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SSの幼生


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最強の男 第一部
 世の中には禁書というものがある。理由はどうであれ、その時代には読むことはおろか、手にすることですら許されていない・・・。しかし、そのような本も 時代が変わり、指導者が替わり、政治が変わり・・・そう、支配者層が変わることで再び世に現れることもある。ただし、こんなことはまれである。ほとんどの ものは、その時代の指導者により燃やされてしまう。
 書物ではなく、彫刻だった場合はどうであろうか? 多くの場合、破壊され地中深くに埋められてしまう。この為、比較的入手が簡単なのではなかろうか?  ただし、埋まっている場所を的確に掘り出せば・・・の話である。
 いずれにしろ、過去を見ることはたやすいことではない。もしも、過去に戻ることができるなら・・・歴史学者でこれを思わなかった人間がいただろうか?


「・・・?」
 遺跡の発掘現場で調査員の一人が何かを見つけたようだ。彼は慎重にハケでその”何か”の周りの土を落としていた。ハケを持つのはまだ若い青年だ。
「なんだろうな・・・」
 そのつぶやきに近くにいた老人が近づいてきた。老人といっても背は曲がっていない。もしかしたら、外での発掘調査により見た目よりも老けてしまったのだ ろう。
「世紀の大発見だったら、お前の手柄だ。わしはもう名誉など必要ないからな・・・」
「そんな、これは先生が計画した発掘調査ですよ。ここでの成果は全て先生のものですよ。」
 老人の言葉に、ハケを止めて青年が応える。
「うむ。発掘中の私語は厳禁じゃ・・・。どれ、何がでてくるかな。」
 老人はうれしそうに言った。

「・・・、何ですかねぇ?」
 青年は無事発掘した”何か”を手に取り言った。木製のそれは手のひらほどの大きさである。しかも、一部を除いて布でぐるぐる巻きにされていた。
「さぁてな・・・、かなり古いもののようだが。これはちゃんと見ないと。」
 発掘調査を計画し”先生”と呼ばれる老人にも分からないらしい。
「ま、発掘調査はあと1週間ある。それまで、倉庫にしまっておこう。焦る必要はない。」
「そうですね。」
 青年はその”何か”を持って倉庫へ向かっていった。その背を少し眺めて、老人は再び発掘作業を続けた。周りはうっそうと木が茂り、彼らがいる場所だけが 開けていた。そして、発掘現場のすぐ横には簡易倉庫と、崩れ落ちた寺院があった。

 ビル群。
 狭い路地の中、若い男同士がすれ違おうとしていた。しかし、あまりにも狭いために方が触れてしまった。片方は無精ひげを生やした明らかに目つきの悪い青 年、もう片方は背が低い青年。後者は一般の青年よりも少し背が低いということ以外、これといった特徴がない。
「てめぇ、あやまったらどうだ?」
 軽く方が触れただけで、よろけることもない。しかし、無精ひげの青年は怒りをあらわにして言う。
「・・・、すみません。」
 背が低い青年が小さな声で言う。
「・・・、聞こえねぇな! もっとでかい声で言え!!」
 この無精ひげ、相当イラつくことでもあったのだろうか。まるで相手に八つ当たりをするがごとく声を張り上げ、背の低い青年の胸ぐらをつかんだ。
「さぁ!!」
 少し背をかがめ、無精ひげの青年は相手に顔を近づけ、もの凄い形相でにらみつけた。
「ぅ・・・。」
 意外にもうめいたのは無精ひげの青年の方だった。背の低い青年は、彼の脅しにおびえることなく、平然とした目で、胸ぐらを捕まれていたのだ。そして、に らまれても驚くことなく、無精ひげの青年を見つめてきたのだ。
「・・・、てめぇ、なめているか!?」
 言ったが早いか、手が出たのが先か、無精ひげの青年は、背の低い青年を殴りつけた。背の低い青年は少しよろけたあと、体を支えきれずに尻餅を付いた。だ が、無言で立ち上がり、無精ひげの青年を再び見つめた。
 だが・・・今回の目は普通ではなかった。その目には何か煮えたぎるものが写っていた。相手の意外な行動も無精ひげの青年には、ただの悪あがきのように見 えたらしい。
「見かけによらず、やるじゃないか・・・」
 少々、驚いたようた様子を見せ、無精ひげの青年はナイフを抜いた。
「おもしれぇ、俺に刃向かうとはな。名前は?」
「砂登季・・・」
「・・・、名前もおもしろいな。日本の響きじゃない、カンフー、少林寺の使い手・・・」
「・・・」
 無精ひげの青年は続けた。
「覚えておくぜ、砂登季とやら。俺の拳を受けても倒れなかった3人目の男としてな。だが、俺がナイフを抜いて生きていられるかどうかは保証しないぜ。何し ろ、みんな俺が殺したからな!!!」
 無精ひげの青年は間合いを詰め、砂登季の二の腕を斬りつけた。
 いや、斬りつけようした。
 彼のナイフは空を切った。それと同時に、ナイフの軌道と平行して立っている砂登季の姿を見た。
(早い・・・)
 手応えがなく、少しよろけたが無精ひげの青年は次の攻撃へ移ろうとした。しかし、砂登季の方を見た時には、彼の首は捕まれていた。
 そして、無精ひげの青年は持ち上げられ、頭を地面にたたきつけられた。まさに”首投げ”である。
「・・・つぅ・・・。」
 頭を強打し、目に入った血で視界はかなり悪い。それにもかかわらず、無精ひげの青年は砂登季に向かっていった。
「・・・、なぜ攻撃する?」
 砂登季は尋ねた。
「俺は強い!!」
 砂登季の質問に、無精ひげ答えなかった。そのかわり、狂ったように叫びナイフを突き出した。砂登季との間隔は30センチもない。しかし、その腕は砂登季 にはじかれ、彼に捕まれてしまった。
 そして、砂登季の腕が伸び、青年のナイフは彼の肩に触れた。その後、自らのナイフと腕で彼はその身を切り裂かれた。鎖骨、そして肋骨を数本砕き、左の肺 は完全に機能を停止した。
 無精ひげの青年の瞳は光を失い、その場に崩れ落ちた。ただ、右手だけは未だに砂登季に握られており、上を向いていた。砂登季が手を離したことにより、青 年の腕はむなしく地面にたたきつけられた。そして、ナイフの金属音がビル群に響いた。

「・・・、愚かな。」
 砂登季は無精ひげの青年の顔をにらみつけた。
「なぜ刃向かったのだ? 肩が触れたからか?」
 答えは返ってこなかった。
「・・・、無能な奴め。」
 砂登季の足が、青年の顔にかかり、次の瞬間、青年の頭蓋が砕けた。

「おい、お前! そこで何をしている!?」
 立ち去ろうとした砂登季に、警官が走ってきた。
「こ、これは・・・。」
 頭蓋が割れ、左腕が取れかかっている青年の惨殺したいに警官は息をのんだ。
「・・・。お前がやったのか?」
 冷たい汗をかきながら、警官が聞いた。
「他に誰がいる?」
 砂登季は平然と答えた。
「殺人・・・現行犯で逮捕する。」
 下を向いていた彼の片腕に手錠がかけられた。全く抵抗しないその腕は持ち上げられ、もう片方の腕にも手錠がかけられた。腕に付いていた血が、手錠を伝っ て下に落ちる。
「・・・? なぜこのような戒めを!?」
 砂登季は驚いて尋ねた。その問いに、警官の方が驚いた。
「私は・・・自由を・・・」
 砂登季は下を向き、腕に力を込めた。特殊合金で普通のペンチなどでは決して切ることができない鎖が徐々に伸び、外れた。
「な、何を・・・?」
 警視庁がこの特殊合金の手錠を導入してから、既に三十年以上が経っている。そして今までこの手錠を破壊した事例はなかった。しかし、その定説が今、崩れ たのだ。
 砂登季は腕にはめられた輪の方にも手を伸ばした。少し細くなっている部分に指を当て、ねじるようにして引きちぎった。そして、もう片方も・・・
「待て!!」
 逃げると思ったのか、警官は砂登季に飛びかかった。しかし、砂登季の腕は彼を体ごと吹き飛ばした。警官は勢いよく壁に背を打ち付けた。
「・・・、待て。」
 痛みをこらえながら、警官は立ち上がった。そして、懐から銃を抜いた。
「逃げるな・・・。逃げればさらに罪が重くなるぞ・・・。」
 警官は砂登季をにらみ、脅すように言った。
「罪?」
「人を殺しておいて、お前は罪の意識がないのか?」
「殺す?」
「この死体は・・・お前が殺したんだろう! だから・・・。」
「だから、何が言いたいのだ?」
 砂登季が冷たく言い放つ。彼の顔は困惑しているようにも見えた。
 しかし、砂登季の表情は別なものに見えたらしい。砂登季の言葉で警官の目の色が変わり、引き金にかけていた指が動いた。

 銃声の響きがやんだ時、警官は我に返った。そして、あわてて砂登季の姿を探した。
 だが、彼はいなかった。警官は彼を殺していないことを知り、少し安心したが、殺人犯を逃がす訳にはいかない。あわてて襟に付いている無線を使い、警視庁 に連絡した。
「岩左洋の二丁目で死体発見。殺人現場で犯人を見ましたが、逃げられました。」
「それで、どこへ逃げた?」
「分かりません。相手に投げられて気を失って・・・」
「分かった。そちらへ警官を派遣する。」
 警官は連絡をし終わると、派遣される警官たちが気づくように、本通りへと出ていった。警官は今回起こった出来事をどの様に説明すべきか考えていた。簡潔 であって怒った内容が全て分かるくらい詳細に・・・。捜査に無駄な時間は無用である。

 砂登季はしばらく走って後ろを振り返った。どうやら警官は追ってきてないようだ。
 彼は軽くため息をついて、道の端に置かれている箱に腰掛けた。
 撃たれた左肩からの出血は止まっていた。彼の目には銃口から飛び出し、自分の左肩へ食い込むかでの銃弾の軌道がはっきりと目に映っていた。そして、目を 閉じれば何度も思い出すことができる。
 今ならば、あれくらいよけられただろうと思い、砂登季はもう一度ため息をついた。
「おい。お前、血が付いているぞ。」
 一瞬、人の気配を感じ、その方向を向こうとしたが相手の方が先に声をかけてきた。どうやら、先ほど自分を攻撃した警官の声ではない。
「・・・、大丈夫です。」
「なら、気にしない。」
 砂登季に声をかけた男は、ヒゲが伸び、髪も伸びきっている。服もかなり汚れており、長い間洗濯をしていないのだろう。
「だが、その傷は銃だな。さて、お前さんは一体何をしでかしたんだ?」
 男は砂登季に問いかける。しかし、その目はなぜか笑っていた。
「・・・、男を殺したみたいです。」
「ふーん。そうか。で、そいつに撃たれたのか? その・・・お前が殺した男に。」
 相変わらずうれしそうに聞いてくる。
「違います。その後、別の男が来て、私の腕に輪をはめて・・・」
「・・・、う~ん。警官か・・・、気の毒に。」
 砂登季が”手錠”とちゃんと言えなかったことから判断し、人を殺したことで相当のショックを受けているのだろうと男は判断した。
「それで、その男が私を撃ったのです。私は片腕が動かなくなり逃げました。」
「ところでお前、手錠が付いていないが・・・?」
「手錠ってあの輪ですか? あれは私が引きちぎりました。」
「・・・。冗談だろう? あれは人間の力では無理だよ。」
「いえ、私は確かに・・・」
 これは相当、ヤバイと思ったのか男は笑って話題を変えた。
「まぁいい。とにかくお前は逃た訳だ。」
「えぇ。」
「実は俺もお前と同じ身でな。おっと、俺の名前は沖東山。お前の名前は?」
「・・・砂登季です。」
「ふーん。珍しい名前だ。まぁ、いいや。俺も人を殺してな、警察から逃げている訳よ。」
 沖東山が笑った時に、急に雨が降り出した。
 少し曇っていた空がどんどん灰色になり、空から大粒の雨が勢いよく落ちてくる。
「・・・、ヤベェ!! おい、雨が当たらない場所へ逃げるぞ!!」
 沖東山は砂登季の腕を引いて、一気にかけだした。
「別に私はぬれても平気です。」
「馬鹿野郎! 俺だってぬれるのはどうってことはない! だが、この雨に触れちゃならねぇんだ!!」
 訳が分からない状態のまま、砂登季は引っ張られている。沖東山は雨が当たらない軒下を慎重に移動している。そして、水たまりも避けている。どうやら、水 自体に触れてはならないようだ。
 沖東山は雨に当たらないで近づける扉を全て調べている。そして、扉が開いていた倉庫の中に砂登季を引っ張り込んだ。
 箱に腰掛けている沖東山の前に砂登季が立った。
「一体、どうして雨に触れてはいけないのですか?」
「・・・、まぁ知らないのも無理はない。これは国が極秘でやっていることだからな。」
 息を切らしながら男は言った。そして、呼吸を整えて続けた。
「あの雨には微少なセンサーが付いていて、触れたもの全ての情報を警視庁のコンピュータへ送るんだ。どこにどんな人間がいるのか、そしてどこに何があるか をな。」
「すごいですね。」
 砂登季が答える。不思議なことに彼は全く息を切らしていない。
「あぁ、すごいが俺達にとっては厄介だ。雨に触れたら、警察に居場所を知られるからな。」
「そうですね。じゃぁ、雨がやむまでここにいますか。」
「それしかあるまい・・・。」
 沖東山はタバコに火を付けた。

「・・・ところでお前は銃弾をどうしたんだ?」
「えっ?」
 沈黙に耐えきれなくなったのか沖東山が口を開いた。
「いや、警官に撃たれたんだろう。その肩の傷は・・・。」
「えぇ、まぁ。でも、もう平気ですから。」
「まぁ、それだけ元気ならお前は大丈夫だ。で、銃弾は取り除いたか?」
「あの、銃弾って・・・。」
 こいつ本当に大丈夫か? そんな顔で沖東山は砂登季を見つめた。
「お前、銃って分かるか? 撃たれたってどういう意味か分かるか?」
「・・・、分かりません。」
 殺人と撃たれたショックで、どこかがおかしくなったのだろうと沖東山は断定した。それと同時に、同じ逃亡する仲間ができたことによるうれしさが消え、 もっとマシな奴に声をかけるべきだったという後悔が生まれた。
「・・・、まぁ殺人なんて滅多なことがなきゃしないからな。ショックで記憶がなくなったのだろう。・・・、雨はやみそうもないな。じゃ、変な話だが説明し てやろう。」
 雨の中、沖東山は”警官というもの”、”銃というもの”、”殺すということ”など様々な事を教えた。それと同時に、彼は砂登季が社会生活で必要な単語の ほとんどを理解していないことを知った。そのため、はじめは数分で終わると思った説明が、結局一時間以上かかってしまった。
 彼は砂登季に埋まっている銃弾が生み出す災難を気にしながら、砂登季に説明を続けた。当然、いつ何が起こってもいいように周囲に気を配ることを忘れな かった。
「まぁ、だいたいは分かったな?」
「えぇ、ありがとうございます。」
 沖東山はタバコを一口吸った。説明の間中、全く吸っておらず、タバコのほとんどが燃えてしまっていた。
「さて・・・と。それでお前の体に入っている銃弾には、警視庁のセンサーが入っている。だから、それを取り出さないと俺達の居場所がばれる。」
「えっ・・・。」
 砂登季は息をのんだ。あわてて左肩を見たが、傷口はほぼふさがり、驚くべきことに傷口の半分は正常な皮膚へ変わっている。
「・・・、信じられん。お前の治癒能力は一体・・・?」
 沖東山は銃弾を取り出すのを断念した。もともとそのような技術は持っていないし取り出すための道具もない。それに、傷がふさがっているのを再び開くのは 危険すぎると判断した。

「・・・、どうしましょう。」
 このままでは沖東山にも迷惑をかけてしまうと思い、砂登季は心配そうに言った。
「仕方あるまい。これも何かの縁だ。俺と一緒に逃げるか?」
 沖東山が自嘲気味に言う。
「でも、それだと貴方に迷惑をかけてしまいます。」
「気にするな。俺は逃走中に何度も危ない目に遭ってきた。そして、お前のように親しく話せる人間がいなかった・・・。」
 沖東山は拳を握りしめ、悔しそうに言った。
「だから、お前が俺と話をしてくれた時、正直言ってうれしかった。久しぶりに優しさに触れられた気がした。だから・・・、俺は・・・」
 彼は言葉を続けた。
「お前と逃げる・・・」
 砂登季は困惑している。
「しかし、このセンサーはどの国に逃げたとしても、その国の警官が捕まえに来るのでしょう。私といると貴方は一生逃げ続けなければなりません。」
 ここで砂登季は少し考えた。
「・・・、一緒に空港まで行きましょう。そこから貴方は海外へ逃げてください。私は、貴方が逃げられるようにそこで警官の侵攻をくい止めます。」
 言い終わった後、沖東山は下を向いたまま何も言わなかった。タバコを床にこすりつけ、火を消した。そして、タバコを外に投げた。
 その瞬間、沖東山は砂登季をにらみつけ、長袖に隠されていた腕を見せた。
「・・・、俺も警察に居場所を知られている。だから、俺と組んだ奴は、みんな逃げていった。」
 その腕には、銃痕と思われる傷が一つ付いていた。
「だから言っただろう? お前のように俺に優しくしている奴はいなかったって。俺の傷を見た時、皆俺を避けて逃げていったさ・・・。」
 砂登季は何も言えなかった。
「結局、私達には逃げ場がないのですね。」
「あぁ、警察を全滅させるまではな・・・。」
 沖東山が苦々しげに笑い、外を見た。そして、一瞬目の色が変わった。
「ちっ、もう来たか・・・。」
 しかし、彼は次の言葉を言うことがしばらくできなかった。
「・・・、砂登季とやら。お前、相当な悪事を働いたようだな。あれは対テロリスト用の部隊だぜ・・・。」
 雨の中、消音ヘリがゆっくりと近づいてくる。微妙に赤みが入った迷彩模様のヘリである。
「私は貴方と同じく、青年を一人殺しただけです。罪の重さは同じでしょう?」
「の、はずだが・・・。」
「貴方は今まで警察にしか追われていませんよね?」
「確かに、そうだ。」
 沖東山は記憶をたどっている。
「俺は一時期五人殺した大悪人と組んだことがあった。奴と警官の包囲網を突破した時ですら、あの部隊は来なかった。」
 ヘリの姿が、建物の陰に隠れた。
「逃げるか・・・戦うか・・・。」

 沖東山は悩んだ。今までいくつもの包囲網を突破したが、それは警官の作る包囲網だ。軍隊レベルの人間たちが作る包囲網など想像もつかないし、突破する自 信もなかった。かといって、ここにとどまることは明らかに得策ではない。
 対テロリスト用部隊とは、正確に言えば警察である。部隊という名前がついてはいるが、特殊な訓練を受けた警察官しかメンバーにいない。当然、全員警察手 帳を持っている。
 一応、相手を逮捕することを目的としているので、殺すことはない。とはいっても、逮捕する相手が元々凶悪犯なので、裁判所の判決も分かり切っている。そ のためか、出動して犯人を殺したというニュースが流れることもある。そして、正当防衛と言うことで片づけられてしまっている。
 また、医療技術も相当発達しており、瀕死状態でも命を取り留めることができるのだ。沖東山には、対テロリスト用部隊は死なない程度に犯人を攻撃してくる 危険な集団にしか見えなかった。
「砂登季・・・お前ならどうする?」
 この言葉を言うまでに数分間悩んでいただろう。その間に砂登季の決意は固まっていたようだ。
「戦います。沖東山さん、私に付いてきてください。」
「本気か? さっき話しただろう。一人で三人の人間を相手にできる人間だ。かなう訳がない!!」
 あまりに意外な答えが返ってきて、沖東山は驚いた。
「ならば私が一人で十人を相手にします。いずれにしても、ここにいるよりはマシです。」
 その目には何か煮えたぎるものが写っていた。まるで、あの時のように。
 砂登季と沖東山。二人は見つめ合ったまましばらく黙っていた。

「・・・分かった。だが、お前、武器はあるのか?」
 砂登季は黙って自分の腕を見せた。素手で戦うつもりらしい。
「・・・、冗談だろう?」
 沖東山はズボンから一丁の銃を取り出して、彼に渡した。
「動体狙撃用の銃だ。銃口から鉛直方向三十五度、距離二百メートルにいる動くものの中から最も近くにいるものを狙う。弾は百発入っており、小型だが十分な 威力がある。まぁ、防弾チョッキを貫く程度だがな。」
 対テロリスト用部隊が装備している防弾チョッキにも効果があるかどうかは保証できない、と言おうとしたがやめておいた。砂登季に、余計な心配はかけたく なかった。
「引き金を引けばいいのですね?」
 銃自体の説明を事前に聞いており、砂登季は使い方をすんなりと理解した。
 沖東山も同じ銃を持ち、外の様子をうかがった。
 雨でよく見えないが、遠くから数名がこちらへ向かってくるのが見えた。
「行きましょう!」
 砂登季がかけだした。
「待て!」
 敵だって当然同じような武器を持っているはずだ。沖東山はそう言おうとしたが、砂登季の足には追いつけず、その距離はどんどん離れていった。

「岩左洋で男を殺した人物だ。かなりの身体能力を持っているが、殺すな。とにかく生きたまま逮捕しろ!!」
 砂登季の姿を見るやいなや、声が響き、その瞬間銃声がこだました。
 右から、左から、正面から、砂登季へ向かって銃弾が飛んでくる。追尾機能がないのでよけやすいとはいえ、かなりの量だった。
 対テロリスト用部隊はマシンガンのような銃を持っていたが、あまり連射能力は高くない。しかし、アスファルトをえぐり、破片が飛び散る様から相当の威力 であることが分かる。
「信じられない! これだけの銃弾をよけるとは・・・。」
 最前列の人間が言う。
「相手は十一人。前に四人、中央に五人、後ろに二人か。いける!!」
 砂登季の人格は完全に変わっていた。彼の目はまるで獲物を狙うかのごとく怪しく光っていた。
「来たぞ!!」
 最前列の四人が砂登季に向かい走ってきた。全員、赤みがかった迷彩服を着ている。その裏には防弾チョッキが仕込まれているのだろう、妙にふくらんでい る。
「中央の人間は、前線の人間を援護しろ!!」
 中央に経っていた人間が、一歩前に出て防弾用のブロックの前にかがんだ。

 砂登季の前に四人が立ちふさがった。正確に言えば、四人が一瞬で距離をつめてきたのだ。それぞれに銃を構えており、全て彼の方を向いている。
「四対一だ。大人しく銃を捨てろ。」
 砂登季は逆らわず、銃を手から離した。しかし、それが落ちる前に、彼の拳は最も近くにいた人間の胸元に刺さっていた。
「五十鈴!!」
 残りの三人の声が重なる。たった一撃の拳が当たっただけで、五十鈴と呼ばれた男のあばら骨は砕けた。そして、何本かは皮膚を貫き飛び出したらしい。胸が ボコボコになっている。
「次!!」
 口から滝のように血を吐いている五十鈴は首にもう一撃食らい、彼の首は支えを失ったように左に倒れたままになった。残りの三人は、彼が死体へと変わるの を確認しているうちに、もう一人の仲間を失っていた。
 二人目の被害者は、銃を構えていた両腕を折られ、それによる痛みを感じる前にあばら骨を砕かれた。
「撃てぇっ!」
 まるで自分に言うかのように、砂登季の目の前にいる二人と、ブロックの向こう側にいる五人が撃ってきた。
 砂登季は全ての銃弾をよけ、驚いた顔が変わらぬ二人に攻撃を加えた。一人は脇腹を蹴られ、脊髄を砕かれた。おそらく、内臓も破裂しているだろう。残りの 一人は、腹部に拳を食らい、そのまま倒れた。大きく開かれた口から、じわっと赤いものがあふれている。

「信じられない。あれほどの戦闘能力があるとは・・・要塞部隊か?」
 要塞部隊とはこの国の実力者を護衛する部隊である。一般の人間とは比べものにならないほど、運動能力が高く、噂では素手で十五人のテロリストを殺したと か、銃弾よりも速く走り、鉄筋コンクリートの壁をうち砕くとも言われている。また、遺伝子操作をされた人間のみで編成されているという話しもあるが、当 然、政府からこのような説明はない。
 最後尾のうちの一人がこんな事をつぶやいているうちに、砂登季は一気に距離を詰めてきた。
 当然、全員がブロック越しから銃を撃っていたが、全て彼はよけている。
「銃など効かぬ。」
 その言葉を残し、部隊の前から砂登季は消えた。
 部隊の人間は一瞬、周囲を見渡した。しかし、砂登季の姿を見つけることはできなかった。
 一瞬、奇妙な不安がよぎる。

ストッ

 雨と同時に砂登季が降りてきた。ちょうど、前にいた五人と、後ろにいた二人の中間地点に降りている。前の五人が音の原因を調べるために、後ろの二人が砂 登季であることを確認するために視線を動かした時だった。その視線は、見るべきものを見ることなく光を失った。
 先ほど倒した四人の誰かから、ナイフを奪ったのであろう。砂登季の腕は一瞬にして七人の喉、もしくは頸椎を切り裂いていた。

「はぁ・・・はぁ・・・。やっと追いついた。・・・、しかし・・・すごいな・・・。」
 雨の中、沖東山が砂登季に追いついた。
「これで一安心でしょうか・・・。」
「さぁな。あの部隊が何人編成かなんてことは俺は知らない。だが、上手く逃げたとしたら、次に狙ってくるのは雷霧部隊もしくは風塵部隊だろう。どちらも強 敵だぞ・・・。」
 二人は当たりを見渡したが、他に対テロリスト用部隊の隊員の姿は無いように思われた。
「まぁ、あの建物の中で雨をしのぐか。」
 沖東山は”しのぐ”と言ったが、すでに自分達の居場所が知られることなど気にしていなかった。次に来るであろう部隊の戦力は、自分の知識、想像力では見 当も付かない。そして、自分の実力では対抗することはできないと感じていた。
 彼にはもう砂登季しか頼りになる存在がいなかった。雨に濡れることで体力が落ち、砂登季の足手まといになることを恐れ、沖東山は雨をしのごうとしたの だ。
 二人は建物の中に入った。正確に言うと、扉の鍵を銃で破壊し、無理矢理入っただけだが。
 その建物は使われなくなってかなりの年月が経っていたらしい。ホコリは、足跡がはっきりと残るまで積もっていたし、天井には無数の蜘蛛の巣がはってい た。
「ところで、さっき言っていた雷霧部隊って・・・?」
 砂登季が尋ねる。
 沖東山は近くにあった椅子を二つ持ってきた。そして、片方に自分が座り、もう片方に座るように促した。
「俺も詳しいことは知らないのだが・・・。」

 雷霧部隊とは凶悪犯罪者を殺すために編成された部隊である。構成メンバーは十五人と言われている。政府は正式な数字を出しておらず、一説には十人とも五 人とも言われている。今までこの部隊が出動したのは五回あるが、現場を撮影した写真や、突入した状況を記録した文章は一切無い。唯一、突入後に全身にやけ どを負った犯罪者を運ぶ警官の映像のみが残っている。
 噂では彼らは、命中率百%で対象の人間に高圧電流を浴びせる謎の武器を使い相手を黒こげにするらしい。また、個々の運動能力は非常に高く、要塞部隊に採 用され損ねた人間が入隊するという話もある。

 次に風塵部隊だが、雷霧部隊より若干情報が公開されている。構成メンバーはたったの四人。全員が男性であり、要塞部隊を三年以上経験しているらしい。そ して、風のように素早く行動し、塵のように相手に近づく。そして、相手が存在に気づく前に一瞬で肉塊へと変えるらしい。どの様な場所にも足跡、指紋を残さ ず、強いて言うのならば塵が舞い上がっているだけらしい。
 こちらも今までに三回出動したが、その状況を記録したものは何一つ残っていない。どの様な戦術を使うのか分からないので、ある意味では雷霧部隊よりも謎 が多いだろう。

 そして、恐ろしいことに突入してから二十分も経たないうちにこの部隊は撤収していると言われている。そのためか、犯罪者の中に、「雷霧、風塵に目を付け られたら最後、死ぬしかない。ならば自分で死ぬ方法を決められる自殺を選ぼう」などという冗談らしからぬ冗談があるらしい。

「恐ろしいですね・・・。」
 とぎれとぎれの説明を聞いた後に砂登季がつぶやいた。
「あの部隊を一人で全滅させるお前の方が、今の俺には恐ろしい・・・」
 身震いをする仕草をして、沖東山はおどけて見せた。しかし、砂登季は真に受けて悲しい顔をした。
「はっはっはっ、冗談だよ。頼もしい仲間が増えてうれしい限りさ!!」
 彼はあわてて謝った。
「・・・、そうですか。」
 砂登季の表情は暗い。
「すまなかった。ちょっと言い過ぎた。しかし、そう落ち込んでいる暇はないぞ。あの部隊からの連絡がないとしたら、警察の取る行動は目に見えている。それ に俺達の居場所も筒抜けだ。お前の戦力に期待しているよ。」
 ほめているのか、先を案じているのかよく分からないことを沖東山は言った。
「そうですね・・・。」

 警視庁には、砂登季を撃った警官が上司と話していた。
「・・・、聞けば聞くほど恐ろしいというか、不気味というか・・・なんか妙な男だな。その砂登季とやらは。」
「えぇ、殺人に対して罪の意識が無いために、警官が逮捕するのを拒みます。しかも、人間とは思えないほどの力の持ち主で・・・」
「要塞部隊を辞めた人間・・・などということは無いよな。彼らの老後は、この国のどの職業よりも明るいからなぁ。」
 要塞部隊を含め、権力者のために体を張っている職業の人間は、老後の生活を政府が保証してくれる。希望する場所に家と土地をもらい、十分な年金が支給さ れ、悠々自適な暮らしができるらしい。
「ですよねぇ。」
 砂登季を撃った警官も返事に困ってしまっている。
 二人の会話がとぎれ、次の話題を何にしようか思案している時に、三人目の人間が走ってきた。
「長官、大変です。対テロ部隊からの連絡がとぎれました。」
「何?」
 先ほどまで、ちゃらんぽらんとしていた顔が急にこわばる。まさに鬼の形相だ。
「・・・、犯人の姿を見たという連絡があったのが今から約十五分前です。それから三分後、今から十二分前に犯人に攻撃を開始したという連絡がありまし た。」
「つまり、その後ずっと連絡してこないと・・・。」
「そうです。」
「で、犯人は?」
 走ってきた男は、手にしていたファイルを見た。
「えぇっと・・・、あの今日、現行犯逮捕されてすぐ逃走した男です。」
 砂登季を撃った警官、そして長官と言われた男は眉をひそめた。
「それから、六ヶ月前に酔っぱらって人を殺した男も同じ場所にいたようですが・・・。何しろ銃弾に仕込んである発信器の電源がそろそろ切れるころで、正確 な情報とは言えませんね。」
「よし、監視塔へ私も行こう。・・・、君はどうする?」
 長官が警官に聞いた。
「長官、自分は対テロ部隊が向かった現場に状況を確認に行きます。」
 長官はあごに手を当てて少し考えた。
「それがいいだろう。あの男も負傷して遠くへ行っていないかもしれぬ。それに、お前は奴の顔を見ているから、いざというときに対応できるだろうし な・・・。よし、対テロ部隊第二師団と行って来い。」
「だ、第二師団ですか・・・?」
 長官はそれ以上何も言わずに監視塔へと行ってしまった。
 第二師団とは、対テロリスト用部隊の中でも選りすぐりのメンバーを集めた部隊である。よほどの凶悪犯でなければ出動しない。また、完全な警察組織である ため本来は犯人を生け捕りにするために編成された部隊である。ところが第二師団だけは殺すことを目的として編成されている。軍隊と警察の中間の微妙な立場 にある雷霧、風塵部隊の一つ下の地位にある組織といったところか。

 雨がやんだ。しかし、霧が発生してしまい、遠くがあまり見渡せない。
「視界が悪いな。風塵部隊にはかなりの好条件だろうな・・・」
 沖東山がつぶやく。
「しかし、ビル群の中ではそんなに大きな動きはできないはず。それほど周囲に注意を払う必要があるのですか?」
「分からん。俺は風塵部隊と戦ったことが無いからな。注意するに越したことはない。」
 今まで吸っていたタバコがそろそろ終わりに近づいている。沖東山はもう一本吸おうかどうか悩んだ。
「そろそろ移動した方がいいのでは?」
 砂登季が言う。暗い顔はあれから全く改善されていない。
「どこへ? 俺達は対テロ部隊を殺した。ただではすまされない・・・。どこに逃げても、確実に追われる。・・・もう、ただの犯罪者じゃない。」
 霧が彼の心に染みこんでしまったのか、沖東山は弱気になっていた。
「・・・私が守ります。」
「・・・。」
 砂登季の言葉にも彼は答えなかった。
 二人はビルの一室から動くことなく時間をつぶしていた。砂登季にもどうしようもないことは分かっていた。暇な時間に、沖東山が刑法について若干の説明を したからだ。
 一般人を殺した人間は、大きな街の中心地にいると警官に追われる。大勢を殺した人間は常に警官にチェックされ、追われる。警官を殺した人間は、対テロリ スト用部隊に常に追われる。対テロリスト部隊を殺した人間は、さらに強力な部隊に追われる。その部隊を殺したものは・・・
 その続きを沖東山は説明しなかった。いや、むしろできなかったのだ。雷霧、風塵部隊を殺した人間は未だに存在しない。

 多くの人間がコンピューターの画面を見ながら、何かを入力している。ここは警視庁の監視塔。この都市にいる全ての人間、特に犯罪者を監視し、その犯罪の 凶悪さに応じて指示を与える。
 そして、あるコンピューターの画面には砂登季と沖東山の位置が映し出されていた。
「動きはあるのか?」
 長官がコンピューターを扱っている人間に聞いた。
「いえ、あれから十分以上動きがありません。」
「負傷しているのか、それとも何か策があるのか・・・。第二師団はいつ到着するんだ?」
「あと一分です。」
「そうか、雷霧、風塵部隊に出動の準備だけはさせておくか。」
 長官はその言葉を言ったあと、画面をじっと見つめた。

「たった一人で、この部隊の人間を十一人か。信じられないな。」
「あぁ、要塞部隊でも相手にしたのか?」
 消音ヘリの中で、以前聞いたような会話が飛び交う。第二師団の人間に警官が砂登季のことを説明したのだ。
「とにかく、気は抜かないことだ。」
 隊長と思われる人間が周りを引き締めた。
「そろそろ着陸だ。作戦は分かっているな? 着陸後、すぐに行動に移るように。」
 その言葉でヘリに乗っていた第二師団の隊員二十九人の顔が変わった。
 消音ヘリは全く音を立てずに着陸した。それと同時に、扉が開き、一人、また一人と隊員が走っていく。
「君はここへ残れ。十五分経っても任務完了の連絡がなかったら、警視庁に援軍を要請しろ。」
「はいっ。お気を付けて。」
 警官は最後に出ていく隊長の背中を見送った。

「これだけの時間が経っても何も起こらないとはな・・・。妙な気分だ。」
 沖東山は砂登季の方を向こうとした。だが、その首は途中で止まっていた。
「沖東山さんっ!」
 砂登季は叫ぶと同時に、自分に向けて放たれた銃弾をよけていた。
「・・・、沖東山さんを・・・。・・・、なぜ、彼に攻撃した。なぜ・・・なぜ・・・?」
 全く抵抗できない沖東山は、さらに銃弾を受け全身から血を流している。そして、その瞳は光を失いつつあった。
「逃げろ・・・、砂登季。」
 これが彼の最後の言葉だった。
 砂登季はそれに対して何も答えなかった。何を言っても返事がないことを悟ったのだろう。彼は、無言のまま壁を殴りつけた。
 彼の拳が触れると同時に、壁は吹き飛んだ。そして、壁越しに銃を撃っていた隊員もそれに巻き込まれ死んだ。
「警官を殺した罪で・・・砂登季とやらお前を殺す!!」
 どこからともなく声が聞こえた。
「なぜ私を攻撃する? 私により重き罪を着せるためか?」
 飛び交う銃弾をよけながら、彼は叫んだ。当然、答えは返ってこない。
 自分は青年を一人殺した。沖東山も一人殺した。お互いに罪としては警察官が追ってくるだけのはずであった。それなのに、砂登季に対して警察が取った態度 は、銃犯罪者に対して派遣される対テロリスト用部隊であった。
 砂登季たちは逃げるのではなく、戦う道を選んだ。沖東山にとって、”戦う”とは強制的に突破するというものだったのかもしれない。とにかく派遣された対 テロリスト用部隊を全滅させたのだ。
 あの部隊を殺したのは自分だけである。なぜ、沖東山が殺されなければならないのか砂登季には分からなかった。そして、なぜ始めから対テロリスト用部隊が 派遣されているのかが分からなかった。
 その疑問の答えは、一体何なのか? 銃弾を避けるうちに砂登季が導いた答えは、自分により深い罪をおわせ、より深い苦しみを味わうようにさせるためだ、 というものだ。そして、自分をおとしめようとする人物は一体・・・。
 銃弾が壁を突き抜け、砂登季を狙ってくる。人間のいる部分を温度的に表示するスコープを装備した隊員たちには、壁越し砂登季を狙うことなど簡単であっ た。ただ、命中させることができないだけである。狭い部屋で大量の銃弾をよけるのはかなり辛いことであった。たまらず、砂登季はビルを飛び出した。目の前 には数人の隊員がいたが、彼のナイフにより一瞬にして倒れた。あるものは両目をつぶされ、あるものはのど元を裂かれた。とにかく、皮膚が露出し、致命的な 攻撃が可能な部分を砂登季に狙われたのだ。倒された隊員は、砂登季であることを確認する前に、倒れてしまったのだろう・・・。
 一方、砂登季は倒れた隊員には目もくれず、残った隊員を捜した。捜したと言っても、立ち止まって周囲を見渡すことはない。銃弾をよけながら、それが飛び 出す場所へ向かっていき、隊員を切り裂くのだ。
 時間が経過するごとに、隊員は倒されていった。砂登季の動きがあまりに素早く、銃で狙うことができない。肉弾戦を挑むも、攻撃ははじかれ、逆にナイフで 首を切られてしまう。

「援軍を!!」
 消音ヘリで銃声を聞いていた警官はその声に驚いた。その声は絶望と恐怖が混じった、怒声であった。
「わかりました。」
 おぞましい声に身を震わせながら、警官は答えた。そしてすぐに警視庁に連絡した。もう風塵部隊に出動が指示されているだろう。

「はぁ・・・はぁ・・・。」
 霧の中、砂登季は手にナイフを持ち、立っていた。もう、攻撃してくる隊員もいなければ、銃声もしない。第二師団は十分と保たずに全滅した。

 攻撃してくるものがいないことを確認して、五分くらい経っただろうか。
「砂登季とやら、警察官を殺した罪で、お前を殺す!!」
 霧の中から声がして、砂登季の首筋は微かな風を感じた。

パンッ

 本当に小さな音だが、確実に砂登季の肩に銃弾が突き刺さった。
「誰だ! 風塵部隊か?」
 かろうじて銃弾が頭に当たることは避けることができたが、彼の左腕は再び動かなくなった。
「そうだ・・・。」
 周囲に微かな風を感じる。おそらく、かなりの高速で砂登季の周りを移動しているのだろう。
(見えぬ・・・)
 その瞬間、再び首筋に風を感じた。砂登季は、よけると同時に、ナイフを突き立てた。砂登季の左肩には、深い切り傷が刻まれ、おびただしい量の血が噴き出 した。それはまるで彼の周囲の霧を赤く染めるかのように、鮮やかだった。
 そして、彼の足下には、一人の男が事切れていた。その男は、特殊な迷彩服に身を包み、手にはナイフが握られていた。
「これが、風塵部隊・・・。」
 一瞬、気がゆるんだためか、砂登季の両足から血が噴き出した。一瞬でも反応が遅れていたら、彼は足の腱を斬られ立ち上がることができなかったろう。
「愚かな・・・、戦いのさなかに気を抜くとは・・・。己の愚かさを呪いながら、そこで消えろ・・・。」
 左腕は使えない、両足は斬られまともにに動くことができない。砂登季は焦りながらも、周囲に意識を集中した。
 動かないことで相手に攻撃をさせ、その隙に反撃をしようと砂登季は身構えた。深い霧の粒子が素早くかき回されているのが分かる。そしてかき回している主 は風塵部隊の隊員であろう。その早さは肉眼で捕らえるのは不可能に近い。これだけの速度で移動できるのならば、出動にヘリコプターを使用する必要もない。
 風塵部隊は足音もしなければ、影もできない。地面に足跡が付くこともない。まさに、風と微かに動く霧の粒子だけが自分を取り囲んでいる。
 徐々に目が慣れてきたのか、微かに動くものの姿が見える。光学迷彩をしているらしく、隊員がいる場所の映像が屈折して見える。これなら、攻撃を加えるこ とができる。砂登季はそう確信した。
 その時、彼の右肩に微かな気配を感じた。その気配を感じた瞬間、彼はナイフを投げた。そのナイフは空中に止まり、霧の中から血があふれ出した。
 その血を確認すらせずに、砂登季は右に左に拳を振った。それぞれの一撃は確実に風塵部隊を捕らえており、彼の手は血で染まっていた。
 しかし、自分が倒した人間は事切れる瞬間に銃を使用したらしい。砂登季はよける間もなく、腹部に2発被弾した。いや、彼は確かによけようとした。だが、 追尾機能を持っていたためか、小さな弧を描いて彼の腹部へ向かってきたのだ。。
 風塵部隊は全部で4人・・・沖東山の言葉を砂登季は思い出した。もう、攻撃してくる人間はいないのだろうか? 念のため、砂登季は周囲を見渡した。傷が 痛むが、動けないことはない。

「戦いで気を抜くなと、俺の部下が言っただろう?」
 その声が聞こえた時に、砂登季は胸元に強い衝撃を感じた。そのまま、彼は吹き飛ばされ、さきほど飛び出したビルの壁に衝突した。そして、ビルの壁が崩 れ、彼の足は瓦礫で埋まった。
「対テロリスト用部隊第二師団を全滅させる時点で、ただの人間ではないと思ったが、まさか風塵部隊をも全滅させるとはなぁ・・・。」
 ・・・、声しか聞こえない。
 しかし、その声を聞いた瞬間、再び胸に衝撃を感じた。砂登季は再び吹き飛ばされ、さらに奥に立っていたビルの壁に衝突した。しかも、今度は瓦礫が彼を完 全に覆ってしまった。
 度重なる衝撃で彼の意識はもうろうとしていたが、その声だけははっきりと聞こえていた。一体何者なのか? 彼には全く分からなかった。事実、姿が見えな い。声が聞こえた時には攻撃を食らってしまっている。唯一の救いは、未だに骨が砕けておらず、以前自分が殺した人間と同じ運命をたどっていないことだ。だ が、彼らと同じく、口は血の味でいっぱいだった。
「要塞部隊を知っているか? その組織の中に風塵部隊に指令を与える人間がいてな・・・そいつの名前を蒼塞という。聞いたことはないだろう? 一般には発 表されていないからな。」
 瓦礫の上から強い衝撃がかかり、瓦礫が全て吹き飛び、彼は瓦礫の重みから解放された。しかし、痛みで体が動かない。
「しかし、お前の運命は決まっている。俺の正体が、世間に漏れることはない。」
 何者かが近づいてくる足音がする。
「要塞部隊は最強さ。光学迷彩の服を着ずとも姿を消し、スカイフィッシュと同等の移動力を持つ。そして、その肉体から放たれる攻撃の威力は、お前が十分承 知だろう?」
 その声に、砂登季は微かな焦りを感じ取った。そして、その声が消えた時、彼は再び吹き飛ばされた。もう、為す術がない。
 霧がもの凄い早さで動き、声の主がピタリと止まった。
「・・・、なぜ生きていられる? 遺伝子操作で強化された人間といえども、これだけの衝撃を受ければ内蔵が破裂し、骨が砕け、頭蓋が割れる。生きていられ る確率はほぼゼロだ。少なくとも、呼吸停止か、意識不明の状態であるはずなのに・・・。お前は一体?」
 目が慣れてきたのか、瀕死状態で第六感が冴えてきたのか、砂登季は要塞部隊の人間の気配を感じるようになってきた。姿は全く見えない。しかし、まるで空 気中に臭いが残るように、移動した位置を見分けることができる。
(あの男の名前は、蒼塞か・・・。)
 位置が微かに分かっても、体は全く動かすことができそうにない。指に力を入れても、ぴくりとも動かない。
(このまま攻撃を受け続けたら、いずれは・・・。)
 徐々に、口からあふれ出る血の量が増えている気がする。それに応じて、目に映る世界が白っぽくなっている。
(何とかして、蒼塞を攻撃する手段はないものか・・・)
 砂登季の体力の限界を感じたのだろう。蒼塞も彼の周囲を移動しながら様子を見ている。(何とかして・・・体を動かせたなら・・・) 
 砂登季の視界は白い世界に変わってしまった。だが、蒼塞のいる位置だけは正確に分かった。しかも以前よりも正確に分かるのだ。
(ここで体が動いたのなら、確実に攻撃を加えられるのに)
 砂登季の体は全く動かない。むしろ、動かそうと言う意志すら薄れてきた。
「・・・、心配数減少・・・。血圧低下・・・。後一分で死ぬな・・・。」
 蒼塞はつぶやいた。
 しかし、蒼塞はその背中にもの凄い違和感を感じたのだ。気配ではない、違和感である。身の毛もよだつような、恐ろしい感じ、この世のものではない感覚が 彼の背中を駆け抜けた。
 燃えるような視線を感じる。そして、その目に見られたも自分は煮えたぎるものを感じるのだ。
「まさか!?」
 振り向くことすらできずに、蒼塞は吹き飛ばされた。彼は腰を中心にV字形に体が曲がり、胸からは幾本ものあばら骨が飛び出していた。そして、背骨に沿っ て皮膚が裂け、骨が露出した。
 口から勢いよく血を吐きながら、蒼塞は地面に倒れた。体がV字に曲がる衝撃だ、完全に背骨が折られており、既に死んでいた。だが、死にゆく彼の目には確 かに口から血を出し倒れている砂登季の姿が映っていた。

 砂登季は、冷たくなった蒼塞の体と、口から血を吐いている自分の体を交互に眺めていた。口から血を吐いている自分は、確かにぴくりとも動かないが、目に は光がともっている。
「これは一体?」
 砂登季は自分の体を持ち上げようとした。しかし、彼の腕は自分の体に飲み込まれてしまった。
「ここは、私には住みにくい場所だ。再びまた何者かに狙われる前に、どこかへ行ってしまいたいものだ。」
 砂登季はそういいながら、徐々に倒れている自分の体に飲み込まれているのを感じた。自分の体なので、抵抗しようとは思わなかったが、なぜ自分が動けるよ うになっているのかは全く分からなかった。

 完全に自分に取り込まれた時、彼はゆっくりと目を開いた。
 真っ白だった視界は回復し、周囲はあいかわらず霧が覆っていた。そして、微かながら指が動くようにもなっていた。

「蒼塞からの連絡が途絶えました。また、彼の生体反応もありません・・・」
「砂登季・・・恐るべし・・・。」
 長官はうめいた。
 モニターには一つの丸印が点灯している。砂登季の現在地だ。しかし、その点が徐々に暗くなり、画面から消えた。
「・・・。犯人の存在が消えました。」
「それは見ての通りだが・・・故障か?」
「分かりません。取りあえず、誰かを確認に向かわせなければ・・・。」
「雷霧部隊を出動させろ。」
 風塵部隊を全滅させ、最強と歌われる要塞部隊の一人を殺した。まさに常識から逸脱した人物だと長官は確信した。


「先生、あの犯人、未だに逃亡中だそうですよ。」
「そうか・・・。恐ろしい人間もいるな。」
「えぇ、風塵部隊を全滅させて、突然姿を消してしまうとは・・・。誰かの命を狙っているのですかね?」
 ”何か”を発掘した日から三日が経った。その朝食で青年は老人に話しかけた。
「まぁ、朝から暗い話題はよそうじゃないか。そういえば、緒方君。平岩君が発掘したあれはいったい何だったのかね?」
 老人は、大きな口を開けてパンをほおばっている中年男性に聞いた。
「むはっ・・・。」
 中年男性はあわてて水を飲み、わざと声をかけたのではないかと恨めしそうに老人を見た。
「昔の神像だと思いますよ。最近やっと発見された、古代記の欠落部分に出てきた神のどれかですね。武器を持っているところからして、秩序の神か破壊の神、 はてまた武器の神かもしれません。しかし、片腕のない神の像なんて私は見たことありませんね。」
「そうか・・・。まぁ、珍しい発見だな。」
 老人はにこやかに青年の方を見た。
「そうですね。」
 青年はにこやかに笑っていた。


 ・・・、長編です。
 読みづらい文章かと思いますが、許してください。本当は500HITする前に完結させようと したのですが、遅筆のために間に合いませんでした。
 これからも、ちまちまと進めていくので、ながったらしい文章ですが気が向いたら読んで 下さい。



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