鎧を与えたことはしかと心に刻み、殿への感謝を忘れぬようにしろ。」
 侍はそう言って、じろりと全員をにらみつけた。
「さて、今日はお前たちの職を発表する。まず、擦盛!」
「・・・。」
 擦盛は返事をしなかった。その代わりに、相手が凍り付くように鋭い視線を侍に送った。
「な、擦盛・・・返事をしろ。・・・、まあいい。おぬしは以下に言う九名を率いてよ。」
「はっ。」
 周りがどよめいている。
「繰り返すがそれでは、以下の九名は擦盛に従え。まず、沖東山、利久道、瓦場、入船山・・・。」
 招集された侍の中で実力の高い人間が擦盛の部隊に配属された。侍の口からは、戦の時の部隊編成とは一言も言っていない。しかし、全員がそのことを悟って いた。
「さて、次にあげる十名は皆口殿へ従え。富夏、庄山、・・・。」
 こうして、招集を受けた侍たちは、皆口、沢釜師、擦盛の部隊に配属されることになった。
 侍の発表が終わると、皆口と沢釜師の二人が近寄ってきた。
「今日から、皆口殿、沢釜師殿のがお前たちの訓練に加わる。以前とは比べものにならぬほど激しいものになろう。覚悟してかかれ!」
「おうっ!」
 発表する侍たちも、そして発表を聞いた侍たちも次第に熱を帯びて、最後の返事は決意の固まりであった。

「よーし、拙者に従う者はこちらへ来い。一人ずつ試合をする。」
 こんなことを言いながら、皆口、沢釜師は侍たちを連れて行ってしまった。
「擦盛殿、戦の時はよい指揮をとってくれよ。さて、我々はどうする?」
 利久道が擦盛に話しかけてきた。
「では、ここでわしと試合をするか?」
「そ、それは・・・。」
 誰と話に擦盛の提案を拒否した。
「うーむ、仕方がない。全員、一気にかかってこい。お互いに遠慮はなしだ。」
 擦盛の後ろに立つ九人の侍はお互いに顔を見合わせた。
「さぁ、来い!」
 相変わらず片手で木刀を構えて擦盛が言った。
「ならば、覚悟!!」
 利久道が、瓦場が、そして沖東山が次から次へと斬りつけてきた。しかし、一合交えると衝撃で木刀を手から離してしまいそれ以上戦うことができない。
「そんな生半可な攻撃でどうする? さぁ、もう一度だ。」
 開始して約一分で九人の侍は擦盛に負けた。
「・・・。おう。俺たちも次は容赦せぬぞ!」
 利久道の声で、全員が木刀を握りなおした。
 今度は新御巻がはじめに斬りつけてきた。今度は木刀を手放さずに、擦盛とつばぜり合いをしている。そこへ、沖東山が横から攻撃してきた。擦盛は体勢を低 くして、振り下ろされる沖東山の腕を蹴り上げた。突然の出来事に、沖東山はひるんで尻餅をついた。
 すると、後ろから利久道が突進してきた。擦盛の背中に利久道の木刀が触れる瞬間に、擦盛が飛んだ。彼の体は空高く舞い上がり、丁度利久道の後ろに着地し た。新御巻と利久道が衝突して倒れている間に、擦盛は瓦場と斬り合っていた。瓦場は防戦一方で、全く歯が立たない。すると、擦盛の両脇から頼波と入船山が 攻撃してくる。それに気づいた擦盛は、瓦場を強烈な一撃で吹き飛ばし、頼波に斬りかかった。頼波は何とかその場に踏ん張っていたが、擦盛の圧力で全く体が 動かせない。一方、入船山の方は擦盛の放った糸縛の術で足がもつれてその場に倒れている。
 擦盛は次から次へと攻撃してくる九人の侍を再び倒してしまった。
「はぁ、はぁ、はぁ。擦盛殿、休ませてくれ。」
 最後まで戦っていた沖東山の木刀がはじき飛ばされた時、利久道が声を変えた。
「うむ。そうしようか。」
 擦盛は振り向いて、庭の石に腰を下ろした。
「・・・。擦盛殿、やはりおぬしは強い。」
 顔に着いた汗と土をふき取りながら、頼波が言った。擦盛は答えずに、頼波の顔を見ているだけである。
「この調子で午後も戦ったら、明日には皆死んでしまうぞ。」
 もうたまらんという顔で新御巻が言った。
「確かにやりすぎたかも知れぬな。では、午後はわしは戦わず、普段通り素振りをしている。」
 擦盛が苦笑いしてこういうと、他の侍がため息をついた。よほどつらい戦いであったようだ。
「おいおい、戦では待ってくれと頼んでも、誰も待ってはくれぬのだぞ。」
 擦盛は笑いながら付け加えた。

 午後は砂登季は素振りをせずに、木刀を構えたまま静止していた。表向きは精神を集中させているように見せるためだが、実際は以前のように霊力を引き出せ るように訓練をしていたのだ。体内部に霊力を高め、一気に消滅させる。このようなことを何度も繰り返した。また、周りの侍が疲れていると、周囲に適度な風 を吹かせた。心なしか、以前よりも自由に霊力を扱えるようになった気がした。
 そんなことをしていたとき、ふと建物の上に霊体がいることに気づいた。どうやら僧侶らしい。
(妙求寺の人間が偵察に来たのか・・・。さすがに泳がせておくわけにはいかぬだろう・・・。)
 そう考えたが、妙求寺は仁海がいた寺である。そのために、僧侶に攻撃を加えるのは一瞬ためらった。しかし、時代が変わればそれぞれの立場が違うと言うこ とで砂登季は攻撃を加えることにした。
(仁海殿、時代の変化を呪ってくれ・・・。)
 木刀を振るように見せかけて、砂登季は霊波を僧侶の霊体に浴びせた。その瞬間、霊体は苦しみだし、寺へ戻ろうとした。しかし、砂登季はそれを許さず、霊 気の糸でぐるぐるに縛り上げた。
(私の霊力がどこまで回復しているか調べるとするか・・・。)
 霊力者にしか見えないが、空間に亀裂が走り、中から漆黒の闇が見えた。その闇はブラックホールのように僧侶の霊体を吸い込むと、ゆっくりと閉じていっ た。砂登季はどこか分からぬが未知の世界に僧侶の霊体を閉じこめてしまったのだ。
(・・・、いつの日か空間というものに裏側があると感じていたが、この様に行き来できるとは。まぁ、あの程度の霊力ではたぶん再び戻ることはできまい。)
 そんなことを考えながら、砂登季は不気味に笑った。その顔を見て血の気の引いた瓦場へ「隙あり」の声と共に利久道がとどめを刺していた。

「大変だ。偵察に言った霊体がいっこうに帰ってこない!」
「他に霊体をとばしてみたのか?」
 祈りをあげていた僧侶たちへ向かって、一人の僧侶が駆け込んできて叫んでいる。祈りを中断されて不快な顔をしながら、一人の僧侶が受け答えを始める。
「飛ばしたも飛ばした。」
「なんだ、その日本語は・・・。まぁいい、何人だ?」
 祈りを中断されたのがよほど嫌だったらしい。言葉が妙にとげとげしい。
「全部で十人だ。誰一人帰ってこない!」
「何?」
 その時、周りにいた僧侶たちも事態の重大さに気づいたようだ。
「うーむ、分かった。高位の方々に相談してくるから、お前はしばらく持ち場へ戻っていろ。」
「はいっ。」
 数分後、先ほどの僧侶が現れた。
「私が霊体を飛ばす。いいか、この砂時計がからになっても戻らなかったら、お前は偵察の中止を訴えにいけ。」
「・・・はい。」
「では、行って来る。」
 僧侶は座禅を組み、祈り始めた。この祈りとは、決して自分に秘められた能力を呼び起こす覚醒のような作用があるのではない。ただ霊力を効率よく発生させ るためであり、霊力を発生させることにのみ意識を集中させるためのものである。同様に、印を結んだり、座禅を組んだりするのも、ただのマインドコントロー ルであって、特に意味はない。
 しかし、かなりの霊力の持ち主は、霊力を高めることにより天上界の神々がそれを感じて力を貸してくれるらしいが、そのような力量の持ち主は数少ない。
「・・・。大きい砂時計だ。初めて見たよ・・・。」
 僧侶はぼんやりと膝くらいまである巨大砂時計と、座禅をして微動だにしない十一名の僧侶たちを眺めた。
(どうして帰ってこないのだろうな? 霊体ならば死ぬはずはないのに・・・。)
 まさか異世界に閉じこめられたとは夢にも思わない僧侶であった。
 砂時計はどんどん流れ落ち、ついに上が空になった。禅を組んでいる僧侶を、おそるおそる叩いたり揺すったりしたが、いっこうに動かない。もう、何がなん だか分からないが、僧侶は部屋を飛び出し、訴えに行った。

「おぉ、ずいぶんと擦盛殿に絞られたようだな・・・。」
 利久道に耕宇が話しかけてきた。耕宇は沢釜師の部隊に配属されている。
「へっへっへ、擦盛殿はやはり強いよ。俺ら九人が一気にかかってもかなわなかった。」
 利久道は完全にお手上げという仕草をしてみせた。
「そんなことを一日中やってちゃぁ、そうなるわな・・・。」
「いや、半日だけだ。午前中でこのありさまさ。自分が情けなくなるよ。」
 その言葉を聞いて、耕宇は唖然とした。
「擦盛殿、午後はずっと精神を統一させていたのですか?」
 部屋の奥にいた擦盛に沖東山が話しかけてきた。
「まぁ、そんなところだ。おっと、顔に土が・・・。」
「ありがとうございます。しかし、半日も同じことをしてよく飽きませんね。」
「それはおぬしにも言えるだろう。よく半日も試合を続けて飽きぬな。」
 まぜっかえされて沖東山は苦笑いをしている。
「ところで、時々擦盛殿は笑っていたようだが、何かあったのか?」
 擦盛はちょっと考えてから言った。
「なに、鳥を見ていただけさ。屋根に止まる鳥を・・・。」
「そうですか・・・。」
 沖東山は納得いかないようだ。それもそのはず、鳥を見て不気味ににやける人間などまずいない。
「気をつけろ、妙求寺の人間が時々、偵察に来ているからな・・・。」
「えっ?」
 突然、擦盛がこの様なことを言い出すので、沖東山は驚いている。
「わしらが庭で訓練しているのも見ていた。」
「全然気づきませんでしたけど・・・。」
「それはそうだろう。やつらは霊体となって探りに来ているのだ。霊力者や、卓越した精神を持つものにしか姿は見えぬ。」
「・・・。擦盛殿、まさかおぬし、見ていたのは鳥ではなく・・・!」
「そう大声を出すな。霊体とは幽霊のようなもので、壁をすりぬけ、攻撃を加えることはできぬ。じたばたしても、どうにもならぬよ。」
「・・・。」
 沖東山は改めて妙求寺の驚異を感じたようだ。こんなことを話しても、擦盛の表情はあまり変わらなかった。偵察に来た霊体を全て異世界に閉じこめたという 自信からであろう。
「風が強いな・・・。」
 ぼそっと擦盛はつぶやいた。彼は薄い霊気の霧を屋敷全体に漂わせ、不審な人物が来てもすぐに対処できるように準備を始めた。

「明日の朝、出兵せよ。」
「はっ。しかし、宣戦布告はしなくてよろしいのですか?」
 足増将軍と家来が話している。
「何を言う。相手は僧侶で武士ではないではないか。そのような人間に武士道が通用すると思っているのか?」
「申し訳ありませぬ! では、明日の朝、出兵できるように準備をいたします。」
「うむ。敵を欺くには・・・、というがおぬしには負担をかけてすまないと思っている。」
「そのようなことはありませぬ。どうか、私のことは気にせず、指示をお与え下さい。」
「そうか。では、頼んだぞ・・・。」
「はっ。」
 家来は一礼してから、部屋を出ていった。今夜は忙しくなりそうだと思うと、普通の人間は気が滅入るだろうが、彼の目は血走り、仕事を与えられた喜びで一 杯のようであった。

「起きろ! 戦いの準備をして、正面門へ集まれ!」
 日が昇るか昇らないかの時に、砂登季たちは起こされた。女中が持ってきたお茶とにぎりめしを眠気覚ましに食べながら、鎧を着て、めいめいの武器を持っ た。
「・・・? 何だろうな。」
 誰かがそう言ったが、言った本人もそれ以外の人間も今日戦があるということは分かった。
 侍たちはぞろぞろと正面門へ集まった。そして、それぞれ配属された人間の後ろに並んだ。しばらくすると、侍たちよりも粗末な鎧を着た農民たちが、槍を手 にして不安そうに歩いてきた。また、見たことのない他国の部隊もやってきた。
 最後に、足増将軍とその側近たちが歩いてきた。両脇を固めるのは、年輩の老人二人であり、かなりの知恵者のようである。そして、将軍の身の安全を守るの は、関西最強と歌われる五十嵐と依田優の二人である。両人とも頑丈そうな鎧を身にまとい、たくましい馬に乗っている。
「お主たちは足増将軍に忠誠を誓うか?」
 足増将軍の側近の一人がしゃがれた声で叫んだ。
「おうっ!」
「将軍に仕えると言うことは、幕府の頂点に立つ源一族に忠誠を誓うと言うこと。お主たちはこのことを理解できるな?」
「おうっ!」
「それでは、幕府体勢を揺るがす朝廷をお主たちは許さぬであろう?」
「おうっ!」
「ならば、近頃足増将軍の忠告をいっさい無視し、朝廷とつながっている妙求寺と天坂大社は無用の存在であろう!!」
 そこまで言った時、足増将軍が馬を前に進めた。
「予に従い、あの寺と神社をつぶす! さぁ、付いてこい!!」
 五十嵐、依田優を両脇に従え、足増将軍を戦闘にした部隊、約六百名が城から出ていった。

 足増将軍を先頭にした集団は、土煙を上げながら黎明の世界を駆け抜けていった。街をぬけ、人気のない道を走り続けた。気づけば山を越えて、妙求寺と天坂 大社を見上げる位置で止まった。
 先頭の人間たちは馬に乗っており、たいていの人間は徒歩である。しかし、誰一人として「疲れた」とは言わなかったし、その場に座り込むことはなかった。 皆、何か熱いものに突き動かされているようであった。
「・・・。」
 周りの人間はこそこそと何か話しているが、砂登季は無言で周囲を調べていた。彼の放つ霊波は、いつから付いてきたか分からない僧侶の霊体をとられてい た。霊体は、寺院に何かしら連絡をしている。暗号を使っているようで内容は分からないが、現在の様子を伝えていると言うことは分かった。
(さて、この霊体をどうしたものか・・・。) 
 空間に亀裂を入れるにしては、人間が密集しすぎており、見方を巻き沿いにする危険がある。異世界へ霊体を吸い込む亀裂は、肉体を吸い込まないという保証 はないのだ。
 擦盛はのびをする振りをして、霊体に強烈な霊波を送った。決して相手を殺すことはできないが、霊体は霧が晴れるように消えていった。きっと、霊波の圧力 に耐えきれず、肉体へと戻っていったのだろう。
「・・・!」
 砂登季の放った霊波に、皆口も気づいたようである。あわてて、足増のもとへ走り寄って、こういった。
「殿、どうやら寺の僧侶たちは霊体を用い我々を監視している模様です。」
 足増も霊力に多生の心得のある皆口の意見を無視できない。
「誠か?」
「えぇ、先ほどかすかに不自然な霊気の動きを感じました。」
 その”不自然な霊気の動き”は、僧侶が作ったものではなく、砂登季の生み出したものである。
「なるほど・・・。相手が気づいているとなれば、奇襲も意味はなさそうだ。さて、あの朝日が完全に姿を現す頃、一気に攻め込もうぞ。」
 まるで決意のような口調で足増は言った。そこへ、側近の老人が意見してきた。
「殿、一気に攻め込むのは不可能でしょう。相手が我らに気づいているのならば、きっとどこかに陣を構えるはず。はじめの攻撃は陣を崩すことを念頭に置くべ きです。」
「・・・。確かにその通りだ。おぬしにはよく世話になるな・・・。」
 足増は不快な顔一つせず、老人の意見を受け容れた。
「皆のもの、よく聞くがいい。あの太陽が山から現れた時、攻撃を仕掛ける。どうやら敵は既に我らの存在に気づき、陣を構えている模様。まずはその陣を崩 す! 出撃の準備をせよ!!」
 老人のしゃがれた声が、大群を率いる五十嵐や依田優などの重要人物に伝えられ、彼らはそれを部下に伝えていった。まだ太陽は、山頂からほんの少し顔を出 したばかりである。太陽を見ながら、一同の緊張は高まっていった。

「どうやら、戦わざるを得ぬな。まあよい、朝廷のために戦おうぞ。そのための僧兵だ。」
 妙求寺の大幹部たちの意見はすぐに決まった。
「よし、足増将軍の陣を取っている位置を考えると・・・、このあたりへ我らは陣を構えればいいだろう。」
 地図を指さし、僧侶の一人が言った。その位置を見て皆がうなずく。今すぐ将軍たちが動き出しても、しっかりとした陣を構えることができる位置であった。
「それでは、僧兵に報告します。」
 一人の僧侶が印を結び、寺の僧侶と天坂大社の神官たちへ内容を伝えている。

 僧兵たちは手に手に武器を持って、寺院から出ていった。皆、粗末な鎧を着てぶつぶつと念仏を唱えている。これはただ精神を安定させるためだ。
 僧兵の中にはたいした霊力者はいない。霊波による通信が理解できる程度で、相手を攻撃することができる人間はほんの一握りしかいない。しかし、霊力者が 暗示をかけることで、普通の人間と桁違いの運動能力を持つことができる。
 僧兵の中に、ぱらぱらと法衣だけをまとった僧侶がいる。これが、僧兵に暗示をかける霊力者である。彼らは僧兵の運動能力が高まるように必死で霊波を送り 続けている。
 僧兵たちは予定の位置に着き、陣形を整えていった。もう、どこから攻めてもいいという雰囲気である。そして、霊力者たちは暗示をかけ終わり、相手がどこ からくるか霊体で監視している。
「うっ!」
 こんな声を上げながら、霊体が肉体に戻った僧侶が数名いた。
「来る・・・。」
 苦しそうに僧侶はいい、僧兵たちの緊張は高まった。

(多くの霊体が監視している・・・。)
 霊体の存在に気づくと、砂登季は素早く退治した。足増将軍の部隊はゆっくりと前進している。正確に言うと、農民たちで編成された歩兵部隊が最前列、その 後に大砲部隊、そして、皆口、沢釜師、砂登季が率いる部隊である。その後に五十嵐や依田優が率いる足増将軍直属の部隊である。
「僧兵の陣が見えてきました!」
 歩兵部隊を率いる人間が五十嵐へ報告している。
「よし、程良い距離になったら待機しろ。殿の合図を待て!」
「はっ!」
 その報告を聞いてから、数分後、足増将軍の陣は止まった。目を細めると、ゴマ粒ほどの大きさで僧兵たちの姿が見える。
(さすがに相手も警戒してか霊体を送ってこないな・・・。)
 砂登季は霊体の姿を探したがいないようだ。試しに自分から霊体を送ってみようかとも思ったが、霊体を送っている時は死人と同様で誰から攻撃される危険も あるし、何よりも植物人間のようになるので周りに怪しまれると思い、やめた。
 前方にいる農民たちは、突撃がいつになるのかとびくびくしている。その後ろに控える大砲部隊は必死で大砲に砲弾と火薬を詰めている。そして、擦盛たちは 一旗揚げようと目が血走っている。
 余談だがここでいう大砲部隊とは、遠距離から相手を攻撃するという役割はほとんどない。当時の大砲は非常に精度が悪く、狙うに狙えないのだ。そのため に、”もしも当たったら必ず死ぬ”ということは皆知っているが、”自分に当たることは無いだろう”と思っている。しかし、実際の戦闘中となるとどういう具 合か”もしかしたら当たるのではないか?”という恐怖の方が先に来るらしく、相手の士気を下げる効果があるのだ。むろん、発射する時を間違えると味方の士 気までも下げてしまうのだが。
「いざ、出撃!!」
 足増の側近で弓の名手、佐間割という人物が天に矢を放った。ピューッと大きな音がして、歩兵部隊が絶叫しながら走っていく。農民である彼らに武術の心得 などあるはずがない。ただ、槍を前に構えて走っていくのだ。
 途中でこけるものもいたが、多くの人間が僧兵と衝突した。当然、槍はかわされ、農民たちはさんざんに痛みつけられている。
「第二部隊、前へ!」
 その合図と共に、砂登季たちは走り出した。その瞬間、大砲部隊が一斉に発射した。砲弾はそれぞれ変な方向へ飛んでいき、あちこちで土煙が巻き起こった。
「はっ!」
 擦盛は父親の剣で僧兵を次々と切っていった。たいていの人間は胴体を真っ二つにされている。また、攻撃の合間合間に霊波を送り、自分たちの周りにいる僧 兵を吹き飛ばしている。
 先に突撃した農民たちは、血まみれになってその辺に転がっている。そして、後から来た侍たちに踏みつぶされ、口から血を吐き絶命している。
 皆口と沢釜師の部隊は、砂登季たちの部隊と比べ苦戦しているようであった。それもそのはず、霊力で暗示をかけられた僧兵は風のように舞い、次から次へと 攻撃を仕掛けてくるのだ。擦盛の動きには及ばずとも、相当の素早さである。それに気づいた砂登季は、霊力を高め僧兵の暗示を解くことにも気を回さねばなら なかった。
「おっ、敵の動きが鈍ってきている! これを機に、一気に攻め込むぞ!!」
 皆口も沢釜師も戦いになれた人間である。暗示が解けた僧兵の変化に素早く気づき、味方の士気を高めようと声を張り上げている。
「おうっ!」
 侍たちもその声で、僧兵の変化に気づいたらしい。侍たちは徐々に僧兵を圧倒し始めた。
「相手は徐々に後退している。一人も残すな!!」
 今度は擦盛が声を上げた。普段は無口な擦盛の変化に一同一瞬唖然としたが、すぐに攻撃態勢に入った。擦盛はまるで軍神のように必死で攻撃してくる僧兵を 容赦なく斬りつけていった。すでに彼の剣は血で真っ赤に輝き、肘から切った人間の血がしたたっている。
 こんな状況がしばらく続いた後、僧兵たちは逃げ始めた。もはや、今の現状では相手に攻め込むのは不可能との判断が下ったのであろう。しかし、闘志をむき 出しにしていた砂登季に容赦はなかった。彼は僧兵の後ろに火をつけ、彼らの逃走を完全に防いでしまったのだ。自分の身長の倍以上の火柱が延々と続いている 光景を呆然と眺めていた僧兵は、恐怖におびえた目で侍たちへと突撃していった。それはあまりにはかない抵抗であったが、それに情けを感じる者は一人もいな かった。
 抵抗してくる僧兵が一人もいなくなったのを確認した砂登季は、雨雲を呼び火を消した。侍たちは突然あがった炎や、雨に疑問を感じたが、自分たちに勝機が ある証拠と喜ぶだけであった。

 前方の火が見えなくなり、ところどころ煙が上がっている。そのとき、後方から五十嵐や依田優の部隊が歩いてきた。
「もう少し苦戦すると思ったが、意外とあっさりと突破できたな。」
 五十嵐は周囲に転がっている死体を見渡した。
「とはいえ、僧兵も神官もこの程度しかいないはずがない。さぁ、この勢いに乗って一気にたたきつぶそうではないか!」
「おうっ!」
 勝利の喜びによった侍たちが一斉に声を上げた。
「ところで・・・。」
 そこへ、彼らの喜びをさますかのように冷たい声で、将軍の側近である老人が現れた。
「最前列の歩兵の被害はどの程度だ?」
 老人の乗る馬の前へ指揮官が歩み寄り、ひざまづく。
「残念ながら、八十人中生き延びたものは二十五人です。そして、まともに戦えるものは、わずかに十人でございます・・・。」
「・・・。まぁ、野良仕事をしていた者ばかりだ。常に体を鍛えている僧兵にはかなわぬだろうな・・・。魎山! 先頭に立て!!」
「はっ!」
 一人の中年男性が馬に乗って現れた。出陣の時は依田優の部隊に配属されていたようであるが、彼の後ろには五十名ほどの歩兵が続いている。
「敵の拠点に近づくほど、より防御が強固になり突破しづらいと思う。おぬしの指揮に期待しているぞ・・・。」
 老人はそう言って奥へ引っ込んでしまった。
「全員、前進しろ!」
 五十嵐の声で、ホラ貝が吹かれ全員がゆっくりと前進を開始した。
 擦盛が率いる侍たちは、幸いにも死傷者が一人も出なかった。正確に言えば、かすり傷程度の人間はいたが、戦闘に支障が出るような人間は一人もいない。こ れも砂登季の高すぎる戦闘能力のおかげかも知れない。侍たちは体に付いた土を払い落としながら歩いていた。
 砂登季は自分の周囲に霊気を漂わせ、霊体の接近を調べていた。妙求寺にかなり近づいてきたのだが、いっこうに変化がない。周りの人間も、そして砂登季も そのことに疑問を持ち始めた。
「全員、ここで待機。」
 五十嵐の声がして、全員がその場に腰を下ろした。座っている人間の合間を縫って、小柄な青年が偵察に向かっていった。
(あの男だけではこころもとない。)
 砂登季はそう感じ、沖東山に声をかけた。
「わしはちょっと寝る。何かあったら起こしてくれ。」
「はい・・・。」
 擦盛の言葉に疑問を感じたが、有無を言わせず擦盛は目をつぶり、うつむいた。どこからどうみても眠っているようにしか見えない。

 砂登季の霊体は偵察の人間を追い越し、ぐんぐんと妙求寺に近づいていった。寺の周囲には奇妙な結界が張られているが、この程度の結界では砂登季の侵入を 防ぐことはできないだろう。
 妙求寺の門の前に、十数名の僧兵が並んでいるのが見えた。逆に言えば、足増将軍の部隊が待機している地点からここまで誰もいないのである。
(背水の陣とかいうやつなのであろうか?)
 砂登季は僧兵の一人に霊波を浴びせ、彼を狂気の中へ落とし込んだ。砂登季の術にみごとにかかってしまった僧兵は、目を血走らせて仲間へ斬りつけてきた。 仲間は一瞬動揺したが、すぐに押さえ込もうとした。しかし、どういうわけか全く取り押さえることができない。五人が思い思いにつかみかかってもはじき飛ば されてしまう始末である。まさか足増将軍側の人間が霊力を使うとは考えてはおらず、突然の発狂としか考えていないようだ。
 僧兵の一人が異常を感じ、援軍を求めに門をぬけていった。砂登季は取り押さえようと努力している人間をもう一人狂気の中へ落とし、境内の中へ入っていっ た。
「大変です! 門を警備していた人間が発狂しました!」
「何? 発狂? 昨日の霊体が帰ってこない件といい、足増将軍に仕える霊力者でもいるのか?」
 カンはよいようであるが、どの僧侶たちも砂登季の霊体が通り過ぎるのに気づかない。砂登季も必死で霊気が漏れ出すのを防いでおり、当然と言えば当然なの だが。
 僧兵の報告により、建物の一つから十数名の僧兵が門へ向かって走っていく。彼らが門をぬけて、”発狂した人間”を取り押さえるべく奮闘しているのを確認 した後、砂登季は境内の建物へ次々と火を放った。火といっても、たばこの火から発生するちょっとしたものではない。建物は轟音と共に真っ赤に燃えあがった のである。轟音は境内全体に届いただろうし、足増将軍の部隊も聞きつけたであろう。僧兵の発狂といい、突然の出火といい、境内の僧侶たちはただおろおろと するばかりである。それを笑いながら、砂登季は寺院の奥へと移動していった。
(仁界殿と出会った寺と造りは似ている・・・。ならば、奥にはさぞかし優れた霊力者がいるであろう・・・。)
 この時、砂登季は自分一人で寺院を壊滅させようと決意した。いくら腕がたつ侍が多くいても、霊力者に勝てるとは思えない。砂登季は通り抜けた建物へ次々 と火を放ち、手頃な人間を見つけては発狂させていった。あっという間に境内は大混乱である。

「うーむ。とてつもない霊力を持った人間が侵入したようだな。」
 山腹に位置する妙求寺で、一番高いところに建てられた建物。その中で、五人の老僧が話し合っている。彼らはこの寺院の中で、もっとも霊力の高い僧侶たち である。彼らは火を消すとか、発狂した人間を正気に戻すとかいうことは一切しようとしていない。
「まったく、他の僧侶たちは何をやっているのだ? そろそろ火を消してもいい頃ではないか!」
 一人の僧侶がいらいらして言う。
「まぁまぁ・・・。若い頃はわしらもすぐに慌てたものだ。そのようにとがめるのはやめて、雨雲でも呼ぶか・・・。」
 隣に座っていた僧侶は、そう言って印を結んだ。すぐに上空が曇り始め、雨がぱらぱらと降ってきた。しかし、雨雲を呼んだ僧侶は満足そうに目を開くどころ か、何かにおびえるような顔になった。
「どうしたのだ?」
「侵入してきた霊体、ただ者ではなさそうだ・・・。」
 僧侶がそう言った瞬間、雨雲の様子が一変した。ゴロゴロと不気味な音を立てたかと思うと、追い打ちをかけるかのように建物へ雷を落とし始めたのである。 それだけにとどまらず、慌てて逃げまどう僧侶の中へも次々と雷を浴びせかけた。あたりには、ぬれた土のにおいと、木が燃える独特のにおい、そして肉が焦げ たような臭いが広がっていった。
「くっ、これは天坂大社の神官の方々にも協力を求めた方がいいのではないのか?」
 障子を開いて、めらめらと燃えている境内の建物を見た僧侶が言った。
「そのようだが、呼ぶ必要はなさそうだ・・・。」
「何?」
 妙求寺の唯一の出入り口、つまり僧兵が発狂して暴れている場所なのだが、そこから神官が次々と入ってきた。
「まるで怨霊のような霊力者が侵入してきたようですな。」
 ふわりと高齢の神官が僧侶たちの部屋に現れた。
「おぉ、統神官殿、このような事態になってしまいこちらとしても非常に情けない。協力、感謝します。」
「いやいや、感謝は霊力者を追い出してからです。幕府から主権を取り戻すまで、我々はここへ存在し続けねばなりません。」
 統神官と呼ばれた老人は、きらきらと光る目で僧侶たちを見渡した。
「ところで、その霊力者はどのあたりにいるのですか?」
 一人の僧侶が統神官に聞く。
「あいにく、門から一直線にこちらへ来ましたが、気配を感じませんでしたよ。霊力者は、あの山の頂上にでもいるのでは?」
「そうだろうか? わしが呼んだ雨雲を支配し、建物に雷を落とすようなことがあの距離からでも可能なのだろうか?」
 神官の答えに、僧侶が反論する。さすがに神官もこのことを聞いて黙り込んでしまった。
「うーむ、たしかに私も山の頂上から雷を正確に落とす自信はないですな。と、いうことはこの境内のどこかに・・・?」
 神官が門の方を見た瞬間、僧侶たちがいる建物周辺を警備していた僧侶の体が破裂した。地面に敷き詰められた白い砂に、赤い血だまりが生まれた。
「!!」
 あまりにもむごい光景に、一同は固まった。彼らはそこに間違えなく霊力者がいると思った。いや、実際にそこに砂登季はそこにいたのだ。しかし、僧侶たち には砂登季の霊体は見えなかった。なぜなら砂登季の霊体から漏れ出す霊気があまりにも少ないために、分からないのだ。
「・・・!?」
 目の前に霊力者も、その霊体もいないことが分かり、僧侶たちは周囲に注意を配り始めた。しかし、彼らが探しているものの気配は全くない。
 一方、砂登季も僧侶の死体の上で建物内の様子をうかがっていた。僧侶たちの霊力はどれも砂登季のそれには及ばないが、全員が一斉に攻撃してきた場合、そ れをはねのけることはできそうにないからだ。
(あの僧侶と神官は私に気づいているのか?)
 砂登季は危険と思いつつも、目の前の白い砂を浮かせた。砂はまるで誰かに蹴られたかのように一瞬、宙を舞い地面に落ちた。そして、その音に気づいた僧侶 たちの視点は砂周辺に集まった。
「何だ? 威嚇か挑発か?」
 僧侶の一人がそう言った。相変わらず彼らには砂登季の霊体を感じることはできていない。そのことを確信した時、砂登季は建物へ一気に近づいた。そして、 ちょうど目の前に立っていた僧侶に霊波を送った。
 砂登季の送った霊波は、僧侶の体内に蓄積し爆竹のように破裂した。圧縮された霊波を感じることなく僧侶の体は肉塊へと変わった。その一瞬の出来事にあた りは凍り付いた。僧侶と神官はその時に事態の重要さに気づいた。
(自分たちには到底かなわない何者かが我々をねらっている!)
 僧侶と神官は慌ててその場にしゃがみ込み同じ呪言を唱え始めた。これは天上界にいる仏へ訴えかけるためのものである。仏へ訴えかける呪言の中でももっと も有名なために神官も覚えており、統神官もその場で唱えている。僧侶たちは、謎の霊力者を仏の力を借りて退治しようとしているのだ。
 僧侶たちが呪言を唱え始めた時、砂登季は異常を感じて攻撃をやめた。僧侶たちの霊気がどんどん上空へと昇っていくのが分かった。
(何かある。しかし、いったい何が?)
 僧侶たちの周りにはどんどんと霊気がたまっている。この僧侶たちの霊気を相手にしつつ、境内の建物に雷を落とすことは同時にできないと砂登季は感じて、 少し考えた。砂登季が雨雲の上にいる二人の霊力者の存在に気づいたとき、彼の表情が一段と引き締まった。
 砂登季は建物から離れ、上昇した。未だに境内の上にたれ込めている雨雲を突き抜けたところで止まった。
「誰だ!?」
 赤い顔に茶色い怒髪、不気味に輝く目を持った雷神と風神が砂登季の霊体に気づいて近寄ってきた。
(さすがに神だ。私の微量な霊気にも反応する!)
 そんなことに感心しながら砂登季は口を開いた。霊体が話す言葉は霊力者にしか分からないが、神である雷神たちには問題なく届いている。
「この境内の建物を全て破壊してくれ。」
「それはできぬ! そのようなことのために我々はいるのではない!」
 風神や雷神とは人を困らせ傷つけるために存在しているのではない。砂登季の願いは明らかに彼らのつとめに反していた。しかし、砂登季はそれ以上何も言わ ずに彼らに霊波を浴びせかけた。
「うーむ・・・。」
 相手を威圧するかのような鋭い眼光が風神と雷神から失われ、彼らは砂登季の前にひざまづいた。そして、砂登季に対して恭しく礼をしてこういった。
「ご指示を・・・。」
 砂登季は満足そうにこう言った。
「境内の建物を全て破壊しろ。終了し次第、立ち去れ!」
「はっ。」
 風神と雷神は砂登季の前から立ち去り、突風を巻き起こし、雷を落としている。
(よしっ。)
 砂登季は地上に戻った。そして、建物の中で祈り続けている僧侶たちの様子をうかがった。僧侶たちは未だに祈っている。彼らの祈る声は、雷と突風でまった く聞こえないが、彼らの周りに漂う霊気はかなりの大きさになっている。
 そんな中、黒い空が一瞬光った。その光は一直線に砂登季の頭へと振ってきた。彼は難なくそれをかわしたが、それだけでは終わらなかった。光は地面に落ち る瞬間に直角に曲がり、砂登季めがけて突進してきた。
(何だ? この光は?)
 近づいてきた光を砂登季は霊波で吹き飛ばした。しかし、光はそれでも彼に向かって飛んでくる。まさか、仏が僧侶たちに力を貸し、このような光を地上へ落 としたとは夢にも思わない砂登季であった。
(くっ、このままではらちがあかない!)
 再び光をはじいた瞬間、最後に残された境内最上段の建物に雷が落ちた。中には寺院の実力者と神官が仏に祈りを捧げており、雷により焼死したかに思えた。 しかし、彼らの周りの霊気が雷の侵入を防ぎ、僧侶たちの周りだけは無事残っていた。
(原因は僧侶たちか?)
 砂登季も霊力を高め、祈り続ける僧侶たちの中へ入った。そして、砂登季は高めた霊気を一気に放出した。まわりの僧侶たちがその場に崩れ落ちる。それと同 時に光も、僧侶を取り巻く霊気も消えた。
(本当は僧侶全員を霊波で粉砕し殺すつもりだったが、まぁいい。これで妙求寺は壊滅した。)
 僧侶たちの霊波は砂登季の霊波の威力を抑えることはできたが、完全に防ぐまでは至らず、全員が気絶しているように見えた。
 砂登季が上を見上げると、雨雲が引いていた。彼はそれを確認し、一気に肉体へと戻っていった。

 擦盛が目を開けると、沖東山が声をかけてきた。
「擦盛殿、妙求寺から煙が上がっていますよ。」
「何?」
 擦盛は目をこすりながら、寺院の方角を見た。確かに煙が上がっている。
「偵察に行った人間はまだ戻ってきておらぬな?」
「えぇ。」
 もうしばらくすると、寺院の壊滅を報告しに帰ってくるだろうと砂登季は思った。
「何があったのでしょうね?」
「さぁ・・・。火事・・・かな?」
 擦盛も分からないといったふりをして、沖東山の問いに答えた。
(さて、問題は天坂大社だ。足増将軍がそちらも攻めるというのならば、いずれつぶしてならぬだろう・・・。)
 擦盛は難しい顔をして腕を組んでいる。
「先ほどは火で僧兵の逃走を妨げたと思えば、今度は寺院の火事か・・・。これは俺らに有利という証拠ではないか?」
 利久道がうれしそうに話している。

「おい、起きろ! 早く!! おい!!!」
 遠くからこのような声が聞こえてきたと思ったら、激しく自分がゆれた。僧侶はゆっくりと目を開けると、心配そうに見つめる仲間の顔が見えた。
「ん・・・ん?」
「しっかりしろ! これを見ろ!」
 僧侶は顔を起こし、仲間の指の先を見た。目の前には自分たちが修行している境内が見渡せるはずであった。しかし、目の前には焼けこげた建物といたるとこ ろに転がっている死体しか見えなかった。
「・・・!」
 僧侶はつい先ほど自分たちの目の前で起きていた出来事を急激に思い出した。彼は自分の心が破裂するかと思った。
「嘘だといいのだが、信じるしかないようだ。我々の霊力が及ばぬばかりに・・・。」
 仲間は彼の気持ちを察して声をかけた。
「仁海殿・・・、それは貴方の言うせりふでは・・・。」
 仁海と呼ばれた僧侶は門のあたりを指さした。けがをして歩けない仲間に肩を貸し、外へ出ていく僧侶の影が見えた。
「仁海という名をもらって以来、私の役目はここの人間を守ることであった。いや、妙求寺ができてから、仁海の名を持つ僧侶たちはそれが役目であった。しか し、私は・・・。」
 仁海は悔しそうに目をつぶりしゃがみ込んだ。
「私は・・・、六代目仁海の名前を貰うべきではなかった!!」
 僧侶は悲しそうな顔をしている。
「仁海殿、そう気を落とさぬように。ところで、曙終腎(しょじゅうじん)殿は?」
 曙終腎とは、妙求寺でもっとも実力の高い人間に与えられる名前であった。彼は、仁界のように僧侶たちを守るという役割はなく、とにかく妙求寺の僧侶を統 率するという役割だけを持っている。
「曙終腎殿は、先ほど霊力を使い果たし他界してしまった。今は私ではなく、望隆(もうりゅう)殿が僧侶たちを統率している。」
「そうか・・・。」
 僧侶は残念そうにつぶやいた。そして、すくっと立ち上がった。
「まぁ、曙終腎殿に次ぐ地位を持つ仁海殿と望隆殿が無事でよかった。それで、望隆殿は何と?」
「すぐに天坂大社へ向かうようにとのことだ。足増将軍は間違いなくそこを攻めに来る。その時に大社の人間と協力し、相手を追い返すそうだ。」
「なるほど。それで、仁海殿はここでまだ生きている人間を捜していると・・・。」
「その通りだ。」
 僧侶は法衣に付いた泥を払いながら、あたりを見渡した。
「ずいぶんと長いこと眠っていたが、まだまだ大丈夫だ。仁海殿、私も手伝おう。」
「すまない。」
 二人の僧侶は、下の方に見える建物へ向かって歩いていった。

 林の向こう側が騒がしくなったかと思うと、中から侍が飛び出してきた。草や石につまづきながら、座っている侍たちの方へ走ってくる。
「も、申し上げます!」
 馬に乗っていた老人が歩み寄ってきた。
「はぁ・・・はぁ・・・。妙求寺の境内は全焼し、僧侶の姿は全くありません。どうやら、あの轟音と煙は間違いなく火事のようです。」
「そうか・・・。ご苦労であった。」
 老人は奥へ引っ込んでしまった。
「殿、あの煙は火事のようです。そして、報告によると境内には僧侶の姿はないそうです。」
 足増将軍はあごひげをかいて、ちょっと考えるそぶりをした。
「妙求寺の僧侶の一部には高度な霊力とやらを使うというが、あの火事も幻ということはないだろうか?」
「そ、それは・・・。」
 家来の老人も自分の目で見たわけではないので、どうしても自信は持てない。
「かといって、ここでとどまり様子を見ているわけにもいかぬな。」
「えぇ。ここは前進してみるのが得策かと思います。」
 もう一人も足増に意見した。
「確かに。それでは侍たちも休んだことだろう。すぐに前進せよ。何か異変があればすぐに伝えるように。」
「はっ。」
 足増の指示は五十嵐たちへ、そして侍たちへと徐々に伝わっていった。それから、ホラ貝が鳴り侍たちはゆっくりと前進した。

 擦盛たちの部隊も当然、前進していた。砂登季は周囲に気を配りながら前進していた。僧侶や神官からの攻撃があるとは思えなかったが、注意するに越したこ とはない。
「おっ、妙求寺が見えてきたぞ。大きい寺だなぁ・・・。」
 足増将軍の屋敷と引けをとらないほどどこまでも続く塀が見えてくると、利久道が思わず簡単の声を上げた。
「確かに大きいですね。やはり煙が立ち上っているようですが。」
 沖東山も相づちを打つ。
「・・・。」
 砂登季は表情さえ変えなかったが、霊気の霧だけではなく、霊波を発して境内の様子を探った。境内には人がいる気配はない。
「全員、待機せよ。」
 再びこのような指示が指示が届いた。皆、妙求寺を見つめながら座り始めた。
「擦盛、お前たちが境内の様子を見てきてくれ。」
「はっ。」
 自分たちも座ろうとしているところへ、五十嵐が現れてこう言ってきた。身分の差があり、逆らえないのだが、皆うれしそうに返事をした。
「それでは、行くぞ・・・。」
 擦盛は武器を構えて、部隊からはずれていった。彼の後ろに沖東山や利久道たちが続いていく。

「こいつはいでぇや。擦盛殿、中に人がいるのですかね?」
 門の前に立ち、利久道がつぶやいた。
 目の前には荒れ果てた建物が延々と続き、所々死体が転がっている。動くものの気配は全く見受けられない。
「人がいるとは思えないが、二人ずつ組になって様子を探ってくれ。」
「分かった。しかし、擦盛殿はどうするのだ?」
「わしは一人で調べる。」
 それだけ言って、擦盛は境内の奥へと走っていってしまった。一同はそれをぼんやりと見つめていたが、やがてお互いに顔を向き合わせた。
「仕方ない、とりあえず分かれようか。」

「・・・、いないな。」
 先ほど老僧と神官がいた建物の様子を擦盛は見ていた。建物は土台を残して跡形もなく燃えてしまっており、僧侶たちの姿も見えない。
 境内の建物を全て破壊したという自信はあるが、僧侶たちを全滅させてはいない。ましてや、老僧たちにはとどめを刺しておかなかったので、どこかで待ち伏 せている可能性もある。
 しかし、あたりは静かで、ときどき建物の崩れる音しか聞こえない。
「本当にいないようだ。」
 砂登季は霊波を送って、様々な場所を調べたが僧侶はいない。
「おーい、戻るぞ。」
 擦盛は叫びながら、門のある場所へと歩いた。建物の影から目をきょろきょろさせている侍たちが出てくる。
「どうだ? 誰かいたか?」
 擦盛の問いに九人の侍は首を横に振るばかりであった。
「では、戻ろう。」
 僧侶たちは天坂大社へ移動したに違いないと砂登季は考えた。
(この侍たちはどう考えているのだろう? 僧侶たちは全滅したとでも思っているのだろうか?)
 そんなことを考えているうちに、擦盛は座り込んでいる侍たちの群れへ着いた。待ちくたびれたような顔をした五十嵐が出てきて、結果を聞いてきた。
「誰もいませぬ。中は火事で焼け落ちて、残っているのは崩れかけた建物と死体ばかり・・・。」
「そうか・・・。やはり火事か・・・。」
 五十嵐は目を細めながら立ち上る煙を見つめた。
「五十嵐殿、僧侶たちは全滅したわけではないでしょうな?」
「うむ。火事で全滅するとは考えられぬ。どこかで奇襲をしてくるかも知れぬが、私は天坂大社へと移動していると思うぞ。」
 五十嵐の言葉を聞いて、砂登季は安心した。僧侶たちが全滅したという考えを広めて、侍たちを安心させてしまうと何が起きるか分からない。もしそんなこと になれば、戦闘中に僧侶が出てきただけで大混乱に陥りかねない。
「それでは、失礼します。」
「うむ、偵察ご苦労であった。」
 擦盛はそう言って五十嵐から離れた。
「いやぁ・・・。後は天坂大社だけではないか! この調子で行けば、明日には戦も終わりそうだな!!」
 案の定、うれしそうに話している利久道の姿を擦盛は見た。
「利久道殿、その考えは捨てた方がいい。」
 突然横やりを挟まれた利久道は嫌そうな顔をした。しかし、横やりの相手が擦盛であったために、その表情はすぐに普通のものにもどる。
「なぜだ? 擦盛殿? おぬしもあの光景を見ただろう?」
「よく考えて見ろ。あの境内の建物の数からして、中で暮らしている僧侶の数は百人以上だ。」
 その時、利久道の目がぴくぴくと動いた。彼は、境内を偵察していた時のことを思い出した。所々に建てられた建物の数と、転がっている死体の数を考えてい るのだろう。五秒ほど間が空いて、利久道は口を開いた。
「はっはっはぁ、その通りだ擦盛殿。全くおぬしの沈着冷静なことと言ったら、一国の将軍のようだぞ。」
 その言葉で沖東山などもうなずいている。
「まぁ、五十嵐殿もわしと同じ考えのため、そのうち気を引き締めようとするだろう。」
「ところで僧侶たちはどこへ行ったのでしょうか?」
 沖東山が心配そうに聞いてくる。
「うーむ。天坂大社へ行ったのか、どこかで奇襲を行う準備をしているのか・・・。」
 擦盛も分からないと言った表情で答えた。
「俺は天坂大社へ行った方に賭けるな・・・。まぁ、一度行った上で奇襲の準備をしているかもしれないが。」
 入船山が口を挟んだ。
「どうであろうか? 拙者は大社の協力は得ずに奇襲を仕掛けてくると思うぞ。」
 瓦場も口を挟んでくる。
「まぁ、どこかで攻撃をしてくることは確かなのだ。その時のために気を引き締めようぞ。」
 めずらしく利久道がまともなことを言った。そのために、周囲の表情が固まる。
「何だ何だ? 擦盛殿がこういうことを言っても皆素直に受け止めると言うに・・・!」
 彼のその言葉で、一同に笑いがはじけた。

 それから数分後、五十嵐と老人が一同の気を引き締めるために声を張り上げていた。彼らの演説が終了すると部隊は天坂大社を目指してゆっくりと前進を開始 した。
 ゆっくりと日が沈み、天坂大社が何とか見える場所まで移動できた。
「全員、ここで待機。」
「いや、今夜はここで野宿だ。」
 この二つの指示が飛び、一同はその場に座った。
「さて、我々も夕食の準備をしようではないか。」
 利久道がみそ汁の具と鍋、そして火種を持ってやってきた。彼は鍋と食材を大切そうに地面に置いて、火種を擦盛に渡した。
「僧兵との戦いで擦盛殿は人一倍戦ってくれた。夕食の準備は俺らがやる。」
 利久道の言葉が擦盛にはうれしかった。擦盛は小さく「すまない」と答えただけであるが、彼の目はそれ以上のことを利久道に伝えていた。
「実際に、擦盛殿は我々の五倍の僧兵を斬っていたからなぁ。」
 瓦場がぼんやりとつぶやきながら枝や木の葉を集めている。
「それだけではない。皆口殿の部隊でも皆口殿は座っているだけだぞ。」
 入船山が指を指した。
「では、利久道殿は座らせておくためだけに・・・?」
「まさか、実際に武勲をたたえたのだろう。」
「そうだろうな。」
 二人は石を積み上げている沖東山と擦盛の所へ歩いてきた。
「それだけあれば十分でしょう。なかなか積み上がらないので手伝ってくれませぬか?」
 沖東山が頼むと、瓦場と入船山は黙ってうなずき、石を探しに行った。
「うーむ、うまくいかぬな。」
 擦盛が置いた石は再び地面に落ちた。
「えぇ、鍋を置くとなるとこのようなことをしなければならないでしょうし・・・。」
 沖東山が石を置くと、周囲の石が全て崩れてしまった。
「おいおい、手際が悪いな。沖東山殿はこの枝を地面に立ててくれ。俺が石を積む。」
 後ろから利久道が現れて、二股に分かれた枝を二本、沖東山に渡した。
「擦盛殿もこの様なことは不慣れと見えるが。」
「あぁ、わしは洞窟のように風があまり吹かぬ場所を選んで野宿をしていたのでな。」
「なるほど・・・。」
 その時になって、利久道はどうして擦盛も手伝っているかについて疑問に思った。
「やはり何もせずに座っていることはできぬ。皆口殿や沢釜師殿と違い、わしもおぬしたちと同じ身分だからな。」
 利久道の気持ちを察してか、擦盛はひとりごちた。利久道はそれに答えずに、もくもくと石を積み上げ、あっという間に立派な壁ができあがった。
「さて、火をおこそうかな。」
 利久道は手際よく枝を集めて火をつけた。火はめらめらと燃え上がった。
 侍たちは近くの小川から水をくみ、鍋に注ぎ具を入れた。着々とみそ汁ができあがっている。そして、丁度いい頃に侍が擦盛たちの部隊ににぎりめしを持って きた。米は足増将軍の近くで一括して炊いたようだ。
「おぉ、すまない。」
 擦盛がにぎりめしを受け取り、侍たちに分けた。
「それでは、食べようか・・・。」

「統神官殿、この様なことになってしまい申し訳ない。」
 望隆が統神官に対して頭を下げている。
「頭をあげなされ。これは誰の責任でもない。」
 統神官は優しそうに声をかけた。
「しかし、私も驚いてしまったよ。我々がいながらこうも簡単に妙求寺を破壊されてしまうとは。」
 統神官はうなるような声で言った。
 建物の中では、天坂大社と妙求寺の実力者が対面して座っている。
「行動から考えればあの霊力者は足増将軍に仕えるものでしょう。しかし、我々の情報網にはそのような霊力者の件は全く引っかかっておりません。」
 一人の神官が意見をした。
「あいにく、我々、妙求寺も同じです。ほとんどの情報を共有しているのでそう大差はないでしょうな。」
 仁海が続けた。
「ところで妙求寺の僧侶たちはどのような状況なのだ?」
 建物内の神官でひときわ老いた神官が質問した。仁海があたりを見渡してから口を開く。
「残念ながら、百十八名いた僧侶のうち、三十六人が死亡。三十一名が戦闘不能の状況です。」
「そうか・・・。わしは別に僧侶たちをとがめるつもりで聞いたわけではない、悪くは思わないでくれ。しかし、聞くほどに、霊力者の恐ろしさが分かるな。」
 老神官の一言に一同が黙ってしまった。
「足増将軍はいつここを攻撃すると思いますか?」
 僧侶の一人が沈黙を破った。
「霊力者だけなら今夜だが・・・そのようなことをするだろうか?」
「いや、あり得る。妙求寺をあそこまで追い込む実力者だ。しかし、兵を引き連れて同時に攻め込んだ方が効果的だろう。」
「うむ。私も明日、日が昇ってから攻めてくるとは思う。」
 想像もできないような霊力者の存在のために彼らの意見はいっこうにまとまらない。もしかしたら夜中に襲撃してくるかも知れないし、足増将軍の兵に紛れて 攻撃してくるかも知れない。攻撃して来るという部分は一致していても、肝心の”いつ”というのが検討がつかない。そのためか、僧侶にも神官にも自分たちが 足増将軍に奇襲をかけるという余裕はなかった。
 結局、警戒するに越したことなしと言うことで、しばらくの間厳戒態勢をしくところに妥協点を見つけた。

 擦盛たちは眠る準備をし始めた。眠ると言っても野宿なので布団を敷くわけには行かない。ましてや、当時寝袋というものは存在しない。彼らは将軍から配ら れた大きな布をかぶって眠ることになった。幸い暖かいので、野宿をして風邪をひく心配はなさそうだ。
 夜中の警備はどこか別の部隊が担当することになり、擦盛たちは安心して眠れる。
「擦盛殿、どこへ?」
 しばらく布をかぶっていた擦盛がむくっと起きあがりどこかへ歩いていった。それに気づき、うとうとしていた沖東山が声をかける。
「小便だ・・・。」
 擦盛の声は闇から響いてきた。
 しばらくすると、擦盛は戻ってきて布をかぶって眠った。沖東山は擦盛が戻ってきた時に少し反応したがすぐに眠ってしまった。
 それから、数時間後、あたりは静寂に包まれ侍たちの寝息だけが響いている。そんな中、擦盛が音も立ち上がり、鳥のように空へ飛んでいった。

「ふぅ、絶えず鍛錬をしたおかげで飛べるようになったが、これができなかったらどうなっていたことか・・・。」
 音も立てずに、天坂大社付近に着地した砂登季は周囲を見渡した。籠城戦でも繰り広げるのか、大社付近を警備している神官の姿はなく、大社内部の篝火の明 かりが見えるだけである。
 砂登季は静かに剣を抜いて、そこへ霊波を与えた。剣は徐々に濃い紫色になり、その色の炎をあげだした。どこからどう見ても魔剣である。
「よしっ、いくか。」
 さらに自分の周辺に霊気を振りまき、砂登季の姿は闇にとけ込んだ。彼は宙を浮きながら、ゆっくりと天坂大社の門へ歩み寄った。一応、門番役の神官が武器 を持って眠そうに立っている。霊力者ではないか、たいした実力は持っていないのかは分からないが、砂登季の姿には気づかない。
 神官は目をこすり、景色がぼやけたために目をぱちぱちさせた。すると、目の前にぼんやりと紫色の細長い光が見えた。あのようなものははじめからあったの だろうか? そんな様子で小首を傾げていると、その紫色の光は音もなく近づいてきた。
 何かあると思った時はもう遅かった。神官は紫色の光が刀の形をしていることは分かったが、それを報告する前に胴体を切断されてしまった。砂登季の霊力で 特殊な力を受けた刀は振れたものの魂を一瞬で奪う効果があるようで、神官は無表情のままその場に倒れた。地面を軽く蹴ったような音がしただけで、誰も怪し まないだろう。
 砂登季はそれを満足そうに見つめた後に、門を斬りつけた。厚い板で門は作られているはずなのに、まるで豆腐のように穴が開いてしまった。突然の出来事 で、門の前に立っていた神官が驚きの声を上げた。しかし、彼らも紫色の光を見ただけで砂登季の姿までは見いだせないようだ。
「も、門が・・・。上部に報告しにいけ!!」
 警備の主任のような神官が大声で怒鳴っている。彼は、門の近くでゆらゆらと動く紫色の光をにらみつけていた。おそらく、他の警備をする神官たちもそうで あろう。
「いったい、何が起きているのだ?」
 門がいとも簡単に切断されるという光景から、何者かの霊力が働いたというのは分かるのだが、霊力者がどこから霊力を発揮したのかが分からない。それに、 目の前の紫色の光も気になる・・・そのような状態でしばしの沈黙が続いた。
 月にかかっていた雲が晴れ、門にも光が照らされた。それに応じて砂登季もゆっくりと霊気を解き、姿を現した。非常に劇的な演出のためか、神官たちは声も 出ない。そして、この一瞬の隙をついて砂登季は魔剣を振り回した。一撃、一撃からすさまじい風と灼熱が生まれ、神官たちを飲み込んでいく。
「悪く思うな!」
 砂登季は魔剣を構えたまま奥へ進んだ。すると、建物の影から次々に眠っていた神官たちが飛び出してきた。先ほどの灼熱から生じた轟音で目覚めたのだろ う。しばらく走っていると砂登季は完全に囲まれてしまった。しかし、彼の顔には焦りという感情はみじんも感ぜられない。
「おぬし、足増将軍の者か?」
「いかにも。わしの行動を邪魔する輩は容赦せぬぞ。」
 神官たちを見渡しながら砂登季は叫んだ。一同が一瞬ひるんだようであるが、人数のためかさほどおそれていない。
「どれほど霊力に優れた侍といえど、所詮侍。純粋な霊力を持つ神官、僧侶に勝てると思ったか!?」
 年輩の神官が叫んだと思ったら、命名が霊力を発揮し始めた。霊気の糸が砂登季の体に巻き付き、猛烈な砂嵐と火柱があがった。砂登季は全く動揺せず、その 場に立っていが、ついに火柱のためにその姿は見えなくなった。
「ふっ、驚く間もなく焼死したか?」
 さげすんだ瞳で一人の神官がつぶやく。みな、謎の霊力者は死んだと思っていたが、妙求寺を壊滅させた人物のためかなかなか立ち去ろうとしない。神官たち は自分たちが作り出した火柱をしばらく眺めていた。
 火柱はごうごうと奇矯な音を立てながら燃えている。おそらく霊力者の肉に蓄えられた油を糧にしているのであろう。しかし、しばらくするとそのごうごうと いう音に笑い声が混じっているようになった。その笑い声が徐々に大きくなると共に、火柱は形を変え、人の形となった。そして、その炎が紫色に変わった瞬 間、炎は消えた。
 神官たちはその異様な光景を見つめていた。目の前には砂登季が立ち笑っている。しかも、彼の周りの土は火柱があがっていたというのに黒く焦げていない。 正確にいえば、砂登季の周囲の土も先ほど炎の洗礼を受けたとは思えない。
「そのような生半可な攻撃が通じるなどと思っていたのか?」
 砂登季の持つ魔剣の切っ先が一人の神官に向けられた。魔剣に指されびくっとした神官は、白目をむき口から滝のように血を吐いた。
「わしが妙求寺を壊滅させたというのに、このように手を抜くとは・・・。お主たちの方が自分の実力を知らぬのだ!」
 くるりと後ろを向き、数名の神官をにらみつけた。にらみつけられた神官は、先ほどの神官同様血を吐いて死んだ。
 その圧倒的な霊力を目の当たりにして、神官たちは攻撃する余裕すらない。かといって、砂登季の魔力に引きつけられるのか、逃げようともしない。
「さて・・・。」
 砂登季が魔剣を構え直し、他の神官をにらみつけようとした。その時である、空から声が響いてきた。
「戦いに狂う霊力者よ。雑魚を相手に己の力をすることしかできぬのか? 我々と勝負せよ!!」
 その声は宇宙から響くものではなく、上空を飛んでいた神官たちから発せられたものであった。どの神官たちもすさまじい霊力をうちに秘めており、それを隠 そうとしていない。彼らの姿を確認したとき、砂登季は満足そうにうなずいた。
 神官たちに混じって僧侶も降りてくる。どの顔も怒りに満ちている。
「まだ若き神官たちよ。ここは我々に任せ、この霊力者の霊気が及ばぬ場所へ逃げよ。」
 この声で周りの神官たちは慌てて逃げ出した。ところが、彼らの希望通りに事が運ぶことはなかった。
 「逃がすか!」という砂登季の声が響いた。砂登季の魔剣が地面に突き立てられて、魔剣を中心にゆっくりと霊気が浸透していくのが分かった。そして、その 霊気に誘われるように巨大な蜘蛛が続々と現れた。突然の出来事に驚き、神官たちが驚いて声を発した。大蜘蛛はその声を聞き、神官に向かって飛びかかった。 神官は蜘蛛に押し倒されて、ばたばたしている。大蜘蛛の目は不気味に光り、口からは唾液がしたたっている。その口がゆっくりと神官の胸へ近づき、彼らの心 臓を食いちぎった。食いちぎられた心臓は外へ引っ張り出され、地面に投げ捨てられた。そして、蜘蛛は次の獲物を見つけ飛びついていく・・・。
 しばらくは断末魔の声がこだましていたが、やがておさまった。蜘蛛たちは、砂登季をはじめに攻撃した神官たちを全て倒すと地面に潜っていった。
「・・・、情けというものがないのですかな?」
 うわずった声で神官が砂登季に聞いた。
「ふっ、お主たちの命が長引いたことに感謝すべきではないか?」
「な、何を!? 地蜘蛛神(じぐものがみ)を操るという神をも恐れぬ行為をしておきながら、さらに我々を挑発するとは・・・。」
 神官の声を聞いて、砂登季は高らかに笑った。その笑い声は非常に清らかであったが、内には不気味な魔物の姿が浮かんでいた。
「地蜘蛛神も神ではないか。神を操った人間が神を恐れると思うか!!」
 神官たちはもう何も答えようとしなかった。それぞれが黙って攻撃態勢に移った。どの顔もかなりの高齢であり、引き締まった顔は彼らの顔により多くのシワ を刻んだ。
 ところで、砂登季の呼び出した地蜘蛛神とは土地を守る神である。彼らは多くの地蜘蛛神と協力し、植物や虫、そして様々な生き物がのびのびと生きる土地に するために働いてる。普段はのみのように小さな姿のため、姿を見られることはないが、砂登季の霊波により凶暴化したのであろう。
「もはや議論の余地はない。悪いがここで死んでもらうぞ!」
 一人の僧侶が広範囲に霊力の行き来を封じる結界を作った。砂登季はそれを破壊しようとせずに、神官と僧侶をにらみつけた。
「ふふふふふ、かつてのように神官と僧侶と戦うとは。しかし、今回は情けという感情は存在せぬ。覚悟せよ!!」
 そう叫んだ砂登季は神官たちに霊波を放った。神官と僧侶たちが協力して砂登季の霊波を受け止める。しかし、徐々に砂登季の方が押されている。
「愚かな霊力者よ。たとえ一人の力が無力に等しいとしても、秩序を持つ群れをなせばいかに強力な敵にもうち勝つことができるのだ!!」
 神官の一人が勝ち誇ったように言う。実際に、砂登季の体が霊波で後退している。砂登季本人もこのままでは押しつぶされるということが分かった。
「では懸命なる神官たちよ。その箱中身は何だ?」
 精一杯の力で衝突する霊波を消滅させた後、砂登季は聞いた。神官の一人が、木箱を大切そうに持って祈っている。その箱の中からは強烈な霊力が渦巻いてい るのが分かる。
「愚かな霊力者よ。阿臥命という方の像が入っている。」
「何?」
 かつて砂登季が戦争中の寺院に乗り込んだ時に、仁海が自分の動きを封じたことがあった。その時、彼が砂登季の動きを止めるために力を借りたのも、阿臥命 であった。
「阿臥命とは聖徳太子に仕えた偉大な神官である。神が人間を導くために化身した姿だよ。そして、この像は阿臥命の活躍をたたえ、彼の死後作られたのである が、天上界に戻った阿臥命が未だに力を貸してくれるのだ。」
「ば、馬鹿な・・・。」
 再び強烈な霊波が砂登季を襲った。今回はこらえきれずに、砂登季はその場に座り込んだ。
「神にも実力により順序がある。最下点の神を操れたとしても、さすがに阿臥命ほどの神を越えられるか?」
 とどめを刺すべく、神官たちは極限まで霊力を高めようとしている。彼らの周りには非常に巨大な霊力が集まってきている。
(あのようなものを食らったら・・・間違いなく!)
 砂登季は再度、死を覚悟した。うつむいた彼の顔に、自らの霊力で紫に輝く魔剣が目に入った。
「!!」
 よろめきながら砂登季は立ち上がった。そして、うつむいたまま魔剣を空に突き立てた。その姿は、彼がかつて見た長身の鬼の姿と似ていた。
 魔剣から紫色の光が放射状に広がり、地中へと沈んでいった。砂登季のあたりには不気味な霊気が漂い始めた。そして、しばらくして地面から腕が現れた。腕 はしばし手を動かしていたかと思うと、ゆっくりと体が現れた。体にかかっている土を払おうともせず、地中から現れた人物は神官をにらみつけた。黄色く光る 目、痩せて骨張った顔に、肉と皮だけの腕、長く伸びた髪、地獄でさまよい続け恨みと執念で生きている妖魔であった。
 妖魔たちは続々と地中から現れてその数は三十にものぼった。神官たちは初めて見る妖魔の不気味な姿と、それ以上に彼らが秘めた強力な霊力に驚いている。
「懸命なる神官たちよ。世の中、清冽なだけでは駄目だ。裏側も、負の面も見つめねばならぬぞ・・・。」
 砂登季が神官へ向かって飛びかかった。妖魔たちもそれに続いて飛びかかった。神官たちは慌てて霊波を放ったが、彼らがうちに秘めた霊力で相殺されてし まった。
 砂登季は魔剣で神官を切り裂いた。妖魔たちは妖力という表現が近い、霊力のこもった絶叫で神官の魂を抜き去った。一瞬にして、事態は変化し、砂登季は天 坂大社の実力者たちを全員倒してしまった。
「やったな・・・。」
 砂登季はふぅっとため息をついた。その瞬間、張りつめていた空気が消えた気がした。

「ぐっ!」
 一体の妖魔が砂登季の体に飛び込んだ。妖魔の姿は、砂登季の中に入ってしまい姿が見えない。それを見た他の妖魔たちも次々に砂登季の中へ飛び込んでい く。
 徐々に砂登季の姿は、不気味な妖魔の姿へと変化していた。姿ばかりではない、思考も妖魔に奪われていった。
(くっ、一瞬でも気を許したのがいけなかったのか?)
 砂登季も必死で妖魔を追い払おうとした。しかし、数が数だけに全く歯が立たない。
(恨め、恨め。この世を恨め。我々の命を奪って時代を恨め・・・。)
 砂登季の頭の中を妖魔たちの声が響く。
(恨むな。死んで地獄をさまようことになったのは、お前たちが地上で行った行為によるもの。決して、時代を恨んではならぬ。)
(恨め、恨め、全てを恨め。家族を、そして知り合いを。そして、この国を・・・この国の頂点に立つ人間を・・・。)
(それではいけない。なぜなら・・・)
 続きを言おうとしたが、妖魔に思考を奪われたために無理だった。数分前まで普通の姿をしていた擦盛の体は、妖魔のそれとなりしばらく地面に倒れていた。 やがて、むくっと起きあがり遠巻きに見つめていた神官たちを発見した。
「ぎぇぇぇっ!」
 決して大きな声ではないが、鼓膜がさけるような不気味な声を上げた妖魔は、神官が作った結界を破壊した。砂登季の持つ霊力と、妖魔の霊力が融合したため にすさまじい霊気があたりに漂う。
「ぐぎゃぁぁぁぁっ!」
 妖魔の口から硫黄のような臭いが立ちこめて、大社全体を襲った。そして、その空気を吸ったものは、妖魔と同じような悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。
 一人の神官が、断末魔のような声を上げて自分の腕を見ている。彼の鍛え上げられたたくましい二の腕からは、ウジが湧き次から次へと地面へと落ちている。 その一部は彼の胸へとはっていき、皮膚を食い破り内蔵を食い荒らした。生きながらにして内部を食われていくという恐怖で神官は死ぬまで悲鳴を上げていた。 やがてのどを食い荒らされて、その悲鳴は空気の流れとなり、やがて呼吸すらしなくなった。宿主の体を食い荒らしたウジたちは、成虫になるまでの養分が足り ないらしく、その場でひっくり返り死んだ。そして、砂漠の砂のようにすぐに消えていった。
 大社では同じような悲鳴と共に、死人が次々と出ていった。おそらく、生き延びたものは一人もいないであろう。妖魔はその悲鳴を満足そうに聞いていたが、 やがて朝廷のある方角をにらみつけた。そして、一度大きく咆吼すると舞い上がり、空に消えた。
 妖魔が消えると、硫黄臭も消えて大社は静かになった。あたりにはウジが食べなかった人骨だけが転がっていた。

(我らが地獄での強烈な責めをうけたのは、この国を率いる人間の不手際によるもの。いまこそ、この恨みを晴らそうぞ!!)
 妖魔の頭の中をこの言葉が延々とこだましていた。彼の頭の中には、もはや砂登季の思考というものが介入する余地はいっさいないように見えた。
 妖魔は帝が暮らす宮殿がある都の前へ降り立った。突然現れた異形の者に驚いた浮浪者が悲鳴を上げて逃げまどった。その姿を見た妖魔は、残忍な笑みを浮か べて逃げまどう浮浪者を指さした。
 浮浪者の足は一瞬にして骨になり、その場に倒れた。腰より下に肉がなくなったことに気づいた浮浪者は悲鳴を上げると共に、恐怖で絶命した。
 妖魔はゆっくりと都の門へと歩いていった。門番が二人立っており、うさんくさそうな顔で妖魔を見つめている。
「そこにいるやつ、止まれ! この都は帝が住まわれる場所、おぬしような身なりのものは中にはいることはできぬ!」
 その声で、妖魔はゆっくりと顔を上げた。あまりに不気味な顔に門番たちの顔が引きつる。
「ケケケケケ、お前たちは今の世に不満はないのか?」
「何?」
 門番たちの膝がふるえている。
「不満はないのか? 俺たちは、今の世の中は不満に充ち満ちていると思うぞ・・・。」
「何を言う! この世の中は、最高権力の帝が幕府に政権を譲り、帝は平和を神に祈っているだ。この平穏な世界のどこが不満なのだ?」
 門番の声に、しばらく妖魔は肩で笑っていた。やがて、顔を上げて握った拳を前に突き出した。
「これだよ、これ・・・。」
 妖魔が握っていた手を開いた。中から、ムカデやゴキブリ、ゲジゲジといった類の虫がボトボトと落ちてきた。それは、噴水のように次々に現れ地面に落ち た。
「な、何をするのだ!?」
 驚いた門番の一人が、妖魔に攻撃してきた。門番の持っていた棒が、妖魔の肩に触れた瞬間、妖魔はすぅっと消えた。門番はつんのめりながら、周囲を見渡し たが妖魔の姿はどこにもない。
「帝は俺たちを、その地面にはいつくばる虫同様に考えているのではないか? 周りを見ろ、生活に苦しむ人間が何と多いことか・・・。」
 こんな妖魔の声が聞こえた瞬間、門番の皮膚がはがれ落ちた。筋肉が露出し、激痛が走る。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!!」
 絶叫する二人の門番の皮膚は、とどまることなくはがれ落ち、全身筋肉となった。もう、叫ぶ気力もなくなった彼らに追い打ちをかけるがごとく、塩の雨が降 る。
「うぅぅ・・・。」
 門番は折り重なるようにその場に倒れ、動かなくなった。彼らの体の上に、妖魔が現れ、門へ向かって手をかざした。門が大きな音を立てて開かれた。
「・・・、帝を殺すのもいいが、その前に我らが受けてきた苦しみの一端でも見せつけねばなるまい・・・。」
 妖魔はうつむいたまま道を歩いていった。突然開いた門の様子を見に、兵士たちが集まったが、興奮して冷静さを失っており、妖魔の姿を怪しむものは誰もい なかった。
 ゆっくりと、都の奥にあるもっとも豪勢な建物へと妖魔は歩いた。恨みと執念により磨かれた彼の敏感な魂は、帝のいる位置を正確に把握することができた。 日の出となり都はひときわ明るくなった。それに伴い、人の往来が徐々に多くなった。誰もが妖魔の姿を見て、驚き彼を避けた。妖魔はそのような人々を無視 し、ひたすら内裏(帝の住まい)へと向かった。
「おい、お前のような人間が来る場所ではない! 立ち去れ!!」
 内裏の門に立つ、ひときわ屈強な兵士が怒鳴った。妖魔は突っ立ったまま黙っていた。
「ええい、聞く耳を持たぬおろか者め! 立ち去れというのが分からぬのか!!」
 腰に携えていた剣を抜くと、気合いを込めた声と共に妖魔を斬りつけた。妖魔は相変わらず動かず、兵士の剣をその身に受けた。ところが、倒れたのは兵士の 方であった。妖魔が斬られた場所と同じ場所から血を流して兵士は倒れた。その様子を見ていた他の兵士にも同様が広がる。
「魔物か!?」
 そんな声が飛び交う中、異常に気づいた僧侶たちが集まってきた。彼らは都に寺を建て、そこで活動している者たちである。きっと、妖魔の放つ強烈な霊気に 気づいたに違いない。
「そこの異形の霊力者! 内裏に入り込もうとはどのような考えからか?」
「我らの体に刻まれた苦悩を晴らすため・・・。帝の命をいただく・・・。」
 あまりに大胆な発言に、僧侶たちにも同様が広がった。
「・・・百鬼夜行を見たくないか?」
 妖魔のこの様に口走った瞬間、まさにそれが起ころうとした。
 ある兵士の体が次々に腫れあがり、ぶよぶよした肉玉と変わった。ある僧侶は、頭髪だけ残して骸骨となった。あるものは手が翼へと代わり全身に産毛が生え た。そして、あるものは皮膚の色が変化し、額が割れ目玉が現れた。
 異形のものと変わった僧侶と兵士は、互いの顔を見て憎みあい、飛びかかり戦い始めた。体からは血が吹き出しても彼らは手をゆるめずに組み合っていた。そ の様子を、都に住む人々も遠くから見ている。百鬼夜行とは思わないまでも、彼らは何かしらの異常を感じるに違いない。血みどろの戦いを妖魔は満足そうに見 ていたが、やがて門を開いて内裏へと入った。
(いよいよ我ら昔年の思いを・・・)
 そう思うと妖魔の鼓動も高鳴った。彼は靴も脱がずに建物へ入った。その姿を見た警備兵が呼び止めるが、妖魔はそれを無視した。警備兵は怒って妖魔へ近づ いて怒鳴った。その声でうさんくさそうに妖魔は振り向き、兵士へ手をかざした。兵士は妙な違和感を感じ、体を見つめて驚きの声を上げた。彼の肩から足が出 ており、腰より下に手が出ていたのだ。兵士はその場に倒れたが、起きあがることができずにばたばたしている。その光景に薄笑いを送り、妖魔は奥へと進んで いった。

「・・・。」
 妖魔は壁に飾られている能面を見つけた。その中で、ひときわ無表情な造りの小面を手に取った。そして、顔につけてゆっくりと部屋の奥へと歩いていった。
 障子を開けると、そこには女性が眠っていた。彼女は眠そうな目をこすり、妖魔をぼんやりと見つめていたが、その異様な姿に驚き部屋の隅にうずくまった。
「そなたは何者じゃ・・・。」
 彼女の問いかけに妖魔は不気味に笑った。
「美しき方よ・・・、我々はこの世を恨むもの。帝を恨むもの・・・。」
 能面を外しつつ、妖魔はゆっくりと女性に近づいた。涙を流してふるえる女性の髪をなで、妖魔は立ち去った。だが、妖魔は女性に対して情けを見せたわけで はなかった。彼女は額より上を切断され、倒れていた。そして、彼女の頭は部屋にある掛け軸に貼り付けられていた。頭から溢れた血は、木の根のように染み渡 り、しっかりと固定されていた。

 帝の部屋に兵士が続々と集まって武器を構え始めた。まだ寝起きの帝は、その光景にしばし呆然としていた。
「いったい、何が起きたのじゃ?」
「ご安心下さい。内裏内に怪しい人物が侵入し、我々は念のために帝の周辺の警備に来たのです。」
「そうか・・・。」
 朝、起きてすぐにこんな事件が起こるとは、今日はついていないと帝はため息をついた。急に自分の部屋の周囲が騒がしくなり、時々絶叫が聞こえた。
「なんじゃ? なんじゃ?」
 さすがに帝も気が気でないらしい。
「ご安心下さい。帝のお命は、我々が守ります。」
 障子の下から、ゆっくりと血が流れてきた。それを見た帝が悲鳴を上げる。
 ゆっくりと何者かの足音が聞こえる。その足跡がはたと止まったと思ったら、帝の寝室の扉が勢いよく開いた。
 そこに立っていたのは、能面をつけた妖魔であった。彼は能面を外し、帝の顔を見た。
「おぬし、帝には指一本触れさせぬぞ!!」
 兵士たちが刀を抜き、妖魔に斬りかかった。しかし、全くもって無意味であった。兵士たちの胸ものがふくらみ、中から内蔵が飛び出した。ここにもまた、血 の臭いが立ちこめる。
「帝・・・。我々は死した後、地獄へ落とされ様々な責めを受け続けたが為に、この様な哀れな姿になったのだ。」
「そ、それが私と何の関係があるのだ!!」
 少し後じさりしながら、帝は答えた。
「あなたはこの国の平和を祈っていたはず・・・。我々の生活に平和はなく、泣く泣く罪を犯しながら生きるのが精一杯だった。なぜ、我らを救ってくれなかっ た・・・。」
 その言葉を聞いた時に、帝は妖魔の表情を改めて見つめた。今までは怒り狂った顔に見えていたが、今は嘆き悲しんでいる表情に見えてきたのだ。
「私は国の平和のために祈っている・・・。いや、今までの帝は全てそうしてきたし、これからもそれは変わらぬだろう。」
 帝がそれを言い終わらぬうちに、妖魔の後ろから内裏の兵士たちが集まってきた。兵士たちの姿を妖魔は無言で見つめた。
「それ以上、動くな!」
 兵士たちは警戒しながら、妖魔を見つめている。

「うっ・・・。」
 突然、妖魔に異変が起きた。彼は胸を押さえてその場に膝をついた。兵士も帝も突然の変化にただ見つめているだけである。
 妖魔の体から、少しずつ黒いものが流れ出した。それは畳の上へ広がることなく地中へと戻っていく。そして、流れ出るに連れて妖魔の姿は、鎧を着た青年へ と変わっていった。謎の液体の流出が終わり、しばらくして青年、擦盛は立ち上がった。
 彼は剣をさやに収めて、帝の前に正座し、恭しく頭を下げた。
「帝・・・。」
 以前のおどろおどろしい声は消え去り、さわやかな声が響いた。
「おぬしは、いったい・・・?」
 擦盛は再び頭を下げた。
「私は名も無き霊力者です。この近くの戦にて、地獄を徘徊する妖魔を呼び出し戦力として使っておりましたところ、妖魔に取り付かれてしまいました。」
「と、いうことは・・・あれが妖魔なのか?」
 帝は先ほどまでの青年の姿を思い起こした。擦盛の後ろにいる兵士たちも妖魔の姿を思い起こしている。また、帝も彼らも擦盛は帝に危害を加えないだろうと 思い、彼が帝に意見することをとがめようとしない。
「全く自ら呼び出しておいて恥ずかしい限りです。そのために、内裏を守る兵士の方々を多く殺してしまいました。」
 そう言って擦盛は深々と頭を下げた。
「・・・。妖魔に取り付かれていたというのならば、おぬしを人殺しとして罰することはできぬな。問題は、妖魔を呼び出すことが許されていたかだが・・・、 そこは他の人間に聞くとするか・・・。」
 帝は擦盛をまじまじと見つめた。擦盛は頭を上げて、再び口を開いた。
「帝・・・。どうぞ、このまま幕府に政権をゆずったままにしてください。」
「何?」
 帝は擦盛をキッとにらみつけた。後ろにいた兵士たちにも、にわかに殺気が生まれる。
「たとえ政治を行うのが幕府であっても、日本の頂点に立つのは帝あなたです。そして、この体勢は今後数百年続きます。」
「何を根拠に・・・。」
 擦盛は再び頭を下げた。今度はそのまましゃべり続けた。
「雲をつかむような話かとは思いますが、どうぞ信じてください。これからも帝は日本の頂点に立ち続けます。そして、遠いいつの日か、幕府は自ら主権を譲る 時が来ます!!」
 その言葉で周囲がどよめいた。
「青年、それは誠か?」
「間違いございません。どうか、今は幕府へ政治を任せ、日本の平和を祈り続けてくださいませ。そして、いつか必ずくる政治を行う日のために知識を養ってく ださいませ。」
 そこまで言うと、擦盛は立ち上がり天井を見た。それから勢いよく飛び上がり、空へと消えていった。突然の退却に一同は唖然としたままだ。
 そんな中、一人の老人が歩み寄ってくる。
「帝、お怪我は・・・?」
「全くない。」
「それは安心しました。ところで、あの青年もしかして天上界にいらっしゃる神では・・・?」
 帝の眉がぴくりと動いた。
「確かに、ありうるやもしれぬ。幕府と朝廷が戦をし、国民が疲弊し国力が落ちることを予期して、我らへ警告を与えたのであろうか・・・?」
 帝の想像に、明確な答えを出すことができるものはどこにもいなかった。

 足増将軍たちの軍は朝から混乱していた。擦盛が消えたこともあるのだが、それ以上に天坂大社にいた僧侶と神官が全滅していたのだ。
「うーむ、擦盛殿が消えた件と関係があるのだろうか?」
 白骨が転がる大社の中で利久道が腕組みをしている。
「もしかして、擦盛殿が一人で・・・?」
 沖東山が利久道に話しかける。
「ありえないと言い切れないから困ったものだ・・・。」
 その時、集合の命令が聞こえたので二人は走って大社から出た。彼らの後から、他の侍たちが続々と続いた。やがて、大社周辺に人の気配がなくなった。
 死体の数を計算し、天坂大社と妙求寺の神官と僧侶は壊滅状態にあり、奇襲をしかける可能性は低いという判断から、足増将軍の軍は屋敷へと戻っていった。
「結局、擦盛殿は行方知れずか・・・。」
 屋敷に着いた時、利久道が寂しそうにつぶやいた。

 それから時代がどう変化したかは砂登季には分からなかった。しかし、自分の意見により朝廷と幕府との争いが無くなることを信じていた。
 もしかしたら、未来というものは変化しないのかも知れないと砂登季か考え始めていた。自分が帝へ意見したことも、警官の祖父を殺したのも起こるべくして 起きたものであるのかも知れない。そんなことを考えたが、やはり警官の祖父を殺したことだけは、許せなかった。本当に無実の人間を殺したということもあっ たし、時津砂天によって踊らされていた自分にも腹が立った。
 ふと、砂登季は沖東山や利久道たちのことを思い出した。彼らは擦盛の姿が消えて驚いているのだろうか? 宙界へ移動し、過去へと飛んでいるのでそれを確 かめるすべは無い。砂登季はゆっくりと流れに身を任せていた。すると、利久道たちの話し声が聞こえてくる気がした。

 どれくらい過去へ流されたのだろうかと砂登季は我に返った。それと同時に、「神である阿臥命の力を借り・・・」という神官の言葉がよみがえった。その時 である、砂登季は強烈な霊気を感じた。その霊気は彼を強烈に地獄へと引っ張っていく。全力で立ち向かえば何とかなりそうであるが、砂登季はなすがままにし た。
 彼にはその霊波の主が分かった気がした。いま彼に届く霊波は、あの木箱の・・・。


 シリーズ中、最も長い第5部です。砂登希もかなりやりたいようにやっておりま す。



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