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SSの幼生


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必治の病
「これは人づてに聞いた、とある世界の出来事ですが・・・。」
 ウイルスに関する学会の発表会で、一人の学者が壇上に立ち、こう切り出した。彼はまだ若く今回が最初の発表会出席で、名前をアールという。周りの学者達は、講演をする人間が入れ替わる間、笑談をしていたのだが、他とは違う切り出し方のためかすぐに黙ってしまった。
「とある世界とはいったいどういうことかね? これだけ科学技術が進歩し、さまざまな調査が行われても君は平行世界を信じるのかい? まぁ・・・私もそちらに詳しいわけではないが。」
 立派なスーツを着た老人が、アール氏に問いかけた。
「はっはっは・・・。なぁに、これから話すのは私の研究成果ではなく、ただのおとぎ話ですよ。」
 アール氏は笑いながら周囲を見渡した。「この長い歴史を持ち、それなりに権威のある研究会でおとぎ話をして何になるのだ?」という顔が会場に並んでいるのを確認した彼は、咳払いをして原稿をちらりと見た。
「ある世界のある時代・・・三百年に一度発病というか感染し、猛威をふるうウイルスがありました。そのウイルスに感染すると、人々は発狂してそのまま死んでいくのですが、どんなに努力をしても治療法が見つかりませんでした。」
 壇上でアール氏はニコニコしながら話している。
「アール君、なぜそのような話をするのだ。風邪を一錠で治す薬ができて以来、医療技術の向上は素晴らしいものがある。しかもだ、後三年すれば既知の病気は全て治せると言われている時に、そんな暗い話をするのはよしたまえ。」
 メガネをかけた中年の学者が立ち上がってアール氏の行為を非難している。
「私の発表というか朗読が終わったあとに意見はいくらでも聞きますから、今しばらく我慢してください。」
 「朗読」という言葉を聞いたとき、一部の学者達は互いに目を見合わせた。そして、”コイツは気が狂っているのだ”という空気が会場に漂い始めた。
「それでです、この世界では次の年が問題の三百年目だったのです。世界規模でウイルスの対策をし、その時考えられるありとあらゆる状況に備えました。
 そして、翌年・・・。一月一日の早朝、病院に”夫が様子がおかしい”という電話があり、病院はウイルスに感染したと判断しました。すぐ国に連絡をし、家族を病院内に用意した特別な施設に隔離しました。」
「もう、よしたまえ。どうせ、その家を徹底的に消毒し、周辺住人に感染者がいないか調査し、感染者の体を徹底的に調べて治療法を探したのだろう? そんな大量感染が起こりそうなときの対処法は我々とて心得ているよ。」
 また別の学者が立ち上がり、アール氏の行為を非難した。しかし、壇上のアール氏は特に気にするそぶりも見せない。
「そうですね、”そこ”は読むのをやめましょうか。それで喜ばしいことに、ウイルスを殺す治療薬と、感染を未然に防ぐための予防薬が開発されたのです。完 成した薬を飲む前に最初の感染者の夫と妻、そして三人いた子どものうち二人は死んでしまいましたが、一人を助けることができました。まぁ、対策としてなか なか優秀ですね。
 それでです、他の地区で突然ウイルス感染者が出るかもしれないからと、世界中に薬を無償で配布しました。そして、人々は渡された予防薬を飲みました。ちょうど、こんなふうに。」
 アール氏は、風邪を治す薬をパクッと飲み込んだ。会場にいる学者達はその光景をあきれた顔で見つめている。
「しかし、前々からマスコミにより色々な知識が伝えられたために、一部の人々の不安は消えませんでした。そういう人たちは必死で治療薬の方を求め、何錠も何錠も飲みました。そして、薬を飲めないとヒステリーを起こすようになりました。
 またヒステリーを起こしながら薬を求める姿を見た人が、”ウイルス感染者がいる”と病院に伝えてしまい、町中がパニックになるといったような、大勢の人が薬を求める動きが何度かありました。
 それ以外にも、ちょっと体調が悪くなると自分がウイルスに感染したと思いこんで病院に駆け込む人や、他人からうつされることを恐れ、家に引きこもってしまう人も出てきました。
 たいていの人はそのような人間のことを聞くたびに”気の弱いヤツ”とか”もともと狂っているヤツ”と笑い飛ばしましたが、ウイルスに対する恐怖と不安が心の隅にしっかりと植え付けられてしまいました。」
 ここまで話すと、アール氏は再び薬の入った瓶を取り出し、今度は五,六錠まとめて薬を飲み込んだ。
「おいおい、よしたまえ。それだけ飲むと、体に悪いぞ。」
 どこからともなく、動揺した声が聞こえた。
「まぁまぁ、ちょっとその時の様子を再現しただけですよ。それに、これはプラセボですから。
 では、続きを話しましょう。ある日のことです、ケンカをした子どもが復讐のため”相手の子どもはウイルスに感染して狂っている”というデマを流しまし た。デマを流された一家は、感染していないことを病院で証明できたのですが、それを模倣しデマを流す事件が会社が学校といった様々な組織で起きました。こ れらの事件のために、”ウイルスは人をおとしめるネタになる”という認識が社会に広まってしました。
 治療法が見つかって安全が保証されているのに、ウイルスが原因で社会は次第にギスギスし始め、一年経って、二年経って、・・・五年経っても、十年経っても人々のウイルスに対する恐怖は消えませんでしたとさ。
 ・・・これでこの話はおしまいです。グリム童話には隠されたメッセージがありますが、残念ながらこの話にはそのようなものはありません。しかしですね、私はあなた方に伝えたいことがあります。」
 アール氏は、マイクの横にプラセボの瓶を置き、大きく息を吸った。
「全ての病気が治せるようになったとき、人は人とつきあうことを恐れるでしょう。なぜならば人に病気をうつしてしまったときの罪や、人に病気をうつされた ことによる衝撃、そしてうつした人間に対する不信感が今以上に大きくなりますから・・・。病気を治す薬が全て完成し、病気に対する不安が消えたとき、我々 は感染者の心のケアをどうすべきか考える必要があると思いませんか?」
 こう「朗読」を締めくくり、アール氏は会場を出ていってしまった。


 「バイキン」をのプロットを使い、書き直しました。前のものよりは多少は楽しめるといいのですが・・・。
 ついでに、タイトルが無いようとかけ離れてしまったので、なおしました。元となった「バイキン」は、消してしまうのも何となく惜しかったので「独り言」へ移動しました。



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