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SSの幼生


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最強の男 第二部
 延々と続く発掘作業。平岩青年はあの神像を発見した場所付近を今日も調べていた。あれ以来、出てくるのは土と砂だけだったが。
「怪しい場所はとことん調べてみるべきだから、たとえ3日間何も出てこなくてもまだ掘り続ける・・・か。」
 やはり後ろで発掘をしていた老人が話しかける。
「えぇ、しかしあれ以来何も出てきませんね。」
「そうだな。ついでに、緒方君の調査もあれ以来進んでいない。やはり古代書の完全なコピーを持っていないと、神の名前までは分からないそうだ。」
「まぁ仕方がないですね。」
「あぁ、発掘や調査というものは気長にやるものだ。」
 老人はそれだけ言って、持ち場へ戻ってしまった。彼は未だに何も掘り出していない・・・。

「・・・、あの・・・死体の数が予定者より一体多いのですが・・・。」
 もくもくと死体を運ぶ救護班を目で追いながら、警官は雷霧部隊長に尋ねた。
「さぁな・・・。俺達と風塵部隊とは地位は同じだが、基本的に交流はない。あの部隊に対しての知識なんて、君と同じさ。」
「そうですか・・・。」
 警官はうなだれた。その拍子に砂登季を撃った銃が微かに胸に当たった。
「砂登季は一体どこへ逃げたのでしょうね。自分が撃った銃弾が埋め込まれているので、どこにいても監視塔で見つけられるはずなのに・・・。」
「俺は戦闘に関する知識はこの国一だと思っている。だが、そういう機械類は分からん。」
 隊長は普通に言ったつもりらしいが、顔が常に不機嫌なために怒っているように見える。また、見るからに体育系の顔をしており、実際に機械類はからっきし 駄目に見えた。事実、身につけているのはすこし茶色がかった迷彩服と、無線、腰に携えたナイフだけだ。

 全ての死体を運び終えたらしい。救護班が自分達のヘリへ戻っていく。そのヘリは、雷霧、風塵部隊が使っている消音ヘリとはかなり違う。まず大きさが圧倒 的に大きい。噂だと十五人乗りで、それ以外に簡単な手術ができる台が六つ付けられている。
「隊長、犯人の姿はどこにもありません。また、逃げた様子もありません。」
「靴跡なし・・・か?」
 隊員の一人が、警官と隊長に向かって声をかけた。警官の質問に答えて以来、二人の間の沈黙が破れた。隊長の怒ったような顔は変わらない。警官は、隊長は 普段からこの顔なのだと判断した。
「はい、そうです。」
「お前たちはヘリへ戻っていろ。」
 再び沈黙が訪れた。しかし、その沈黙を破ったのは不機嫌に口を閉ざしていた隊長の方であった。
「・・・。君は警官だから、警察の歴史を知っているか?」
「えっ?」
 隊員たちがヘリへ戻るのを見ながら、隊長は聞いた。
「俺も詳しくは知らないが、今から約五十年前・・・終戦から五十年くらい経った頃・・・か。当時この国を防衛していた部隊の一割、駐留していたアメリカ軍 の五パーセントが死亡する大事件があったらしい。」
「・・・、それ学校の歴史で聞きました。」
「俺は暗記系の科目は嫌いだ。・・・で、それが原因で警察の組織改革が進み、今の形になったらしい。」
「へぇ・・・そうなのですか。でも、警官は死んだのですか?」
「・・・。知らん。」
 隊長はそう言ってヘリへ向かって言ってしまった。
「すみません! 一緒に乗せてもらいませんか?」
 警官はあわてて走り出した。
「はじめからそのつもりだ。聞く必要もない。・・・早くしろ。」
 不機嫌な声が返ってきた。

 砂登季はゆっくりと体を起こした。周りには墓石が立ち並んでいる。どうやら、墓地のようだ。
「傷が治っている・・・。」
 ある人間をあやめたナイフは未だに持ったままだ。捨てる場所を探して、さまよっているうちに墓地で眠ってしまったのだろう。
「追っ手もなしか・・・。」
 彼は念のため立ち上がって周りを確認した。しかし、見えるのは墓石だけだ。殺人現場の、ビル群や倉庫といったものは見えなかった。かなり遠くまで歩いて きたようだ。
 暗闇のためさらに念をいれ、砂登季は警官の姿を捜した。
「いないな・・・。」
 砂登季は自分の体を見た。服には血が付いている。
「この格好だと目立つだろうな。これだとばれる・・・。」
 さて、一体どうやって服を入手するべきか・・・砂登季は考えた。社会の状態をあまり分かっていない彼も、都市に行けば警官に見つかりやすいだろうと判断 した。血が付いている服で歩けば、誰だって異常に思う。どこで服を入手すればいいのか分からず、彼はため息をついた。

「・・・、足音がする。」
 砂登季は足跡の方向を見た。そして、足跡が自分の方向に近づいているのも分かった。彼は足音の主に対して影になる墓石に身を隠した。
「さて・・・。始めようか・・・。」
「あぁ、いいぜ。俺達が勝ったら、お前らは縄張りから去れ!」
「ふっ・・・よく言うぜ。この町から出ていくのはお前らだよ。」
 ジーンズにTシャツの若者が六人現れた。それぞれが木刀やナイフといった武器を持っている。そして、彼らは三人ずつに別れ、対面しお互いをけん制した。
「本当は町で戦いたかったが、サツに目を付けられるのは分が悪い。」
「あぁ、それに・・・お前らを殺してもここに埋められるしな! ここならば仲間もいて寂しくなかろう。」
 一人が一歩前に出て言った。
「そうだな。こんな寂しい場所、誰も来ない。殺したところで罪には問われない・・・。」 さきほど一歩出た若者が、退き他の仲間と同じ位置に立った。そし て、六人の間に張りつめた空気が生まれた。
「・・・、警察ではない。それに、私を狙うものでもない。」
 砂登季は若者たちの行動をじっと見ていた。

ザッ

 どちらが先に動いたのか分からないが、六人が動き出し激しい肉弾戦になった。怒声と罵声が入り交じり、微かに血の香りが漂い始めた。
「彼らはなぜ争っているのだ? 無益な。」
 砂登季は目を凝らしたが、雲の影に隠れてしまいよく見えない。しかし、激しい息と、殴り合う鈍い音のために、彼らが未だに戦い続けていることは分かる。

「ぎゃぁ・・・」
 ぐしゃっという音と共に悲鳴が聞こえた。
「簾藤!!」
 青年の呼びかけはすぐに戦いの音にかき消された。
「・・・、一人が殺されたか。」
 月にかかっていた雲が徐々に動き、戦っている若者たちがはっきりと見えるようになった。戦っている若者の数は減り、二対三の状態であった。そして、その うちの一人の動きが徐々に鈍っているのが砂登季には分かった。
 動きが鈍った若者は、敵から殴られてついに倒れた。二対二になった。不利な状態から、フェアな状態へと戦局が動いたために油断したのだろう。一人が腹に バットを受けてのけぞった。その若者はすぐに戦い始めたが、若干動きが遅くなっている。
 案の定、数分後にその若者は倒れた。ついに一体二だ。残された若者は二人に殴られながら必死に抵抗している。しかし、防戦一方で明らかに分が悪い。
「とどめだ!」
 腹部を殴られ、よろけていた青年の頭を、金属バットがうなりをあげてたたきつけられた。そしてバットの左右から噴水のように血が噴き出した。
「さて・・・スコップなんてないから、埋められないな。」
 残った二人は満足そうに立っていた。お互いに傷だらけだ。
「ま、滅多に人が来ないし、このまま放置だな。」
「さ、とっとと消えるか。」
 振り返ったその瞬間、墓石の横で自分達を見ている砂登季を若者の一人が見つけた。
「だ・・・誰だ!?」
 二人は素早く武器を構えた。
 砂登季はゆっくりと彼らに近づいた。
「なぜ、好んで自ら罪を着る? 警官に追われるぞ?」
「そんなのは俺達の勝手だろうが! 俺達が何をやったのか見たな?」
「あぁ、見た。」
「どうするつもりだ?」
「さぁな・・・。」
 砂登季は”自分も警察に追われている身だ”と言おうとしたが、攻撃を避ける方に意識を集中せねばならなかった。
「消えな!!」
 砂登季の体はしなやかに動き、若者たちの攻撃は一切当たらない。
 二人の攻撃を避け、彼はバック転をし距離を開けた。
「なぜ自ら罪を着ることを選択した?」
 先ほどと同じ問いかけに、若者たちはやはり答えず、砂登季に向かってきた。
「あの世に行って、エンマ様にでも聞いてみろ!!」
 木刀が彼の脇腹数センチの所をすり抜ける。そして、右肩へ向けて金属バットが向かってきた。
 砂登季はバットを片手で押さえ、持ち主ごと投げ飛ばした。飛ばされた若者の頭は、墓石の角に埋まった。墓石からゆっくりと血の筋が流れている。
 額の部分が奇妙にふくらみ、目が飛び出し、口そして、後頭部から滝のように血が流れいる・・・。そんな無惨な仲間の姿を見て、残された青年は悲鳴を上げ て逃げ出した。
 砂登季は、残りの青年も殺そうと走ったが、さらなる罪を負うことになると気づきやめた。
 転がるように逃げていく若者の姿を砂登季は見ていた。そして、血まみれになった死体に目を落とした。
「彼らは、殺した人間を埋めると言っていた。なぜ・・・?」
 彼には理由が分からなかった。なぜ、死者を埋めるのか? むしろ、彼には若者たちは死体として埋めるために戦っているように思えてきた。
「己で定めた事をやり遂げぬとは・・・。」
 取りあえず、死体を埋めておこうと彼は思った。
 そのまえに、彼はあることに気づき、死体から服をはぎ取った。自分が殺した人間以外の死体は、血が付いておらず比較的きれいな服であり着替えることにし たのだ。
 砂登季は、五体の死体からそれぞれ血が付いていない服をはぎ取り、新しい服に着替えた。少々、土が付いているが、血が付いている服よりは幾分かマシだっ た。
「さてと・・・始めるか・・・。」
 墓石の横に戒名が書かれた板が立っているのが目に付いた。他にも比較的薄い墓石も発見した。砂登季はそれぞれを集め、比較的柔らかそうな土を掘り出し た。

「タツとケイが死んだか・・・」
「えぇ・・・。」
 手に持っていた木刀はどこで捨てたのか分からない。仲間の無惨な死に様を見た若者は息を切らして”本部”に戻ってきた。
 あまりに取り乱した彼を見て、尋常ではないと思った仲間の一人が彼を狭い部屋に連れ込んで無理矢理酒を飲ませた。そして、彼が落ち着いたところで、砂登 季との戦いを聞いたのだ。
「お前が、他の組の奴とやったところで俺も、俺より上の奴も文句はいわねぇ・・・。それに、他の組の奴に殺られたとしても、仲間を殺した張本人以外は殺さ ない。それが俺らの決まりだ。」
 若者の話を聞いている男は、三十歳を越えたくらいであろうか。背も高くなく、体格がよい訳ではないが、体からはえも言われぬ迫力がある。
「・・・、しかし、タツを殺した男は・・・誰なんだろうな・・・。」
 下を向いたままでいる青年に、三十路男は酒を入れたコップをつきだした。
「すみません。」
「ふっ・・・。それは顔を見ていないということか?」
「・・・。」
 若者は三十路男の迫力に飲まれてしまい、コップを持ったまま何もできなくなった。
「まぁいい。全力で捜してみるさ。仲間の仇は確実に取る。」
「とどめは俺に取らせてくれませんか・・・?」
「それは保証できないなぁ・・・。何しろどこの人間か分からない。」
 三十路男が懐から黒革の財布みたいなものを取り出した。
「俺らの世界に首をつっこんだことを後悔させてやる。」
 若者に投げた黒革のそれは、若者の胸に当たり、中から警察手帳が見えた。

「・・・日が昇った。」
 砂登季は空を見上げた。あれから一睡もせずに穴を掘り、全ての人間を埋め終わっている。
「警察が来るかもしれない・・・。」
 警察に追われても大丈夫な場所、また必要に迫られた場合有利に戦える場所はどこなのか砂登季は考えた。墓地は傾斜地に立てられており、下は都市になって いる。逆に、少し上に行くともう森になっている。
「一応、森に入っておくか・・・。」
 五体の死体を埋めたという重労働のためか、砂登季はゆっくりと起きあがった。しかし、墓地に続く道路に車が止まり、人がこちらへ近づいているのに気づ き、砂登季は素早く森へ駆け上がることになった。

「最近は警察へ匿名の電話が多くて困る・・・。」
「あぁ、それでもって若い俺らがそこら中にかり出されるのだからなぁ・・・」
「そうそう、結局、悪戯で・・・。」
「ホント、犯罪が起きている割合って1%切ったんじゃないのか?」
「さっさと墓地の様子だけ見て、帰ろうぜ。こんな暑い中、外にいるのはつらい。」
「一応、死体だからなぁ。形の上だけは見ておかないとな・・・。」
 少々警察らしからぬ会話をしながら、二人の警察が墓地へ向かっている。両方ともかなり若い。
「お、墓地だ。墓地。」
「こんな墓地に、最近新人は入ったのかねぇ?」
「お前入れば? 年に一度は掃除に行くぜ?」
「本当に手入れがされていないなぁ・・・。新人を欲しがっていてもおかしくはないな。」
「さぁ~てと、死体死体・・・と。」
 相変わらず警察官らしからぬ会話をしている。
 彼らはのんびりと周りを見渡しながら、昨晩壮絶な戦いが繰り広げられた場所へ近づいてきた。
「ん? 影か?」
 一人が地面を見た。彼が立っている場所だけ、異常に黒い。
「おいっ! あれ!!」
 もう一人が墓石を指さした。その墓石は砂登季に投げられた青年が突き刺さったものだ。当然の事ながら、血がべったりと付いており、もう真っ黒だ。
「・・・、血か? じゃぁ、死体がこの辺に転がっていてもおかしくないよな・・・。」
「これは・・・シャレにならないかもしれないな。」
「あぁ、今まで何度も通報場所へ行ったが、本当の事件は初めてかもな。」
 少々、冗談交じりに言っていた彼らは次の瞬間凍り付いた。死体のものではなかったが、砂登季が着ていた血まみれの服を見つけてしまったのだ。
「・・・、間違いなく血だ・・・。」
「け、警察に通報するか?」
「・・・、まずは現場の保存・・・。つぎに通報・・・。通報はされていて、現場は手が付けられていない・・・はず。だから・・・」
「お、俺は残りたくないぞ。」
「俺もだよ・・・。」
「じゃ、じゃんけんだ。」
 数回のじゃんけんにより、一人が舌打ちをして小さい墓石を椅子にした。そして、もう一人も大慌てでパトカーへ向かっていった。

「これで奴は警察に追われることになる。それに、お前が殺した組の人間にも、犯人は奴だと言ってある。しかも俺達も追っている。もう、逃がさねぇ。」
 三十路男が若者に説明している。
「そうですか・・・。ありがとうございます。」
「お前が俺に言ったとおりに、説明したんだ。そうしたら、思った以上に興味を持ってな。てっきり、信じてもらえないとおもったが。」
「俺だってまだ信じられません。人をバットごと投げるなんて・・・。」
「俺はまだ信じていないがな。
「・・・、それで何か情報は?」
「ない。」
 三十路男はふらっと部屋を出た。そして、ぶらついてくるの言葉を残し、若者の目から消えた。
 若者もしばらく動かなかったが、決意したかのように外に出ていった。

「手柄といおうか・・・これこそ本来の警察のあるべき姿と言おうか・・・。」
「・・・、何が言いたいのですか?」
「私はね、110が悪戯に使われることに、いつも怒っているのだよ。」
 そろそろ定年が近い初老の男性と、先ほどの警官が話していた。
「現場に手を付けていないだろうね?」
「それはもちろん。もう一人、自分と来た人間が見張っていますから。」
「って事はその人間次第か・・・。」
 初老男性は、自分よりもかなり若い警官を見下したかのように言う。警官は言い返そうとしたが、歳の差を感じたし、初老男性以外にも検査官などさまざまな 人間がいるのでやめておいた。また、たった一言で頭に来るなどと言う子供じみた行動は、初老男性からさらなる攻撃を受ける可能性があるのでぐっと口をつぐ んだ。
「・・・、荒れた墓地だ。犯罪にはもってこいだな。」
「血まみれの服と、墓石はこちらです。」
 初老男性の言葉を無視して、警官は現場へ向かっていった。
 足音を聞きつけたのか、残った警官も立ち上がった。
「お待ちしておりました。」
「野次馬は来たか?」
「いえ、全く。」
「なら、良し。さて、皆始めろ。」
 初老男性の後ろにいた人たちが一斉に仕事に取りかかった。

「間違いなく血ですね。この墓石に付いているものも、服に付いているものも。」
「そうか。しかし、この血を出した人間はどこだ?」
「今から、土が掘り起こされたような部分を調べております。」
 ファイルで示しながら、めがねをかけた中年が初老男性に説明している。
「あの中に埋まっているのかもな。墓地で殺して墓地に埋めるとは・・・何というか。」
「それでは私も調査に加わります。」
「うむ、報告ご苦労。」
 初老男性はただ調査を見ているだけではなかった。スーツに隠れてよく分からなかったが、ベルトに無線が固定されていた。
「こちら・・・石原。現場を調査した警官の報告どおり、血の付いた墓石と服が確認されました。今から、死体が埋まっていると思われる場所を掘り起こしま す。」
「・・・、了解。」
 今の時代、携帯電話が普及したと言っても、周波数が時間的に変わる警察無線を初老男性は好んでいた。ついでに、この無線機は電波を暗号化、圧縮し高圧で 一気に電波を打ち出すために、機密性が高いというのもあった。
「こいつを使う人間も減ったな。今の時代、ある程度平和で資源もない国の秘密を知ろうとする奴などいないかもしれないな。いや、経済力があるから秘密を知 りたがるか? ま、定年までしっかりと使ってやるか。」
 初老男性・・・いや、石原は無線を軽くたたいた。
 石原がひとりごちている間にも土は徐々に掘り返され、何か出てきたらしい。急に騒がしくなってきた。
 石原も掘り出す仲間に加わろうとしたが、遠くからその様子を見ている若者の姿の方が先に目に入った。
 石原は少し嫌な顔をしながら、若者に近づいた。
「パトカーがたくさん止まっていたから興味を惹かれたか? 青年。」
 青年と言われた人物は返事をしなかった。その青年は、砂登季から逃れた唯一の若者である。
「まぁいい。君もいい年だ。社会の常識くらいわかるだろう。警察が調査している現場に民間人が入ることは許されない。」
「・・・。」
「相当、興味があるようだな。それに君は暇そうだ。仕事がないのだろう? 来年も警察官の応募があるから出てみたらどうだ?」
「何か分かったのか?」
 石原の言葉を無視し、若者はぶっきらぼうに答えた。
「さぁな・・・。何もわかっちゃおらん。」
「ちっ。」
 若者はそれだけ言って都市の方へ向かっていってしまった。
「・・・。」
 石原は遠ざかる若者を見つめていた。そして、長年の感で怪しい人物であることに気づいたが、どのような関わりを持っているかまでは見抜けずにいた。
「警部・・・。すみません、民間人を追い払っていただいて。」
「いや、いいさ。私には肉体労働は似合わない。」
「あ、それでですね。出てきましたよ・・・死体が。」
「・・・、そうか。」
 石原は死体を見に行った。顔の原型が残っていないくらい殴られた死体が4体。後頭部が深くえぐれた死体が一体出てきた。当然、全てがアザだらけだ。
「ひどいものだな。さぞかし恨まれていたのだろう。」
「まだ正確な事は言えませんが、あの墓石の血はおそらくこの若者かと。」
 後頭部がえぐれている死体だけは、かろうじて顔の原型が保たれていた。その顔をじっと見つめて、石原は無線を取り出した。
「石原だ・・・。死体が五つ出てきた。今から犯人を捜すが、人手を増やしてもらいたい。」
「分かりました。今からそちらへ後十五人ほど向かわせます。」
「さて、鑑識は現場に残って犯人が落としていったものがないか調べろ。それ以外は全員、休憩だ。援軍が来てから、周辺の調査をするから気合いをいれ ろ!!」
 石原の声が、静かな墓地に響く。

「・・・? 何だ? この柱は・・・。」
 砂登季は鳥居を見上げた。紅い柱が高くそびえている。
「・・・、この先に何かあるのだろうか?」
 砂登季は石段を登っていった。彼は森をさまよっているうちに、石段を見つけ、そこを登っていたのだ。
「・・・。古めかしい建物だな。」
 石段の先には、社が一つ。長いこと手入れがされていないらしく、未だに建っているのが不思議な位だ。
「ここに身を潜めるべきか・・・否か。」
 そう言いながらも、砂登季は社に近づいている。
 周りに民家は見あたらないし、聞こえるのは風の音だけだ。人間が近くにいる可能性はない。
「あの時代はさぞかし居心地が悪かったろう・・・。」
 風に乗って、そんな声が聞こえた気がした。しかし、木の葉が風に飛ばされているだけだ。
 神社の周りは開けており、杉が一面に植えられている。所々、広葉樹が植えられているらしく、茶色い落ち葉が積もっている。木が多いので、遠くは見えない が、誰もいないように感じた。
「風の音か・・・?」
 砂登季のこの声も風にかき消された。そろそろ、秋の気配が近づいているのだろう。風が冷たい。

「ご苦労様です。」
「おぉ、波場君か。」
 波場と呼ばれた中年男性を含めて十五人が墓地に集まった。
「本当はもっと人員を集めようと思ったのですが、明日、米国の大統領がこちらへ来るために警備にかり出されてしまいましてね。ちょうど手の空いてる人間を 捜すのに大忙しでしたよ。」
「その割に、犬を連れてきてくれるとは君も抜け目がないな。」
「えぇ、先ほどの状況よりはごたついていませんでしたから。」
 警官が血の付いた服を確認したと大慌てで報告に来たために、自分まであわててしまったことを石原は恥じた。
「で、石原さん。状況は・・・?」
「森君。鑑識の結果を波場君に伝えてくれ。」
 服と墓石に付いた血の鑑定結果を報告した男性が二人に近づいてきた。
「まず、犯人のものと思われる金属バット、木刀、ナイフが合計6本。それから、犯人の足跡と思われるものが二つ見つかりました。足の大きさはほぼ同じで、 靴跡が違います。ちなみに一つは都市部へ、もう片方は森へ向かっています。」
「そうか・・・。」
 波場はうめいた。
「森君、バットや木刀は全て犯人のものか?」
「いえ、そうは思えませんよ。普通五つも武器を持ち歩く必要がありますかねぇ?」
「だよなぁ・・・。」
 石原も自分の質問に答えが出ず、うめいた。
「まぁいい。鑑識の人間は署に戻って精密な検査をしてくれ。それ以外の人間は、二手に分かれて手がかりを捜すぞ。みんな、よーく休んだだろう?」
 石原の声に皆がうなずいた。しかし、暑さのために声を出すものはいなかった。
「・・・石原さん、私が連れてきた鑑識は?」
「そうだなぁ、一緒に手がかりを捜してもらおうか。」
「ですね。警察より、些細なものから情報を得る力はありますしね。」
 二人の会話を聞いて、石原と一緒に来た警察官が立ち上がり始めている。
「私達は森の方を捜す。波場君たちは、墓地と都市部の間を調べてくれ。」
「了解しました。それでは、加藤君、君は石原君と一緒に言ってくれ。」
 加藤と呼ばれる人物は若い男性だった。彼は石原に一礼した。
「おぉ・・・忘れていた。犯人の服があるならば、警察犬に。」
 鑑識が持っていた服を犬に近づけた。すると犬は森の方へ向かおうとした。
「服の主は森へ行ったか。と、すると都市部へ降りたのは誰だ?」
「分かりません。とにかく捜してみましょう。」
 石原他十数名の警察官は、加藤が連れている犬の後を着いていった。
「よしっ、我々は墓地から都市部でを調査する。何か手がかりがあったら、鑑識を呼ぶように!!」
 波場の声が響いた。

 はじめは点にしか見えなかったものが、白い物体だとはっきりと分かる。それは太陽の光を反射して徐々にこちらへ近づいてきた。
 その姿が見えると、滑走路は急に騒がしくなった。警察官や軍隊が飛行機が降りる場所付近に集まった。それと同時に報道陣も集まってきた。
 その人混みをかき分けながら、数名の男性が数名の軍人に囲まれて進んでくる。その場には、ラフな格好をした報道陣と、ピシッとした制服に身を包んだ警察 官、そして迷彩服を着た軍隊で埋め尽くされている。その中で紺色のスーツを着た彼らは明らかに異質な存在に見えた。
 徐々に白い物体は、飛行機だと分かる大きさになってきた。そして、多くの人手ごったがえす滑走路に向かっている。
「さて、ネクタイがゆるんでいるなんて事は、ないよな?」
「えぇ、首相。大丈夫です。」
「そういう君も大丈夫だな。取りあえず、全国に放送されるんだ。身だしなみは絶対に決めておかねば。」
 軽い冗談が飛び交う。しかし、首相とその話し相手以外は皆緊張した面もちだ。
 周りがますます騒がしくなってくる。無線で情報をやりとりする警察官と軍隊。着陸の瞬間を記録している報道陣。飛行機の音がかき消されてしまいそうだ。
「来たか・・・。」
 誰とはなく、そんな声が聞こえた。
 飛行機が着陸し、彼らの前に止まった。そして、ハッチが開き、多くのフラッシュがたかれた。
 薄暗い機内から、一人の男性が現れた。彼はにこやかに手を振り、階段をゆっくりと下りてきた。そして、首相と呼ばれた人物へ近づいてきた。
「ようこそ!」
 首相はにこやかに腕を前に出した。飛行機から出てきた男性と握手をする。その瞬間、ますます多くのフラッシュがたかれる。
「来日、歓迎します!!」
「このような歓迎をうれしく思います。」
 お互いに声を掛け合うが、言語が違うので正確な意味は伝わっていないだろう。しかし、社交辞令というものだ。だいたいは分かる。
 二人はにこやかに肩を並べて、群衆から少し離れた場所に止められている車に乗り込んだ。当然、首相の周囲にいた人間もそれに続く。
「大統領。ファーストレディーは?」
 首相の言葉を通訳が相手に伝える。
「気分が悪いそうで・・・。少し遅れてくるそうです。」
 通訳の解説を聞きながら首相は気の毒そうな顔をした。
「それは残念です。早く良くなるといいですね。」
「えぇ。」
 車のドアが閉まり、そのままどこかへ向かっていった。その後を警察や軍隊の車が続く。何台かの報道陣の車が続いたが、多くがいまだに飛行機の前にいた。 大統領夫人を待っているらしい。

 森へ向かった警官の一段は道なき道を進み続けた。周りに見えるのは、木と落ち葉だけで、獣道といった場所でもない。しかし、今は警察犬を頼りに進むしか なかった。
「死亡推定時刻は午前零時といったところだ。この時間でかなりの距離を進んでいるのだな。」
 石原が汗を拭きながら言う。あまり疲れてはいないようだ。
「この犬が喋ることができるのならば、後どのくらいか教えてくれるのでしょうが・・・。石段が見えてきましたよ。」
「ほぉ・・・。こんな場所に寺か神社があるのだろうかね。」
 移動途中で、波場の方から犯人のものと思われる血の付いた木刀が見つかったという連絡があった。足跡をたどっていたら落ちていたらしい。一方、石原の方 は何も拾っていない。しかも、落ち葉で埋もれた場所であり、足跡を見つけることができない。完全に警察犬が頼りである。
「おや、ここのコケが・・・。」
「本当だ。靴跡まで分かるか?」
 石原に犬を預け、加藤は真剣にコケをにらんだ。
「うーん・・・。小さすぎますね。しかし、現場に残された靴跡と一致する部分があります。断定はできませんが、犯人のものではないでしょうか。」
「そうでしょうねぇ。見るからに人が来る場所ではなさそうですし。」
 他の警察官もそう言った。
「だろうな。いつ頃の足跡・・・なんて事は分かるのか?」
「・・・、えっ?」
 加藤が驚いた顔をする。
「駄目か。近くにいるといいのだが。ふぅ・・・。いや、私も歳でな・・・。正直疲れた。しかも、あまり顔に出ないたちで、うらやましがられるばかりだ。」
 石原は笑って腰を下ろした。ぼんやりと周りを見ながら、犬をなでている。
「やはり警察犬は大人しいな。近所のあの犬とは大違いだ。」
 石原に続いて他の警察官も腰を下ろした。
「石原警部。警察犬もいることですし、犯人もかなりの体力を消耗しているでしょう。追いつけないはずがありませんよ。」
「そうですよ。少しは休みましょう。さっきは穴を掘り、次は森の中を歩いてヘトヘトです。」
「ハッハッハ。そうだな。加藤君、君も休め。」
「えぇ・・・。」
「安心しろ。私達はいつもこんな感じで捜査をしている。それでも検挙率は悪くない。」 加藤も腰を下ろした。しかし、コケについた靴跡を見てる。
「曖昧な言い方をするならば、二時間から三十分の間でしょうね。この靴跡は。」
「・・・、まぁ休め。」
 加藤は深いため息をついて、周りを見渡した。
「・・・大きい鳥居がありますね。」
「本当に大きい鳥居だよなぁ。」
 加藤の隣に座っていた同じ歳くらいの警察官に話しかける。
「これだけ立派な鳥居が、こんな場所にあるなんて変ですね。」
「そうだな。鳥居が立派なほど、高位の神が奉られていると言うしな。全然人が来ないとなると罰があたるやもしれぬ。」
 石原が会話に加わった。
「へぇ・・・。鳥居の大きさで神様の位付けですか。」
「今の若者はそんなことも知らないのか。」
 今度は石原がため息をついてしまった。

 プルルルル・・・と一般的なベルの音がして、波場は携帯電話を取った。
「もしもし? 私だ、波場だ。」
「よぉ。俺だよ、ムロイだ。」
「・・・、何の用だ?」
「ちょっと、お前たちの調査に興味があってな。」
 波場と話している声の主ムロイは、砂登季と戦った若者を介抱した三十路男だ。
「俺には全てお見通し。お前たち、墓地で死体を見つけたな?」
「確かに・・・。」
 一般人に捜査内容を漏らすことは禁止されている。波場は周りの人間に、それが分からないように周囲を見渡し、同僚と話しているふりをした。
「で、犯人は見つかったのか?」
「いや。俺は都市部と墓地の間を調べているが、もう片方の組が森の中を調べている。」
「へぇ、森をねぇ。手がかりとかはあるの?」
「犯人が捨てたと思われる木刀やナイフなどの武器が6つ。それから血まみれの服だ。あぁ、それから、犯人は死体の服と自分の服を取り替えたらしい。」
「そうかい。ありがとよ。いつもの口座に五十入れてやるよ。」
「・・・ひょっとして通報したのはお前の組か?」
「ご明察。理由は聞くなよ・・・。」
 プツッ と電話が切れた。波場は表向きは会話をし終わった満足そうな表情をしたが、その手はもう一度ムロイの携帯に呼びかけていた。しかし、相手の携帯 電話は既に電源が切られている。
 波場は心の中で舌打ちをした。

「・・・、ムロイです。シバを狙った奴が分かりました。正確にはケイを殺した奴ですけど。どうやら、あの墓地の上にある森に逃げ込んだそうで・・・。」
「警察が調べているのか?」
「えぇ、いずれは見つかるでしょう。」
「かわいそうだが、五人殺した罪でしばらくはムショに行ってもらうか。出てきたら、さっさと消せばいいしな。」
「えぇ。ムショで死なないことでも祈っておきますか。」
「それから、あっちの組には上手く説明してある。こちらが何らかの不利益を受けることはない。」
「・・・すみません。あんな下っ端のために・・・。」
「じゃ、切るぞ。」
 ムロイは満足そうに電話を切った。
「ムロイさん。奴のことが何か分かりましたか?」
 振り向くと、あの若者が立っていた。
「シバか。勝手な行動は控えろ。さっさと”本部”に帰れ。」
「でも、俺はタツとケイの仇を・・・。」
「安心しろ、奴は明日にはムショ行きだ。警察がしっぽをつかんでいる。」
「しかし・・・。」
「くどい。」
 ムロイはじろっとシバをにらみ、どこかへ行ってしまった。シバはムロイの迫力に圧倒され、すごすごと”本部”へ帰っていくようである。

 森の中をさまよい、ゆっくりと時間だけが過ぎていく。石段の先にある社にも犯人はいなかった。警察犬は、社の奥の森へ警察官一行を導いている。
「・・・、だいぶ日が陰ってきたなぁ。」
 誰とはなしにそんな声が聞こえる。
「今日の調査はこれくらいにしておこうか? 完全に犯人と断定できないから、夜通し森を監視することもあるまい。」
 石原は無線機を取り出した。
「こちら石原です。犯人が捨てた服の臭いを警察犬にかがせ、後を追っているのですが未だに見つかりません。それで、今日の調査はここまでにしたいのです が・・・。」
「もう六時過ぎですね。分かりました。気をつけて戻ってきてください。」
「了解。これから、死体が発見された墓地へ向かいます。」
「それから、波場警部から連絡がありました。あの木刀以外は特に手がかりはんないそうです。それと、やはり足跡は都市部へ続いているそうです。」
「・・・了解。」
 石原は無線から耳を話し、後ろを振り返った。疲れ切った警察官が立っている。
「今の会話を聞いての通りだ。これから墓地へ戻るぞ!!」
「はいっ!!」
 なぜか元気のいい返事が返ってきた。
「加藤君、今日はご苦労だったな。それと、この警察犬にもお礼を言っておかねば。今日はご苦労さん。」

 ちょうど石原たちが墓地へ戻っている頃、空港を出発した車は立派なホテルへ到着していた。
 入り口には多くの警察官が横に並んでいる。
「妻のためにかなり遅れてしまい申し訳ない。」
 大統領が首相に謝っている。その隣で、大統領夫人も頭を下げた。
「お気になさらず。とにかく、ゆっくりとホテルで休んでください。」
「ありがとうございます。」
 やはり会話の途中途中で通訳が入っている。首相と大統領、大統領夫人は車から出た。そして、大統領と大統領夫人がホテルの中に入っていくのを見守ってい る。大統領の横からボディーガードや、側近と思われる人物が近づいている。
 大統領は振り向き軽く手を挙げた。首相との親密さを表すためだろう。
 首相もそれに答え、笑顔とともに手を挙げた。その瞬間、フラッシュが一斉にたかれた。
 大統領がホテルの中に入ってしまうと、首相は車に戻った。
「首相、米国大統領の来日が終わったら、国会で例の法案の可決へ向けて党内の意見を一致させなければなりませんね。」
「そうだな・・・。」
 形だけでもニコニコし、楽しい時間が過ごせたのだが、急に現実に戻され首相の声も顔も暗くなった。話しかける議員の声も暗いのも原因だろう。
「今年度国会の目玉、警察組織構の変革も可決することができるといいのですが。」
「あぁ、あれは党内の意見も反対が多いから厳しいよな。」
「えぁ、それ以外は何とかなりそうなのですが、あの法案は全く駄目ですね。」
「しかし困った。あの法案をネタにして来年度、野党が攻撃してくるのは火を見るよりも明らかなだな。」
 首相がため息をついた。周りの数名もため息をついている。
「そうですね。連立を組んでいる党ですら完全に反対していますから、かなり厳しい攻撃をしてきそうですね。」
「来年の夏は選挙だぞ・・・。困った・・・。」
 首相は頭を抱えてしまった。
「首相、我々が全力でフォローしますからどうぞ安心してください。」
 その声には確かに力がこもっていたが、どことなく薄っぺらい感じがした。
 首相たちを乗せた車は、首相官邸へ向かっている。夕日を反射し、車がオレンジ色に輝いていた。まるで燃えているかのように。
 大統領が乗っていた時には着いてきた報道の車がいなくなり、今は数台の警備の車だけである。急に車の数が減りこの夕日だ、どことなく寂しさが漂ってい る。

「・・・、日が暮れた。」
 飲まず食わずで山をさまよってた砂登季はやっと立ち止まった。朝から水も食料も口にしていなかったが、空腹感もなく疲労も感じていない。
「あの岩の影にでも隠れてみるか・・・。」
 砂登季は岩に背を持たれた。数分後にはもう、彼は眠ってしまっていた。

 道ですれ違った青年を殺し、警察に見つかった。そして、銃で撃たれ自分は雨の中、都市の中を逃げ回った。その後、何人もの警官に囲まれ、その都度殺 し・・・また囲まれ・・・何度も何度も殺し・・・体は傷だらけになり、そして倒れて・・・

「ん・・・。」
 何時間眠っていたのかは分からないが、砂登季は朝日で目を覚ました。自分が眠っていたことに気づくと、素早く周囲を見渡したが誰もいない。
「ふぅ。」
 嫌な夢だ。彼はため息をついて、その場に座り込んだ。警官を殺した覚えはない。ただ、確かに青年は昨日殺した。
 夢のことを考えつつも、砂登季はあたりを見渡した。よく考えると、ここは山の頂上に近い。周囲はなぜか岩が露出しており、特に身を隠す場所もない。
「もと来た道を戻り、途中の森に身を潜めるか。それとも進み続けてみるか・・・。」
 不意に彼は左肩がうずくのを感じた。
「・・・?」
 夢の中で、左肩を撃たれたのははっきりと覚えていた。まさかと思い、確認はしたが当然の事ながら傷一つ残っていない。
「夢だ。夢。」
 しかし、気になる。自分は以前に警官を大量に殺した気がしてくるのだ。
「そう言えば、私はなぜ警察に追われているのだ? 墓地で男を殺したためか?」
 徐々に過去の記憶があやふやになってくる。夢で見たものが自分の過去に思えてくる。そして、本当の自分の過去が夢により消えていく・・・。

バラバラバラ・・・

 遠くからヘリコプターの音がする。
「しまった!」
 砂登季は身を翻し、ヘリコプターから影になる場所へ向かった。しかし、一瞬遅かった。ヘリコプターに乗っていた人物は間違えなく彼の存在を確認し、仲間 に報告したのだ。
「こちら、ヘリコプター。山の頂上付近に、犯人と思われる人間の姿を確認!」
 その報告は、五人ずつ組を作り、山の頂上を目指す調査部隊に届いていた。
「威嚇のための発砲の許可を!」
 ヘリコプターに乗っていた人物の一人が無線機に向かって言う。
「許可する! ただし、その場にとどめるための発砲のみだ!」
「分かりました。直ちに開始します。」
 誰一人として、山の頂上にいる人物を一般人だとは考えていなかった。紅葉の季節でも無ければ、狩猟が許可されている山でもない。ましてや国有地で一般人 の立ち入りが禁止されている場所であった。
 奴が犯人だ! 警察官の全てがそう確信した。
 許可を求めた人物は、後ろに下がり箱から猟銃のような銃を取り出した。
「発砲開始!!」
 この声は砂登季には届かなかった。だが、自分がおかれた状態は銃弾が岩に当たる音でだいたいは想像がついた。
 銃弾は甲高い音を立てて彼が隠れている岩に全て命中した。細かく砕かれた岩の破片が飛び散り、岩本体が微かに揺れた。
「ちっ!」
 砂登季は他の岩陰へ逃げようとしたが、目の前の小石が銃弾により舞い上がった。
「今度は前か・・・。ここから動かさないつもりか・・・。」
 砂登季はため息をついた。

 ふっと目を開けると、目の前には自分のうなじが見えていた。
「・・・?」
 目をつぶり、ため息をつき、頭を軽く下へ動かした・・・そして、ため息が終わり頭を元の位置に戻しながら目を開けた。
 彼は確かにそうしようとしたし、そうしたという感覚が残っている。だが、目の前には自分の姿がある。
「夢ではないのか?」
 夢の最後で、倒れた自分を自分で見つめていたのを思い出した。
「・・・っ!」
 何となく理由を考えようと、岩にもたれかかろうとしたが、彼の体は岩をすり抜けてしまった。どうやら、地面まですり抜けて、地球の反対側まで行ってしま うことはなかったが、岩から半身がはみ出してしまっていた。
 ところが、ヘリコプターははみ出した自分を撃つどころか、何も言ってこない。岩から半身出ていて異常だと思わない人間などいるだろうか?
 彼は冗談半分で岩から身を乗り出し、ヘリコプターの前に立った。反応がない。
 しかも、意外な反応が返ってきた。
「岩に隠れていないで、早く出てこい!」
「何? 見えていないだと?」
 見えていないのならば、あのヘリコプターを何とかしたい。砂登季はヘリコプターに近づいた。ところが、目の前はもうヘリコプターの中だった。
 銃を構えた男がじっと岩を見ている。そして、操縦者は機体を水平に保つために必死になっている。
「ん?」
 何かの気配に気づいたのか、銃を構えた男がこちらを見た。しかし、何事もなかったかのように再び岩を見る。
「やはり、見えていない・・・」
 砂登季が次に取った行動により、銃を持った男はヘリコプターから落ちた。正確には、自分で立っていられなくなったのだ。地面には頸椎が砕かれた死体が落 ちている。
「何だ?」
 操縦者以外にも機内には何人もの人間がいた。彼らも砂登季によって殺されていってしまった。姿が見えないために、攻撃はまともに食らってしまう。ただで さえ、威力が高い上に、確実に食らったとなれば、被害はすさまじいものになる。
 腹を殴られ、背中から背骨が突き出る者、手刀で首を切断される者、頭蓋を握りつぶされる者。操縦者は横から頭を殴られ、機内には首から下しか残っていな い。
「・・・他愛もない。」
 機内から砂登季は出て、自分のもう片方の体に戻ろうとした。
「・・・、いたぞ!!」
 岩場にうずくまっている砂登季を、警察官の一団が見つけたらしい。
 ちょうど、その時、ヘリコプターが落ちた。操縦者がいないのだから無理もない。むしろ、今まで浮かんでいられたのが奇跡のようだ。
 爆音と、爆風。そして、飛び散る小石やら煙やら土埃やらであたりはほとんど見えなくなった。そして、岩の影にうずくまっている砂登季の体は傷だらけに なっていた。
「・・・、また傷だらけか。」
 どういう仕組みなのか未だに分からないまま、砂登季は自分の体に戻った。
「・・・また?」
 雨の中、警察から逃げて傷だらけになったのか、それとも青年と争って傷だらけになったのかどちらなのか分からなくなった。何気なく出た一言に疑問を持ち つつも、砂登季は逃げようとした。体中傷だらけでは、警察官の相手は難しいと判断したからだ。
「何も見えん! 誰か、ケガをした奴はいるか!?」
 煙の向こうで警察官が怒鳴っているのが聞こえる。その声を聞きながら、砂登季は警察官たちとは反対の方向へと走っていた。

「犯人は?」
「いません!」
 煙がおさまり、警察官たちは砂登季がいたはずの場所を調べていた。
「ヘリはどうして落ちたんだ?」
「分かりません。」
「と、いうよりもどうして落ちたんだ?」
 様々な声が飛び交う。
「犯人のものと思われる血痕が残っています!!」
 バラバラな意見を述べていた警察官たちが一瞬で静かになる。
「・・・、あっちだ。」
 比較的若い警察官たちは、血痕に沿って走っていく。残った数人は、他の組に連絡を取ったり、他に犯人が落としたものがないか調べている。
「いたぞ!!」
「犯人はケガをしています!!」
 岩場の下り坂。そこで足を引きずりながら走っている砂登季を見つけることなど簡単であった。
「犯人の前方に、他の組がいます!!」
 砂登季は挟まれてしまった。

「挟まれたか・・・。仕方ない。」
 砂登季は、自分の前方に向かって小石を投げた。その小石はうなりを上げて、一人の警官の胸に突き刺さり、内部で止まった。石の周囲から噴水のように血が あふれている。
 砂登季本人は軽い威嚇のために投げたつもりだった。事実、投げてすぐにできる限りの早さで逃げし、警官をびっくりさせるために使用するつもりだった。し かし、その威力は絶大なものであったようだ。
 一瞬にして、警察官たちはパニックになった。体に入っている石を取り出そうとするもの、砂登季を追おうとするもの、追おうとするものを引き留めるもの。
 血は止まらず、警官は仲間の前で死んだ。そして、彼の死を確認した時には砂登季の姿はどこにもなかった。

 砂登季は山を下り、例の墓地に出てきてしまった。出てきてしまったというのは、他でもない。墓地にも警察官がいたのだ。
 そして、墓地に来る途中でまた警察官の一団に追われていたのだ。
「まるで図ったように追ってくる・・・。」
 砂登季の傷は完全に治っており、かなりの速度で走ることができていた。そのため、森の中で会った警察官たちとはかなりの距離ができてる。
「しかも、図ったように待機しているとは・・・。」
 砂登季はため息をつきたかった。
「いたぞ!」
 木の陰で墓地で待機している警察官たちを見ているうちに追いつかれてしまった。そして、その声により、墓地にいた警察官も自分に気づいたようだ。
 墓地にいるのは三人。山から追っている警察官たちより少ない。彼は森に逃げ込むのではなく、都市部へ向かうことを選択した。

 数分後、彼はパトカーに追われていた。奇跡的にまだ追いつかれていない。
「このままでは・・・。」
 さすがに追いつかれてしまう。砂登季はそう思った。息も切れてきており、もう数分と保ちそうにない。
「こちら第六号車! 犯人の走行速度は時速六十キロを超えています。とても人間とは思えません!」
「あぁ、お前たちの早さでだいたいは想像が付く。」
「このような道では、五十五キロ出すのですら危険です。早く対処しないと振り切られてしまいます!!」
 道は下り坂でつづら折りになっている。対向車線があるくらいの道だが、トラックなどが来たら、片方が止まらざるを得ないほど狭い。しかも、パトカーが 走っている車線の横は崖である。気休め程度のガードレールが付いているが、この速度でつっこんだら間違えなく下に落ちてしまうだろう。
 最前列の六号車の乗組員はイライラしながら追跡していた。命をかけて速度を上げるべきか、持久戦に持ち込み犯人が動けなくなるのを待つか。
「・・・、こちら第一号車、石原。六号車、犯人の前に横付けして動きを止めろ!」
 そんな声が無線から届いた。警官たちは目を見合わせた。そして、覚悟を決めた。
「第六号車、犯人の前にパトカーを横付けします!!」
 砂登季に最も近いパトカーに乗っていた警官が、仲間に報告する。
「了解! 犯人は犯罪者だ。かなり追いつめられている。何をするか分からないから気をつけろよ。」
「了解しました。だだちに開始します!」
 無線機を置き、助手席の警官が懐から銃を出して、運転席の警官に合図をする。エンジンの回転数が上がり、中央線をはみ出しながらすごい速度で下ってい く。運転手は脂汗で服の袖が冷たくなるのを感じたし、それ以外の警官たちもかなり緊張していた。
 何者かがかなりの勢いで自分に近づいて来るのを砂登季は感じた。そしてその時、一台のパトカーが砂登季の目の前に横付けしてきた。
「そこの男、殺人の疑いで逮捕する!」
「どいて頂きたい!」
 警告を発っしながらパトカーから出ようとする警察官、自分の意志を伝える砂登季の二つの声が重なった。
 警察官と砂登季の間は一瞬で無くなった。そして、構えた銃の引き金を暇すらなく、警察官は強い衝撃を受けた。
 パトカーから出ようとしていた警察官は、砂登季の手刀で串刺しにされた。そして、砂登季の腕に刺さったまま、パトカーにたたきつけられた。パトカーのガ ラスが割れ、窓枠の変形している。そして、全体的に見ればくっきりと警察官の形にへこんでいた。
「待て!」
 ハンドルを握っていた警察官は、扉が開かないことが分かると、フロントガラスを割って外に出た。そして、後から続いてきたパトカーに乗り、砂登季を追う ことにした。
 パトカーに埋め込まれた警察官はもうあきらめるしかなかった。
「何という力だ! これでは横付けは危険だ!」
「追突させますか!?」
「いや、それはできん!」
「しかし、犯人を止める手段は他にありませんよ!?」
 砂登季の真後ろを走っているパトカーの中で白熱した議論が交わされている。追突するにしても、追いつくだけでも一苦労なのだ。そこで自分達が崖に落ちて は話にならない。かといって、犯人を目の前で逃がしてしまう訳には行かない。
 警察官たちは皆、ジレンマにかられた。
「長官に無線で許可を取ってみる。それまでは、犯人を追い続けろ。いつかスタミナが尽きるかもしれぬ。」

「あれは、竜身峰での戦闘でした。あの時、ゲリラ部隊の襲撃により我が軍の駐屯部隊は壊滅的状況になりました。そして、ゲリラ部隊は勢いに乗り、当時我が 国と交戦中のアメリカ軍へと攻め込みました・・・。」
 ステージの上で一人の老人が話している。彼は、一息入れて台の上にあったコップの水を一口含んだ。
「そして、アメリカ軍もかなりの打撃を受けました。その襲撃から3日後。日本軍とアメリカ軍は停戦協定を結び、駐屯地のゲリラ部隊の一掃作戦を協力して行 うことを決定したのです。」
 最前列に座っていた首相と大統領がうなずく。
「作戦は見事に成功しました。ちょうどその頃です・・・。当時の日本の首相、アメリカの大統領が戦争の無意味さと平和の尊さを感じたのは・・・。」
 老人は大きく息を吸った。
「そして、日本とアメリカは平和協定を結び、今のように協力し合っています。お互いの国に部隊を置き、それぞれの国を互いに守っています。そして、他の国 々の平和を維持するために基地を設けました。」
 パラパラと拍手が聞こえる。それにつられて、首相と大統領も手をたたく。二人とも満足げな笑みを浮かべている。
 ちなみに、大統領は同時通訳のために、老人が何を言っているのかはっきりと分かっている。
「そして、今の平和があるのです。しかし、その平和を脅かすものが軍隊から犯罪者へと変わっています。彼らは平気で人を殺し、建物を破壊します。これから の軍隊は、他の国の危険な指導者ではなく、自国、そして外国の犯罪者に対抗するために・・・」
 老人の力説が続いていた。

「・・・、このままだと終戦記念の会場へ行ってしまうぞ!」
 パトカーの横付けに失敗してから約二十分、砂登季はひたすら走り続けている。
 道が広くなり、完全に通り抜けができる。崖もなくなり、道路下五メートルくらいには川が流れている。道路から飛び出したとしても命は助かるだろう。とは いえ、未だに急カーブが多いのでスピードを出すのは危険だ。
 警察官たちは未だに対処法を考えていた。
「長官! 追突の許可を!」
 一番前を走っているパトカーからの無線が入る。その声は、警察庁の臨時対策本部の前にいた長官にも届いていた。
 あれから二十分、長官もひたすら悩んでいたのだ。部下に危険な思いをさせてまで追突させるべきかどうかということを。
 始めは確実に犯人の体力がなくなり追いつけると思っていた。しかし、犯人は未だに逃走を続けている。そして、後数分間逃走を続けさせてしまうと、終戦記 念の会場に入ってしまう。
 道は一本道で、犯人は確実に会場に入るだろう。その後の被害を考えると、今確実に犯人を対処しなければならないことは明らかだった。
 しかし、長官は一つ気にかかることがあったのだ。それは犯人の戦闘能力である。無線の報告からして、普通に押さえ込もうとしても不可能だろう。それでも 犯人を止めなければならない。
 長官は軽いため息をついて、無線機を取った。
「・・・やむを得ん。許可する。責任は全て私が取る。」
「ありがとうございます。・・・追突せよ!!」
 ハンドルを握っていた警察官が、アクセルペダルをグッと踏んだ。運がいいことに、ある程度の長さの直線道路である。
 助手席や後部座席に座っている警察官は衝撃に備えて身構えている。運転手も犯人を殺さない程度の速度で、かつ砂登季に追いつける速度を調整しながら車を 走らせている。当然の事ながら、今まで車を人に追突させる運転などということをしたことがない。しかも、自分は警察官なのだ。運転手は妙な気分になりなが ら、砂登季との距離を測った。そして、速度を上げたパトカーは砂登季を巻き込みながら止まった。
 フロントが大きくへこみ、警察官たちは衝突の感覚がまだ消えていない。加えて、周囲からはどことなくゴムのこげた臭いがする。人間をひくというのは何と も言えない感覚だと、車内全ての人間が感じていた。
「・・・やったか?」
「とにかく、犯人の捕獲を!」
 後部座席に乗っていた警察官が外に出る。運転席に座っている警察官は、犯人が再び逃走するのに備えてその場に座っているし、助手席の警察官も長官への報 告のために座ったままだ。
「まさか、死んでいないよな・・・。」
 車の前方に近寄っていく警察官を身ながら、助手席の警察官が言う。
 その時だった、頭部から血をだらだらと流した砂登季が立ち上がった。その姿に一瞬、全員がひるむ。
「・・・、許さぬ。」
 煮えたぎった目を光らせ、一人の警察官の首をつかむ。警察官はその姿に圧倒されてしまい、抵抗すらできない。そして、頸椎を残し、首をはぎ取られてし まった。
 悲鳴すら上げられずに、警察官が倒れた。
「う、動くな!!」
 声になっていない声を上げて、もう一人の警察官が銃を構えた。しかし、砂登季はゆっくりと近づき、警察官の手首をつかんだ。
「・・・、なぜ攻撃する?」
 答える前に、砂登季は彼の腕を引きちぎった。骨と腱が切れ血が勢いよく飛び散る。引きちぎられていない腕も、引きちぎられた衝撃であり得ない方向を向い てしまっている。そして、砂登季が持っている腕の先には銃が握られていた。
「!!」
 恐怖で動けない車内の警察官をにらみつけた。
「動くな!」
 警官が惨殺される光景を見ていないパトカーが威勢のいい警告を発しながら近づいてきた。状況不利と感じた砂登季はすぐさま走り出し、車内の警察官はあや められることはなかった。

「大丈夫か?」
 追突した車に乗っている警察官たちは放心状態になっている。あんな光景を目にしたのだから無理もないのだが。
「気分が落ち着いたら、追ってきてくれ。早くしないと会場に着いてしまう。」
 そう言い残し、最後の一台が砂登季を追っていった。
「一体、いつまで逃げればいいのだ? それとも戦うべきなのか?」
 追突での傷はまだ痛むが深刻な状況ではないし、戦闘能力では圧倒的に自分が上だということを砂登季は分かっていた。しかし、なぜか警察官と戦うことは気 が引けた。昨晩見た夢が原因なのかもしれない。そんなことを考えながら砂登季は走っていた。
 道は一直線に続いており、後少し行くとなぜか検問がある。そして、横には巨大な建物があり、人がたくさんいる。
「逃げる場合はな、取りあえず人が多い場所へ逃げろ。警官は民間人を撃つことは許されていないからな・・・。」
 こんな声が砂登季の頭の中をよぎる。
「・・・? 沖・・・東山・・・さん?」
 何かを思いだした気がしたが、それ以上の思考は無理であった。ついに警官が発砲してきたのだ。
「・・・。」
 砂登季は建物を見た。そして、ガードレールを飛び越え、まばらな木々の間を縫い建物へ向かっていった。
「しまったぁ! 会場へ向かっているぞ!!」
 銃を構えた警察官が叫んだ。
「とにかく、検問の人間に知らせるんだ。会場には軍がいるから!」
 最前列のパトカーは検問の前で止まった。
「警察です! 追跡していた殺人犯が、終戦記念の会場へ逃げ込みました。早く警備の人間に知らせてください!」
 検問に立っていた軍人は驚いた。
「・・・本当ですか? 会場には首相もアメリカ大統領もいます。他にも・・・国の政治に関わる重要な人物が・・・。とにかく知らせます。」
「特徴・・・というか。犯人の服はかなり汚れています。また頭部にケガをしています。」「分かりました。普通、そんな人間が会場にいるはずがないので、す ぐに見つかるでしょう。」
 軍人は無線を取り出した。それと同時に反対側の軍人に目で合図した。
「緊急事態なので、パトカーの会場乗り入れを許可します。さぁ!!」
 軍人の声に手で感謝の意を示して、パトカーは検問を通り抜けていった。

「止まれ!」
 声を出した瞬間に、腰から二つに体が分かれた。砂登季は巡回していた軍人の警告を一切無視して、建物へ走っていった。
 遠くの道をパトカーが走っているのを確認し、砂登季は建物内部へ向かっていった。建物内部ならば、人がたくさんいて何とかなると思ったからである。
「きゃぁ!!」
 外を歩いていた女性が、砂登季の異様な姿を見て悲鳴を上げる。
「どいてくれ!」
 女性は勢いよくはねとばされ、他の人間にぶつかる。たったそれだけで、建物の周辺は混乱状態に陥った。
「女性が殺されたぞ! 警察に連絡しろ!」
「いや、救急車だ!」
 そんな声で、どんどん野次馬が集まってくる。そして、その集まる場所が砂登季が進もうとしている道であった。人の群れをかき分け、彼は進んでいく。そし て、彼は目の前にいる人間をことごとく死体へと変えていく。
 血と死体で軌跡を作りながら砂登季は建物内部に侵入した。扉には警備兵がいたが、二人とも手刀で串刺しになった。そして、まだ意識が残っているのに扉の ガラスを割る鈍器として利用されてしまった。

 砕けたガラスの音で、大統領の演説が止まった。彼は先ほどの老人の演説のすばらしさを長々と述べていたのだ。
「何の用だ?」
 通路を巡回している人間が砂登季に向かって歩いてくる。軽い質問をしているが、姿勢は明らかに戦闘態勢である。また、スーツを着ているが、間違いなく軍 人である。
「私は逃げているのだ!」
 砂登季はスーツを着た軍人に近寄り、水平に腕を放った。軍人は中に舞い、客席に飛び込んだ。砂登季はそのまま、ステージへ向かって走っていく。途中で三 人の軍人が襲いかかってきたが、全て手刀で腹を貫かれている。しかも、腕を引き抜かず、無理に横へ動かしたため胴が避け、腸がはみ出している。
「大統領と首相を保護しろ!!」
 ステージに立っている大統領の前に、何人もの軍人が集まった。皆、死の恐怖で顔が青い。一方、最前列の席に座っていた首相は軍人に囲まれて素早く会場か ら出ようとしていた。
 そして、それ以外の軍人は全て砂登季へ飛びかかっている。会場にいる人間を逃がすための時間を作るために、そして大統領の前に辿り着くのを少しでも遅ら せるために。
 誰一人として、彼を止められるとは思っていない。
「私をなぜ攻撃する? 私の力を試したいのか?」
 横から彼に飛びかかる軍人たちをはねのけているうちに、彼の怒りは頂点に達した。そして、ステージで大統領を囲んでいる軍人の一人に強力な一撃を加え た。その軍人は肺と同じ大きさの穴を体に作り、もとあった肉を吹き飛ばした。その攻撃による衝撃はすさまじいもので周囲の軍人たちも気を失っている。
「ただの警官殺しでは私の罪は軽いというのか? 雨のあの日、すれ違った若者を殺した罪では軽いというのか?」
 気が付けば、砂登季の過去は完全に夢で見たものと混じり合っていた。昨日は晴れており、都市の影で若者を殺した。しかし昨日、雨の中若者を殺した記憶も ある。彼は自分の叫んだことに疑問を感じた。
「さらに多くの警官を殺さねば、私はいけないのか?」
 疑問を感じつつも彼は怒りにまかせて叫んだ。誰に答えてもらう訳でもない。そして、問いかけながら気絶している軍人に次々と手刀を繰り出していった。
 その恐ろしい問いかけは大統領にも首相にも聞こえていた。大統領は何を言っているのか分からなかったが、自分の上に倒れてくる軍人の数が増えていること で、言葉以上の恐怖を感じた。そして、軍人から流れ落ち、自分の額を滑り、自分の鼻から落ちた血を見て気絶した。
 全ての軍人は死体へと変わった。幸い大統領は軍人たちが被さっていることで、砂登季には見えていなかった。
 全ての軍人を殺し、砂登季は振り返った。会場にいた人間は全員外へ逃げており、所々に自分の殺した軍人が倒れている。
「・・・、なぜだ? なぜ、誰も答えを言わないのだ?」
 一瞬、失望のために気が緩んだ。そして、一瞬に外にいる軍人たちが完全武装で乗り込んできたのだ。やはり早めの通報が効いたのだろう。
 そして、目の前の光景を見るやいなや、問答無用で砂登季を狙い銃を撃ってきた。
「くっ!」
 はじめの数発が体に食い込む痛みで砂登季は我に返った。彼は残りの銃弾をよけて、最も近くにいた軍人へ向かっていった。
「この悪魔め!」
 砂登季に向かって軍人は果敢に銃を撃った。しかし、それは全て外れ、逆に彼の平手を頭に受けてしまった。首が後ろに折れたまま、軍人は倒れた。
 いくつかある入り口から軍人が次々と入ってくる。そして、全ての銃口が砂登季に向けられている。砂登季は、軍人の死を確認する以前に、大量の銃弾をよけ ることに意識を集中しなければならなかった。
 右から、左から、そんな表現では追いつかない。一秒間に百以上の銃弾が彼に向けて飛んでくる。全てよけられたのは、はじめの数秒だけであった。
 一発が足に当たり、体の位置が予定よりも数ミリずれたのだ。そして、そのずれにより、砂登季は十発の銃弾を体に受けてしまった。
 次の瞬間に彼は銃弾を浴びていた・・・。
 砂登季は自分が殺した軍人と同じように、ボディーガードの上に倒れ込んだ。だが、銃弾は容赦なく彼の体に突き刺さってくる。
「私の疑問に理由を教えてくれる者はいないのか?」
 銃弾が突き刺さるにつれて、徐々に体が消えていく感覚がする。だが、痛みは無い。砂登季には死への恐怖は無かった。ただ自分が殺されているという確信 と、自分を攻撃する理由が分からない事への無念さが残っていた。
「何とかして、理由を知る方法はないものか・・・。」
 体には大量の銃弾が埋まっており、筋肉は機能していない。しかし、砂登季は立ち上がろうとした。そして立ち上がったという感覚が返ってきた。
 感覚が返ってきた時、砂登季は初めて疑問に感じた。夢の内容が記憶に混じっているために、銃弾の痛みはよく分かっている。その銃弾を大量に受けた自分が 立ち上がれることに疑問を感じたのだ。
 しかし、その疑問はすぐに解決された。砂登季は、血まみれで肉塊と同じような状態の自分を見た。そして、銃弾を受けて周りの様々な人間の肉と血が飛び上 がる光景を。
「むごいことを・・・。」
 今の自分の体を銃弾はすり抜けている。そのために彼はヘリコプターでの戦闘と同じ状態にあると確信した。
「殺された人間をさらにいたぶるとは・・・。あの若者たちですら、殺した人間にそれ以上、攻撃は加えなかった。そして、死体を埋めようとしていた。」
 砂登季はその場に立ってひとりごちた。そして、軍人たちをキッとにらみつけた。
「だが、あの男たちは自分が殺した者ではないものに攻撃をしている・・・。死んだと言うことが分からないのか? 殺されたと言うことが分からないのか?  自分が死ぬまでは分からないのか?」
 彼自身、死ぬという事がどういうことが分からなかった。だが、いま銃弾を浴びて肉を飛び散らせている自分が、死んでいる状態なのだろうと判断した。それ と同時に、死んだ人間にさらに攻撃を加えている軍人に対する怒りが沸いてきた。
「ならば・・・私が教えるしかないのか?」
 その怒りは、彼の体からあふれ出し、衝撃となって軍人たちに吹き付けた。衝撃はすさまじく、軍人たちは立っているのがやっとだった。そして、その衝撃が 収まった時に、今度は血の嵐が巻き起こった。
 軍人たちには原因は分からない。とにかく、目の前の人間の肉が裂かれ、内臓が体からこぼれ落ちていく。そして、その光景を目にした人間は、次の瞬間には 同じ状態へと変わっている。
 一体誰が仲間を殺しているのか? それは全く分からない。目の前にいる仲間が一瞬のうちに肉塊へと変わっているのだ。ただ、体から血が噴き出すなどとい うレベルではない。死んだ人間は、どこがどの部位だったか見当が付かない。かろうじて血と肉の区別が付くだけである。
 このような明らかに異常な現象が起きているだ。軍人たちは一体何を狙うべきなのか分からず、その場に立ちつくした。何人かは、先ほどの衝撃で気絶してし まい仲間に起こされたばかりであったから、まだ意識がはっきりしていなかったのかもしれない。しかし、次から次へと人間が肉塊へと変わっていく様を見て、 その見えない何かを狙うように銃を撃ち始めた。
 その時、別な悲劇が生まれた。
 全く姿が見えないために、軍人たちはめちゃくちゃに銃を撃った。もう何を狙っているのか分からない。取りあえず、肉塊に変わる人間がいる場所を狙って 撃っているのだが、そこには味方も立っているのだ。そして、狙われた人間は誰の銃弾により自分が殺されているのかも分からず死んでいった。その死体の肉へ の分解レベルは、何者かの攻撃に比べると低かったが、ほぼ肉塊へと変わっている。
 会場内部へ突入した軍隊が混乱しているのに気づき、外にいた警察や軍人が近づいてくる。そして、入り口に近づいた人間を何者かが肉塊へ変えていく。その 光景を見た人間が銃撃を開始した。建物の中、そして外で銃弾が飛び交っている。そして、次々に銃弾を受けた人間が倒れていく。武器を持っている軍人や警察 官はまだマシな方だった。無力な一般人は逃げようとするまもなく銃弾を浴びている。
 ところが、一瞬で人間を肉塊へ変える、あの”何者”かの攻撃はなかった。いや、銃弾により倒れる人間もほぼ同じような状況だったために区別が付かなく なっていたのかもしれない。とにかく、あたりは血が霧のように空気中に漂い、怒声と銃声がこだましていた。

 約一時間後、生き残った人間が見たのは肉と血の海だった。周囲は一瞬のうちに凍り付いた。
 自分達は一体何を狙っていたのだろうか? そして、自分は何をしたいがために戦っていたのだろうか? 生き延びた軍隊と警官たちは、一瞬のうちに状況を 飲み込んだ。目の前で死んでいる人間は、自分が殺していたのだということを。そして、殺した人間たちは自分を殺そうとしていたということを。
 会場に突入した人間は、何者かにより全滅していた。そのため、この現象が起きた原因は誰にも分からなかった。

「・・・、恐ろしいことだ。犯人は未だ逃走中とはな。」
 朝刊を手にして首相がつぶやく。その手は微かにふるえている。
「大統領の葬儀は明日行われるそうです。緊急でその時間帯のスケジュール調整をしております。」
「大統領・・・お気の毒に。」
 首相の顔は青くなり、目が潤んでいる。
 あの時、後数分犯人の突入が遅かったら、自分がステージに立って演説をしていただろう。そして、軍人が自分の周りに集まり犯人が・・・。

「先生、世論は傾いております。あの法案は国会で必ず可決されます。」
 電話越しに、ガラガラの声が聞こえる。
「そうだな。これほどの事件が起きれば世論が傾かない方が不思議だ。」
 こぎれいな部屋には数枚の絵が壁にかけられ、小さな彫刻もおかれている。そして、部屋の中心には机があり、黒革の椅子がおかれている。その椅子にゆった りと腰を据えながら、一人の男性が電話で話している。
「犯人が捕まっていないことがなおのこと国民を恐怖に落とし込みます。何しろ、日本軍最大の基地、天坂柱基地にいる軍人の半数が、そして天坂柱地区の警察 官がほぼ全員死亡しています。しかも、天坂柱の軍人の半数といえば、日本軍のおよそ一割ですよ。これで恐怖しない国民などいますかね?」
「ふっ、そうだな。」
「先生、笑うなんて不謹慎な。」
 電話越しの声も笑っている。
「大統領とホテルで別れ、首相官邸へ向かう車の中。俺は首相を説得したが・・・もう圧力を加える必要もなかろう。」
「えぇ。・・・あ、それから先生に言い知らせがあるのですよ。」
 ガラガラ声がさらにうれしく言う。
「何だ?」
 その声は、首相官邸へ向かう車の中で首相を説得した時のようにドスが聞いた思い声だった。
「あの、竜身峰の駐屯地にあった遺伝子化学の基地が採集した幻のDNAサンプル”戦滅”が見つかったのですよ。」
「・・・。私達の組織が資金を援助して、戦後何とか生きながらえたお前たちの研究所で最も価値のある品がやっと見つかったか。」
「そんな嫌味を言わないでください。でも、ちょうどいい時期に見つかりましたよ。」
 先生と呼ばれている議員は、うれしそうに言った。
「あの法案にちりばめられている文章により、人間の遺伝子を改造することも許されてしまう。それにより、最強の軍隊・・・いや警察を作ることができる。」
「そうですね。ついでに、国民だって反対しませんよ。何しろ、侵略や支配のための軍ではなく、平和を守るための警察ですからねぇ。」
「あぁ、そうだ。」
 二人は笑いあった。ところが議員の顔がすぐに真顔に戻った。
「私の組織の最下点にはちょっとした”組”があるんだよ。そこにいる若い人間を研究材料に使ってもいいんだぞ? まぁ、公募したいならすればいい が・・・。」
「それは法案が通ってから考えますよ。」
 再び笑い声が響いた。

「芝垣蒼塞・・・。彼は要塞部隊の公募第一回目で合格し、入隊した。そして、犯罪者を許さない志は厚く、遺伝子操作で不老の体を作り上げた。」
 死体安置室には蒼塞の遺体が置かれている。そして、その前には長官と数名の閣僚級の人間が立っていた。
「惜しい人間を亡くしました。あの要塞部隊でトップの実力と実績を誇っていたのに・・・。」
「我々よりも人生経験豊富で・・・我々よりも体が若い・・・。風塵部隊の指揮のうまさと本人の実力で我々は何度安心を手に入れられたことか・・・。」
「今はただ彼に感謝の意と、長い間の努めに対するねぎらいの言葉をかけてあげましょう。」
 長官の言葉により、全員が蒼塞に敬礼した。
 蒼塞は血を全てふき取られ、涼やかな顔で眠っていた。その顔はまだ三十前の若い青年だった。


 前回よりも、さらにすさまじい内容になってしまったと思います。
 なぜ、砂登季が過去をさかのぼったのか、そして彼は墓地に来る前は何をしていたのか。 そのあたりは、おいおい書いていくかもしれません。
 しかし、長いですね。短編すらまともに書けない管理人には荷が重すぎます。



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